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鉄(くろがね)ウォーロック  作者: 峰川康人
第一部

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46/118

8-3

(嘘……すごい!)


 二人のやり取りを鼠川は驚いた目で見ると同時に鴉田の交渉術を心の内でほめていた。


「で、どうなんです?おばあ様?」


「そうだねえ……まあいいだろ。せっかくウォーロックが来てくれたのだから――」


 老婆は手を二度、叩く。

 その時、壁に掛けられていた絵や不動産の情報が収められていた額縁たちがくるりと回転して後ろを見せる。そこには杖をはじめ、結晶やナイフ、薬草といったものが姿を見せた。


「うちで取り扱っているのはとりわけ攻撃に使う方だね。ああ、基本的なものも揃ってはいるよ。防御や結界向けの道具が欲しいなら三つ隣の絵画の店に行きな。あっちは大人のお姉さんで……そっちの坊や、気を付けな」


「え?僕ですか?」


「ああ。あのお姉さんはお前みたいな童顔の美少年に目がなくてね」


 老婆はにやりと笑った。

 鼠川は全身から寒気を溢れさせると同時に震えた。


「ワー、タイヘンデスネー」


「他人事みたいに言うのやめて!あと棒読みなのもむかつくんだけど!?」


「ハッハッハ……で、何をお探しで?」


「手軽に強くなれる魔術道具」


 シンプルに、そして力強く鴉田は老婆の問いに答えた。


 しばらく辺りを時計の針の音が支配し、やがて老婆はすっと立ち上がった。


「出口はあっちだよ」


「いや出口じゃなくて!」


(鴉田君……やっぱりおバカなんじゃ)


 鼠川は怪訝そうな目で彼を見る。


「まったく、ウォーロックだってんだから期待したんだが……ダメだねこりゃあ」


「じゃあ質問を変えましょう。俺みたいな駆け出しの魔術師に一番必要なものは?」


「そりゃあ教科書を隅々まで読み漁る力だね。ああそれだけじゃなくて……言うなれば教科書の内容を一連の通りやれること……それだけはいるね」


「教科書……?」


「そうだね」


 老婆はすっと立ち上がり、作業机のある隅っこに向かうとそこにある一本の杖を手に取る。


「お前さん、適性は?」


「え?ああ、風ですよ」


「なら一週間、時間をやる。その間勉強をしてきな。それ次第で売ってやるよ」


「本当ですか?」


「ただし、お前さんの実力や知識に見合ったものだけだがね」


 老婆はにやりと笑って杖を向ける。


「……よしわかった。それでいいっすよ。鼠川、帰ろうぜ」


「あ、うん」


 鴉田と鼠川の二人は不動産屋を後にした。

 老婆は二人を去っていく見て首を傾げる。


(ウォーロック……伝承や歴史が正しいのならとんでもない力があるらしいが……本当かね?)






「おや貴方は……相原さんですか?」


 島の八番街にあるカフェにて。

 相原紫苑はとある人物とコンタクトを取っていた。


「こんにちは。木下さん」


 木下洋平。

 齢は五十近くで陸島の幼少期を知る人物。そして陸島が育った家の関係者。見た目は細い体にスーツを着こなし、染めた黒髪を短く丁寧に整えた男性。


「ああ、どうも。何か御用でしょうか?」


 木下はテーブルの反対側の座席に手を差し伸べ、相原に『お座りください』と言った。

 相原は首を縦に振ってその椅子に座る。


「えっと……聞きたいことがあって……」


「はい。どうぞ。ゆっくりで大丈夫ですよ。今日は私、お休みですので」


「陸島君って大切な人だった三人を亡くす前はどんな感じでした?」


「そうですね……まあ普通の子でしょうか?ゲームが好きで勉強が嫌いな……それであの三人とよく遊んでました。時には夏休みの宿題を手伝ってもらってて……それで親父さんにめいっぱい怒られたんですよね」


 ハハハと笑って木下はコーヒーを飲む。


「普通の子……」


「ええ。とはいえ橘樹たちばなの家の人間ですから、世間から見ればちょっとした貴族だったのかもしれません」


「たち……ばな?」


「ええ。私は魔女機関が傘下に置いている組織、竹月組。その中で現組長をやっている橘樹の家の使用人を務めてるのです」


「……た、タケツキグミ?」


「ええ。中学の頃から今までで聞いたことありません?」


 相原は竹月組という単語に心当たりがあった。


「確か魔女機関が傘下にしている組織の中で眷属の男性の方が多く在籍しているっていう組織じゃありませんでしたか?」


「ええ。魔女機関や他のグループに派遣やら何やらをしている……現代で言うなら人材派遣会社ですかね」


「人材派遣会社……なるほど」


 相原は今の例えに納得した。


「鉄明さんは橘樹の家で育ち、その時に三人と出会った。親父さんが家族のように構ってくれる人がいたほうが将来いい影響を及ぼすって言って、鉄明さんには三人の部下が付いた」


「部下……ですか?」


 疑問に思う相原の前で木下は申し訳なさそうな顔をした。


「実は鉄明さんに関しては一部わかってないことがあるんです」


「それは?」


「鉄明さんは親父さん……つまり橘樹家の当主にしか知らないことがあって、どうやら鉄明さんが赤ちゃんの頃に親父さんは彼を引き取ったと言ってるのです。親父さんは親戚の子供と言っているのですが、肝心の親戚がどこに消えたのか……そもそも鉄明さんはなぜあの橘樹家に引き取られたのか。その辺りのことは親父さんと親しい私にも知らされていないのですよ」


「そうですか……陸島君って事件があった日からずっとあの調子なんですか?」


「ええ。学校でも問題を起こしてて、暴力事件とか起こしてたんです。相手も悪いっちゃ悪いのですが……でも大きくなることはありませんでしたね」


「といいますと?」


「相手の方が逆に別の方に問題を起こしちゃっててんやわんやの大騒ぎで……向こうも向こうで目立つのは避けたかったのかそれ以上は騒ぐことはありませんでしたね。それからは鉄明さんは自分を鍛えるために修行を、体を鍛え始めていたのです」


「仇討ちの為ですか?」


「はい」


 木下は終始顔を上げることなく話を続ける。

 その表情はやはり重い物であった。


「でも相原さん、あなたも大変な状況であるというのになぜ彼に構うのです?」


「それは……私にも両親がいなくて……つらい気持ちは私もなんです。でも彼の方がとても重い気がして。ツバキちゃんや燦央院さんを倒したあの実力も、それ以上を目指す野心もそこから来てる気がして」


「献身的なのですね。貴方は」


「あと一つだけ、気づいたことがあるんです」


「なんでしょう?」


 相原はコーヒーを口にしてからそれについて答える。


「悲しみを感じるんです。陸島君から。まえに木下さんが言ってた死にに行こうとしている者の瞳……でしたっけ?多分それに近いものだと思います。それともう一つ。その奥に何か恐ろしいのが見えるんです。何か恐ろしいものが」


「悲しみ……そして恐ろしいものですか?」


「はい」


 沈痛な表情を相原は浮かべる。

 その時彼女の脳裏に浮かんでいたのは逆奈義未来の腕を切り落とした時の陸島の姿。


「言葉にはできないんです。でもそれをどうにかしないといけない。そうしなきゃ陸島君はもっと恐ろしい事態に直面するのではと。木下さんの話を聞いてやっぱり思ったんです。陸島君はこのままじゃ本当に死んでしまうんじゃないかって。それを見過ごすなんてできないんです!パートナーに選ばれたから、彼がウォーロックだからじゃなくて……ただ助けたいだけなんです」


「……そうですか」


 木下は相原の曇りなき瞳を見る。

 そして顔を緩ませる。


「鉄明さんも人に恵まれているお方だ。こんなに愛されているというのに」


「あ、愛ってそんな……えっと。そういうんじゃなくてその――」


 木下の言葉に相原の顔は一気に紅く染まる。


「わかりましたよ。私もできる限り手伝いましょう。本当は戦ってわからせるのがいいんですが……」


「た、戦ってって……。でも木下さんがそうしないのは年だからとかですか?」


「いえ。仮に倒した場合、あの人の事ですから余計に力を求めるばかりになりそうで。それにそのやり方じゃあ救えないと思ったんですよ」


「でも彼、強いですよ?」


「ああ心配しないでください。今の彼なら十分くらいあれば倒せますよ」


「え」


 十分くらいあれば倒せる。


 まっすぐな瞳で放った言葉に相原は嘘偽りはないのだと理解すると同時に固まった。

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