1-6
(え?)
刹那、陸島は確かにそれを聞いた。
聞いたというよりは胸の中に、心の中に声が響いているようだった。
――随分とひどくやられているな?惨めなものだな。弱いとは罪だ
(なんだ……一体!?)
強い痛みの走る中、声はさらに聞こえる。
――ほうら、またお前は失うぞ
(どうなってる……?なんだこの声は?)
どこからともなく響く声を拾った耳は陸島の耳。周囲の者たちは依然として各々の姿勢を崩そうとしない。
その声は陸島だけに聞こえていたようだった。
――さあ思い出せ。奪われた日を
脳裏に駆け巡る雨の森。
――思い出せ。その先にいた者を
血の池の中に倒れて動かぬ者たちの姿。
――思い出せ。この世界における唯一無二の……お前の怒りを!
「ぐぅ……うぅ!?」
全身に痛みが走る。
先ほどの銃撃とは違う鋭い痛みが走る。
――望んでいるのだろう?力を!
「力……ああそうだ。俺は望んでいる」
――浮かばれぬ者達の嘆き、忘れてはおるまいな!!
「忘れるわけねえだろ!ああそうだ。復讐を……優しかったあいつらを殺した敵を殺す力が欲しい!」
――ならば今こそ解き放て!憎悪を!!怒りを!!我がお前に授けよう!!力を!!
全身を駆け巡る痛みと力。収まって深く抑え込まれたかと思えばそれ違った。
その時の中心は陸島鉄明であったのは確かだ。
「え……こいつっ!?」
抑え込んでいた黒服の男が異変に気付いた。
次の瞬間には宙に吹き飛ばされて轟音が響いた。
「グハッ……!」
「なに……!?」
「え?」
逆奈義と鈴井も、周囲の者たちすべてがそれを見た。
墨のように黒い霧に覆われ、血のように赤い瞳。ゆらりと立ち上がるその姿に周囲は戦慄する。
(あれは陸島君……じゃない?)
相原の心臓が鼓動を強く立てて否定をしようとしている。
その悍ましきものがいた場所には先ほどまで間違いなく陸島がいた。
「ウゥ……グォォォォォッ!!」
しかし、今その場所にいるのは彼に似た何かだ。
言うなれば羅刹か、鬼か。ふらつきながらも、周囲に立ち込めだした黒い霧はさらに増し始め、淀みを促す。
――ふむ。注いでやったはいいが……少々やりすぎたか?まあいい
陸島に力を授けた声の主は見えぬところで不敵に笑う。
逆奈義未来の側近である鈴井はそれに驚きながらも注視していた。
(あれは……!?悪鬼や羅刹の類とでも言うのか?いや違う。あれは何かに憑かれているようだ。まさか――)
何かに気付いた鈴井は瞬時に近づいたすぐに吹き飛ばされる。
「鈴井!?」
「お嬢様!こいつは危険です!離れて!!」
周囲の護衛が一斉に杖や銃、刀を取り出して陸島に憑きしものに襲い掛かる。
銃撃、火炎、雷撃が何かに憑依された陸島へすべて同時に命中した。しただけだった。
「な……!?」
――無駄なことを……この者にそれが通じるとでも?
陸島はゆらゆらとふらついてはいた。しかしそれは彼が何かに憑かれてからで特段そこから攻撃によって何かが変わったわけではない。放たれた攻撃は周囲の黒いうねりに遮られ、歩みは静かに逆奈義の方へと進んでいく。
「させるかっ!!」
部下の男が勢いよく陸島に飛び掛かり、刀を振るう。
「オオォッ!!」
だがそれが陸島を切り裂くことはなかった。
「な……!?」
斬撃は文字通り彼の顎で止められる。受け止めた刀の刃を嚙んだまま、彼は勢いよく首を振るう。
すると刀を握っていた男はそのまま振り回されて勢いよく飛んで近くの木に激突する。
(嘘……魔法で、大地の魔法で肉体の強化は可能だけど……いきなりあそこまで可能なの!?)
噛んでいた刀を横に吐き捨てる。再度、逆奈義の方へ向かう彼のその行動に相原はぞっとした。
「こいつ……!そんなやけな状態で!!」
逆奈義は手に持った杖を握りしめる。杖は淡い光から眩く輝き、同時に地面に幾つかの魔法陣が描かれる。
「これでどうっ!」
魔法陣より現れたるは無数の蔦。蔦の群れはまっすぐに陸島を絡めとり、彼を拘束する。
「ぐぅ……ウゥ……!!」
絡みつく無数の蔦はみしみしと音を立てていた。陸島の向かう足は止まろうとすることなく逆奈義へといまだ向けられたまま。
「悪あがきをっ!!ならば大地の牙でっ!!」
杖に光を今一度灯し、今度は地面から細く鋭い刃を形成、彼女の言う大地の牙を陸島へと突き刺す。
「ぐぅ……!?」
「フフ……どう?これでもまだ――」
逆奈義は言葉を詰まらせる。
「え?なんで?」
音がした。突き刺した大地の槍が突如として崩れ、さらには絡まっていた蔦が切れて落ちていた。
自由になった陸島は力強く大地を踏んで逆奈義に近づこうとしていた。
(どういうこと……!?いったい何が――)
よく見れば陸島の右手にはいつの間にか刀が握りしめられていた。
初めに突き刺さった牙を引き抜いたのち、彼は刀を手にして蔦を切り落としたのだ。
戦いが始まってから陸島の体からは絶えず血が流れていた。
だがその血の流れもだんだんと緩やかになっていく。大地の魔術による治療が静かに始まっていたのだ。
「お、おい……どうなってんだよアレ!?ウォーロックって化け物なのか!?」
「わかんねえよ!!それよりお嬢様を守れ!!」
周囲の護衛が青ざめた顔で逆奈義の魔術をものともしない陸島を見ていた。
その時だった。
「ウォォォォッ!!」
陸島はその場で雄たけびを上げる。その大声に周囲の者はたまらず耳を塞いだ。
(な……何よ今度は!雄たけび!?というかあんな体でまだ動くの!?)
耳に入る雄たけびの声と同時に何かを逆奈義が感じ取る。
(気持ち悪い……なに耳に届くこの咆哮……)
胃の奥から逆巻く感覚を感じられずにはいられなかった。
(でもだからって――)
雄たけびの終わりと同時に杖を強く握りしめて再度、蔦による彼の拘束を試みようとする。
いつの間にか彼の左手には刀とは違う何かが握りしめられていた。
(あれは……?)
「じ……十手?」
相原が怪訝そうな目でそれを見た。
「魔法を使おうとっ!?させるかっ!!」
先に逆奈義が魔法を使おうとしたその時、陸島は十手を握ったその手を勢いよく振るう。
瞬間、彼の周囲に光が浮かび、それらの中心より無数の鋭い鉄の刃が発射された。
「なっ……!!」
――まずい。防御しないと
逆奈義は反射的に急ぎ蔦の群れを自身の前に展開、刃の群れは彼女を引き裂くことはなかった。
だが周囲の護衛にその刃たちは突き刺さり、赤く染まるその刃の群れに逆奈義は冷や汗を流す。
「そんな……今のは……」
――鉄の魔法!?ありえない!!そんなの使えるはずがない……!
膝を折って崩れる護衛達に逆奈義未来は驚愕せざるを得なかった。
鉄の魔法は逆奈義未来が知る限り、恐ろしい魔術であると伝わっているからだ。
(これが……ウォーロックが忌まわしく恐れられている所以だとでもいうの!?)
ウォーロックの力に驚嘆するするばかりの逆奈義についにその一振りは下される。
「ハァッ!!」
本当に一瞬だった。
「あ――」
彼女の振ろうとしていた杖を持った右腕はあっさりと切り落とされた。
ある者は鉄の魔術について汗を流してこう語っている。
――鉄の魔法は精霊ごと血にまみれている。有史以来、人は鉄を取り数多の命を葬ってきた。故に鉄には溺れるほどの血が染み込んでいる。数多の生きようとした命の流れがそこにあるのだ。嘆き、怒り、悲しみとともに。今も世界の何処かでそれは命を啜っているのだ。そんなものを振るおうものならその身に嘆きが、怒りが注がれて死ぬのは必然である




