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鉄(くろがね)ウォーロック  作者: 峰川康人
第一部

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56/102

10-2

「あ、ぱぱ!!」


 人形を手に持った小さな女の子が振り向くと、そこには彼女のお父さんがいた。


「紫苑。元気にしてたかい?」


 紫苑の父は彼女に近づくとそっと頭を撫でた。

 彼女の頭に優しく触れるその手は大きく、厚くそれでいて暖かかった。


「ぱぱ。ゆうえんちっていついけるの?」


「そうだねえ。紫苑が大きくなったら行ってみようか?」


「本当?」


「うん。連れて行ってあげるよ」


「わぁい!やくそくだからね!!」


 満面の笑みを見せる女の子。

 父もその笑みに自然と笑顔が出来上がる。


「そうだ、ぱぱ。大きくなったら私ね――」







「……ん?」


 目を開く。辺りにはびっしりと詰められた本の群れ。

 座っていた自分の椅子の前にあるテーブルには一冊の本が開かれて置かれていた。


「ここ……そうだ私、眠っちゃってた?」


 相原はその日、学校近くに設立された図書館にいた。

 周囲に人は少なく、一階の読書コーナーで彼女は近くのテーブルに本を広げて、魔法について勉強に励んでいた。


「相原さん。どうかしたの?」


 そこに近づいてくるのは図書委員の干木香苗かんぼくかなえ


 干木は二年生で陸島達の一つ上の先輩。そして図書委員でもある。なお、図書委員は島の役員と一緒に図書館の運用の一部手伝いを任される立場にある。


「あ、干木さん。こんにちは」


「こんにちは。じゃなくてどうしたの?」


「え?」


 干木のその目はまるで誰かを心配しているようであった。

 彼女の周囲に人が相原以外いないので、その視線は相原以外に向けられることはない。


「あ……」


 相原は言われて気づいた。

 自分が泣いていたという事実に。


「実は……昔のことを思い出していたんです」


「昔?何か辛いことがあったの?」


「はい。父がいたんです」


「お父さんが?別れを思い出していたの?」


 干木は近くのテーブルの椅子に座って相原に親身に寄り添う。


「はい。幼いころに……私がランドセルを背負う前に亡くなったんです。でも当時の私はお母さんが遠いところに行ってしまったって聞いてたからいつかまた会えるって思ってたんですけど……小学生の頃に仏壇の存在が何なのかを知ってそれでお父さんが本当はどうなったのかを改めて思い知ってそれで……」


「そう。とても辛かったのね」


「はい。でも今は大丈夫です」


「それはどうして?お母さんがいるから?」


「母は……前に亡くなりました。去年の夏の終わりの頃に」


「え?あ、ああ……」


 干木は言葉を詰まらせる。

 目の前の少女がどれだけ辛く重い目にあってきたのかを。こんなことがあっていいのかと。


「でも……耐えられてはいるんです。不思議と」


「それは……どうして?」


「友達がいるんです。凄く励ましてくれた友達が。それに……その……お母さんにお願いされたんです」


「お願い?それってどんなお願いだったの?」


 その時の干木は実は慎重であった。

 重く苦しい経験を重ねた相原に対し、言葉を選んだ気になっていたのだ。


「幸せになれって言ってました」


「幸せ?」


「はい。お母さんが亡くなる三か月ほど前にこう言ったんです」


――紫苑。幸せになってね。どうしてかわかる?それはね、そうしていないと悪いことばかりで嫌になっちゃうのよ。単純なものからだと美味しいものを食べたり、ぐっすり眠ったり。好きな趣味に没頭したりする時間を増やすの。他には友達を一緒に楽しく遊んで過ごす時間。自分を磨いて他者にその技を振るう時間。大切な人と愛を育む時間。そうした時間を増やし続ける事が幸せになることに繋がるのよ


「確かこう言ってました」


「なるほど。それは一理あるわね」


 相原の母の言葉に干木は笑顔で納得した。


「お父さんがいなくなってからしばらくして、母が病気になって……だんだんと具合が悪くなるばかりで入院の日々も次第に長くなってお医者さんからもそろそろ覚悟した方がよいって言われた時が来たんです。その時は不思議と覚悟はできてました。お母さん、お父さんを亡くしてからずっとつらい顔をしてて。私がいる時は笑顔でいてくれたんですけど……小学生の時に家に帰ったら仏壇の前で泣き崩れているお母さんを見たとこがあります。私のために無理をしていた。そしてお父さんはもう帰ってこないってその時初めて理解できたんです」


 相原の昔話を干木はただ静かに聞いていた。

 そしてその間、干木は心を打たれていた。亡くし続けても前に進もうとする彼女に。


「相原さん。貴方は過酷な運命の中にいるのかもしれないわね。でも一人じゃないってことを思い出していれば……きっとお母さんの言う幸せにつながると思いますよ」


「私もそう思います。これから先、卒業したとしても誰かと一緒に支えあって生きていれば辛く暗いままにはならないって信じてますから」


 干木がその時見ていた者は暗き闇に放り込まれてもなお、ひたむきに生きて微笑む少女の姿。

 優しく可憐な見た目からは想像もつかぬしたたかさを持つ者であった。


「ところで気になったのだけど……相原さん、それは?」


「あ、これは魔術の本です。陸島君に追いつきたくて……それで毎日勉強しているんです」


 相原は本を閉じてその本の表紙を干木に見せる。


「そうなの?でも相原さんって確か魔術の腕が凄いって聞いてるけど?」


 干木は首を傾げる。

 実際、相原紫苑の魔術の腕は高い。中学の時点で大地の魔術に関しては周囲の平均を大きく上回る点数をたたき出し、既に実戦に出しても良いと言われた時もあった。

 だが彼女自身は争いを好まず、もし魔術の腕を活かすのであれば、教師がいいと彼女自身が周りに語っている。


「確かに腕はいいって言われました。でも実際に誰かに向けて振るったことはなくて……だから戦いにおける魔術の勉強を、立ち回りとかでも学べればって」


「ああ、確かに。戦い向けの魔法とそうでない魔法であれば区別はつくわね。それならその本が……」


 干木はその本の表紙をもう一度見る。

 するとしばらく固まっていた。


「どうしたんです?」


「え?ああいや、なんでもないわ。それより――」


「あ、ここにいた」


 二人の会話に割り込む者がいた。


 それは――


「鴉田君?どうしてここに?」


 相原は図書館に来た意外な来訪者に目を丸くしていた。


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