1.5 魔女の世界のイロハ
「あら、おかえりなさい。具合はもう大丈夫なの?」
「ええ」
陸島が病院を退院したその日の夕方。
男子寮のリビングに入るとそこには三田川が心配そうな顔で見ていた。
「夕ご飯はどうする?何か要望あれば作ってあげるわ。退院記念に」
「いいですよ。そこまでしていただかなくても」
「そう……」
キッチンの冷蔵庫を物色する陸島。
そこにある食材は寮に住む者であれば自由に使っていい。もっとも今は陸島しかいないが。
「話は少し聞いたけど……相原さん助けるために勇敢に逆奈義家に立ち向かったって本当?」
年に似合わぬ瞳で三田川は陸島を見る。
その目に対し、陸島はげんなりした表情で返す。
「そうじゃないですよ。単に連中が気に食わなかっただけです。群れで行動してて……そして気が付けば俺は奴らを追い払っていた。記憶にはあまり残っていませんがそう言う事です」
「ほほう。そういうことね」
優しい笑みで三田川は了承した。
『この人、誤解してるな』と陸島は想像した。
「ところで校長先生から何かお話は聞いた?」
しばらくして三田川は気持ちを切り替えて、陸島に問う。
「お話と言いますと?」
「探している人とか。組織とかさ」
「組織?」
聞きなれない単語というより会話の中で出てくるには違和感のあるその単語に陸島は静かに冷蔵庫を閉め、眉を潜める。
「ひょっとして説明とかなかった?」
「ええ。校長先生、お忙しそうだったので」
『あー』という納得の声を漏らし、三田川は頷く。
「それだったら今後の為にあれこれ説明しておきましょうか?夕ご飯まで時間はあるし」
「……そうですね。お願いします」
「それじゃあ抑えてほしい三つの事があるの。昔、私も魔女機関の側で働いていたから色々と説明できるわ」
三本指を立てて三田川は説明を開始した。
「まずは一つ目。玉之江島についてね。この島は政府が裏で管理していて、魔女とその見習いを隠している場所なの。今から数百年前……明治政府が発足する前からあったとされる島ね。島の存在は政府から隠され、さらにこの場所って飛行機や衛星からじゃ見つからないある種の結界が張られているのよ」
三田川は窓の外を見た。
その向こうには庭と大地の先に海が見えていた。
「政府の一部の人間は魔女の存在を知り、そしてその存在を公にしないためにこの島に元から住んでいた魔女と取引をしたのよ」
「取引?」
三田川は首を縦に振る。
「ええ。後で説明するけど、当時の政府、あまりよくないイメージや反感を持っている連中がちらほらいたみたいでその中には魔女もいた。そこで政府は玉之江島の魔女に本土にいる魔女を連れてくるから代わりに自分たちの敵を倒してほしいと申し出たのよ」
「それって、魔女に飼い犬になれって言ってるようなもんですね」
「そうね。ただ、玉之江島の魔女達もその取引には応じざるを得なかったわ。世界は文明開化に始まり、大きな変革を遂げていた。魔女達は自分たちの存在に危機感を抱いていたようで仲間を欲した。そして政府の元で魔女機関が誕生したわ」
「魔女機関……?」
「ええ。それが二つ目ね」
話の最中で三田川は立ち上がって冷蔵庫のお茶の入ったボトルを取り出し、さらに二つのコップを食器棚から取り出してそこにお茶を注ぐ。
一個を陸島の前に置いた。
「魔女機関ってのは日本各地に住む魔女達が政府の元に集って出来上がった機関ね。これも世間には出ないわ。主な活動内容として全国に現れるであろう魔女の保護並びに彼女たちの教育や職務の割り当てね」
「職務といいますと?」
差し出されたコップの中のお茶を飲みつつ、陸島は詳細を伺う。
「例えば先人たちの記録の管理ね。魔術に関する書物やレポートなどを整理したりする仕事。他にはグループや連合などと呼ばれる魔女の組合に対し支援や依頼を持ちかけたりしてるわね。後は……そうね魔術道具の管理とかもやってるわね」
三田川も陸島に続いてコップの中身を飲み干す。
「ああそうそう。組織や悪人たちを抑える警備や兵としての仕事もあるわね」
「その組織って何です?聞いた限りろくでもない連中の予感がしますが」
目つきが鋭くなった陸島。
「そうね。ろくでもないわね」
三田川は射るようなその視線をじっと受け止め、自分のコップにお茶を注ぎながら説明を開始する。
「三つめは組織についてね。組織というのはね、言ってしまえば悪の集団よ。ずっと前からある存在みたいでね。組織立つという言葉ってあるでしょ?そこから生まれたのよ。後は世間から認知されにくいように固有の名称を持っていないとかで。で、彼らの目的は政府並びに魔女機関への攻撃や妨害工作。果てには一般人へ危害を加えるといった振る舞いをしているわ。以前も魔女機関の施設を襲撃したとか、一般人に魔術道具を提供して混乱を招いたとかあったわね」
「へえ。所謂テロリストですかね?」
陸島は声を低くした。
その声に三田川は動じることなく話を続ける。
「概ねその認識であっているわ。明治政府の発足以来からその勢力はあったというけど、多分もっと前からあったんじゃないかって話もあるわね。で、リーダーや幹部もどんな連中かわからないけど手練の魔女や兵隊がいて危険なのよ。政府は魔女機関に依頼して彼らの討伐を命じているけど、組織が壊滅したという報告は今日までにないわ」
「……強いんですか?」
「うーん……強い奴らもいるけどそれ以前に正体がつかめていないのよ」
コップの中のお茶をじっと見ながら三田川は説明を続ける。
「何を目的としているのか……中央にいる者達は何を企てているのか。その全ては謎に包まれているわ」
「魔女機関ってさっきの話だと日本各地から魔女を集めて立てられたんですよね?それが歯が立たないって事は余程の相手なんじゃ?」
「間違いないわね。だけど個人の目的や家々にある理想の成就、政府を憎む者達といった思惑が絡み、『組織』として今にいるわ。はっきしいえばウザイ連中なんだけどね。昔、戦って思ったけどありゃあ政府も機関も面倒に思うわけだわ」
「……それで聞きたいのですが」
昔の事を思い出しながら、呆れる三田川に陸島は問う。
「その組織の中で仮面を付けた魔女、あるいはそうした存在に心当たりはありますか?」
陸島の目つきはこの日一番に鋭くなった。
三田川も流石にその目には思わずピクリと反応する。
「仮面……?うーん、そうねえ……」
三田川はしばらく考え込む。
そして申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんなさいね。仮面を付けた魔女って会ったことないから。ちなみにどんな仮面付けてたの?」
「……四角を中心とした幾何学模様のような仮面を付けてました」
「四角……?うーん。ちょっと思い当たる節がないわね。もしかしたら出会ったあるかもしれないけどちょっと今は思い出せないわ」
「そうですか」
陸島は落胆していた。
三田川はうなだれる陸島に優しく声を掛ける。
「だけど、組織に陸島君が探している仮面を付けた魔女がいる可能性はあるわ。魔女機関が意味なく人を襲う理由はないし……」
「ふむ……」
「まあでも、その仮面を付けたものを探しているのなら今は他の人達に任せ、己がスキルを研鑽することをお勧めするわよ」
「……まあそうですよね」
陸島は渋い顔を浮かべた。
仮に立ち向かったとしても勝てる算段がその時はなかったから。
「逆奈義未来を倒したというのは凄いかもしれないけど、その時の事は覚えていないんでしょ?だったら次は確実なものにしましょ?」
「ええ、そうします。いつかは魔女機関かあるいはグループとかで依頼を受けられますかね?」
「なれると思うわよ。陸島君は稀代のウォーロックだし……とにかく基本を軸に魔術を鍛えなさい。大地の魔術に適性があるんでしょ?あれは結構いいわよ?色々便利で」
にやりと笑う三田川の前で、陸島は一本の十手を取り出す。
十手は部屋の蛍光灯の輝きを受け、鈍く輝いていた。
(確かに実力は必要だ。力もなしに俺の目的が、復讐が果たせるとは思えない。ならばまずは力を付けることを目標にしよう。そしてゆくゆくは魔女機関で仕事が出来るようになれば俺の本懐も成し遂げられるはずだ)
十手を握りしめる。
陸島は当面の目標を見定めた。島の外で活動するため、この島で日々鍛錬を積んで力を身に着けると。
(待ってろよ皆。あの時のかすかに残った記憶……あの生意気を斬った力を、蹂躙する力を己の手に収め、研磨してあの仮面の魔女をぶち殺してやる!!)




