8-5
「何……?」
振り下ろされた刃が血しぶきを上げることはなかった。
陸島の一閃を止めたのは魔道学園校長、佐倉京香。
「貴方たち、こんなところで何をしているのですか?」
杖で陸島の斬撃を止めながら、校長は周囲の者たちを冷ややかな目で見る。
青釜の魔女と眷属たちは一斉に震え上がる。
「な……なんで貴方がここに?」
「そりゃあ用事があるからですよ。矢野さん」
校長は笑いながら矢野に歩いて近づく。
一歩、また一歩と寄ってくる彼女に矢野は後ずさりする。
「ああ、大丈夫ですよ。このままおとなしく下がるというのなら何もしませんから」
「ぐ……」
「ああそれと――」
何かを思い出したかのように校長は語る。
「陸島君は竹月組の配下の者です。それもかなり高い地位の。何かあれば彼らが黙っちゃいませんよ?」
「な……ちょっと待ってください!」
矢野は振り返って、後ろにいた女学生三人を睨む。
「どういうことだ!そんな話一度も聞いてないぞ!?」
「そ……そんなのあたしだって初耳で――」
上田の返答の最中、矢野は彼女に強烈な平手打ちをかます。
その平手打ちに彼女はバランスを崩して地面に転ぶ。
「ふざけるな!貴様私に恥を――」
「おやめなさい!!」
激昂する矢野を校長が止める。
「さっさと去りなさい。いいですね?」
「……はい」
校長の静かに放たれた言葉に矢野はうつむいて小さく返事をした。
すぐに青釜の者達は急ぎその場を去っていった。
「何しに来たんです?」
げんなりとした態度で陸島は校長に話しかける。
「そりゃあ用事ですよ。それよりお怪我は?」
「ありませんよ。けがさせる気満々でしたが」
「まあ乱暴。でもね――」
一瞬で陸島の背後を取り、校長は逆手に持った杖の先端を陸島の首に威圧とともに当てた。
「殺す気だったでしょ?それはいけないわ。私でも下手をすれば、庇いきれないから」
「助力は頼んでませんので」
「まあ頑固ね。誰に似たのかしら?」
当てられている杖の先端の感触を感じながら陸島は刀を握りしめる。
「用事って何です?俺を殺しに来ましたか?」
「まさか。牙谷さんについて聞きたいことがあるのよ」
「何?牙谷についてですか?」
陸島は思わず声を大きくしていた。
牙谷。陸島が過去に世話になった人物の一人。食事を、生活を共にした人物の一人。
「何が聞きたいんです?」
「そうね……車に乗りながらでいいかしら?近くに止めているから」
「どうぞ」
二人は校長の所有する車まで歩く。
やがて車に乗り込み、話の続きが始まる。
「聞きたいのはね、出身とかそういうの。どこから来たのかそういうの。何か知りません?」
「出身……ですか」
車はまっすぐに男子寮を目指していた。
その中で陸島は一人考え込む。
「すみません。聞いたことはないです」
「そう。じゃあいつからあなたのそばにいたの?」
「確か……俺が四、五歳の時には家にいましたよ。予防接種か何かの時にはいたので」
「そう。実は例の事件を追ってるうちに羽田さんと爪島さんの事はわかったのだけど、牙谷さんに関してはわからないことがあるの」
「……それは一体?」
牙谷に謎がある。
それは陸島にとって気になることであった。長年世話になった人間について不明だったことがある。それは陸島にとっては意外だった。なんでも知っている気だった。
「竹月組……というより橘樹の家にいるよりも前の事ね。あの組は基本全国から魔女や眷属が集まって各地の任務に派遣されるんだけど……牙谷さんに関しては一部情報が抜けててね。過去の任務で何をしていたのかの情報が抜けてたのよ。それでも採用されてあの家にいた」
「情報の欠落ってことですか?珍しいんですかそれって?」
「ええ。経歴とかの詐称を防ぐためなんだけど……それでいて橘樹の家の……貴方の近くにいたっていうのが信じられないのよ。当主はそのことについて知っていたのかしらね」
運転する校長はうーんと声を上げる。
(牙谷の過去……となると親父に聞くのが早いか?しかし過去が抜けてるってどういうことだ?俺に接触できる以前に橘樹の家に入ったということはそれなりの信頼を積んでいる、あるいは何か家に入れる理由があったはず。あの家もわかってないことがある。アイツは家に来てから俺のそばにいた。俺の近くにいる理由……)
――鉄明坊ちゃん。お母さんのお墓、一緒に掃除しに行きましょう。お母さん寂しがっちゃいますから
「……まさか。いやだとしてもなぜ護衛にいた?」
「何か気づいたのですか?」
「いや……すみませんが親父に質問してみます。牙谷は……確かにわかってないことがあります」
男子寮が陸島の視界に入る。
「一つ言えるのは爪島、羽田と共に殺されたということです。それも多分魔女に」
「なぜ魔女と言えるのです?」
「え?それは……」
言葉が詰まる。
なぜ魔女が三人を殺したと言えるのか。その疑問は陸島を固める。
「あの日……確か――」
少しずつ脳裏に浮かぶのはあの日の光景。
五年前のその日、夜が訪れたころ。一台の車が山の中に作られた道の真ん中で止まっていた。
正確には止められていた。車体前半のボンネットから煙が吹きあがり、フロントガラスにもひびが入っている。
「坊ちゃんは?」
「けがはしてないです」
後部座席に座っていた女性は隣にいた幼い子供、当時の陸島鉄明の状況を助手席の男に知らせる。
「う……うう」
「坊ちゃん。大丈夫ですか!?」
「何が起きたの……?」
「心配しなくていいです。牙谷さんについて行ってくださいね」
牙谷は刀を手に持ち、周囲を警戒する。そして二人にそれぞれ目を合わせる。
「よし。お前ら準備はいいか?」
「はい!」
「大丈夫っす!!」
助手席に座っていた男が助手席から飛び降りる。
そして陸島を背負い、刀を手に持つ。
「牙谷さん。俺と羽田であいつを倒します。坊ちゃんを安全なところに!」
「ああ、頼むぞ!」
若き二人の男女はゆっくりと迫る一人の人間に向かって構える。
男の方は爪島。女の方は羽田。共に竹月組に仕える眷属と魔女。
「あ……」
背負われた陸島が見たのは爪島と羽田。
そして仮面を付けた何者かの存在。仮面は立方体が顔を覆う白色に黒い立方体の石が一つの角を正面に向けて、びっしり詰められたデザイン。それは陸島がよく覚えていた。
(なに……これ……どうなってるの――)
「……島君……陸島君?」
「え?」
「着きましたよ?ほら」
車は男子寮の近くに止まっていた。
過去に引っ張られている内に到着したらしい。
「ああ、どうも」
「何か思い出せましたか?牙谷に関して」
「……すみません。面倒見のいい、父親というのが俺から見た牙谷という人のイメージで……何か気になったことと言われても今はちょっと難しいです」
「わかりました。では……親父さん頼りですかね?」
「そうなりますね」
陸島は車を降りて一礼をすると、校長は手を振って車を走らせて去っていった。
(牙谷の過去……か。あまり気にしていなかったが。親父に聞いてみるか?)
寮のドアを開き、思案にふける。
牙谷の過去。自分の元にいた理由。殺された原因。親父が隠しているかもしれない事実。
「ダメだわからん。風呂入って寝よう」
自室から寝るときに着るジャージ一式を取りに行こうとした際、スマートフォンが鳴る。
陸島が画面を見ると、木下から来ていた。
「もしもし?どうした?」
「ああ、鉄明さんですか?明日午前七時半に男子寮に迎えに行きます」
「なんだいきなり。送迎はいいって――」
「そうじゃありません。親父さんが倒れました!!」
「何!?」
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