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鉄(くろがね)ウォーロック  作者: 峰川康人
第一部

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43/123

7-5

 闘技場内部には戦った者たち向けに緊急用の医務室が設置されている。

 そのベッドの上に燦央院百合香は目を閉じて、横たわっていた。


「う。うう……」


「お嬢様!」


 苦悶に満ちた声で燦央院は目を開く。

 そこに吉川が駆け付ける。


「大丈夫ですか?痛いところは?」


「え、ええ。もう大丈夫ですわ……」


 ベッドから起こし、体のあちらこちらを見る。

 体中のあちこちには包帯、湿布などが丁寧に張られていた。


「応急処置は済ませておきました。もう少しで家の魔女が来ます。それで残りの治療を――」


「ありがとう吉川」


「……はい」


 礼の言葉に吉川は縮こまる。


「私……負けてしまったのね」


「はい」


「また……一から鍛えないといけないわね」


「はい」


「お父さまとお母さまに申し訳ないわね。なにより部下たちに失望されてしまうかもしれないわね」


「……百歩譲ってそうだったとしても、私はお嬢様のそばにいます」


 吉川の忠義ある言葉に燦央院はにこやかにほほ笑む。


「ありがとう吉川。そう言ってくれると、心強いわ」


「お嬢様。今は安静にして――」


「燦央院さん!」


 けがの治療を優先するよう進言しようとした時、医務室のドアが勢いよく開かれる。

 息を切らして蛇島が部屋に入ってきた。


「まあ蛇島君。ここは一応医務室なのですからお静かに。私の怪我なら――」


「あ、ああ、すまない。気遣いが足りてなかった」


 あたふたしながらも蛇島は燦央院の近くによる。


「その……怪我は大丈夫なのか?」


「心配いりませんわ。近いうちに家の魔女が来て手当をしてくれます」


「おお……専属の医者というやつですか?」


「そんなところですわね」


 蛇島はその時、住む世界の違いを知らされた。


(そうか……権力ある家のお嬢様なら当然か)


 蛇島は改めて燦央院を見る。


(だけど今は傷ついた一人の少女だよな)


 ベッドの上にいる燦央院は蛇島から見れば下半身は布団で隠れて見えなかったが上半身の腕や首、頬に額と至る所に包帯や絆創膏などが張られている。セーラー服の袖の下からかすかに包帯が見える。体中に傷跡があるのだろうと蛇島は推測する。


「……さっきからどこ見てますの貴方?」


「え?ああ、傷というか……怪我、本当に大丈夫なのかと――」


「わたくしが視線に気づかないとでも?」


 燦央院の目は険しくなった。


「ち、違う!決してやましい意味は――」


「やましい?それはどういう意味ですの?」


「だから違うって」


 思春期の男女らしいやりとりに思わず吹き出す吉川。


「ちょ、ちょっと違うんですって!本当に!!」


「わかってますよ。お嬢様も人が悪い」


「人が悪いってそんな人聞きの悪いこと言わないでくださいます?」


「あーもう!僕は純粋に陸島にやられた傷が心配で――」


 ドアが勢いよく開く。

 そこには陸島が立っていた。


「な!?お前何しに来た!?」


「あら陸島君?どうしてここに?」


 驚く蛇島に疑問に思う燦央院。


「すみませんがお嬢様は怪我しておりますので、今はお引き取りください」


「良いですわよ別に。質問くらいなら応対しますわ」


「……聞きたいことがある」


 陸島は真剣な目で燦央院に質問を投げる。


「組織に関する情報が欲しい。できるか?」


「どんな情報ですの?」


「強いやつの情報」


 強いやつの情報。

 その単語に三人は固まる。最初に口を開いたのは吉川。


「つ、強いやつと申されましても……それはトップからですか?それとも最近危険とされている魔女の情報ですか?」


「トップからだ。十人くらいあればいい。あとは基本的な情報があれば良い」


「そうですわね……お渡しはできると思いますが……!?」


 燦央院が答える際に腹部を抑える。

 痛みが走ったようだ。


「お嬢様!?」


「燦央院さん!?」


「ああ、ケガしてたのか。なら急ぎじゃなくていい」


「お前!誰のせいで彼女が怪我したと思ってる!?」


「え?……ああ俺のせいか」


 陸島は真顔から表情を崩さず、燦央院を見る。


「貴様……」


「やめさない蛇島さん」


 拳を握りしめ、立ち上がる蛇島を燦央院が止める。


「一週間くらいで用意できるか?」


「わかりました。機密扱いですので少々時間はかかるかと」


「期待してるぜ。お嬢様」


 陸島はにやりと笑うと、医務室を去っていった。


「なんだアイツ……言うだけ言って」


「蛇島君。先に断っておきますが、私の許可なくアイツと決闘することは許しませんわよ」


「あ、ああ。わかってる。アイツは強い。しかもかなり」


「ならよろしい」


 椅子に座る蛇島を見て燦央院は溜息を吐く。

 組んだ両手の周りにはいつの間にか水滴がついていた。


「あれ……なんで」


 水滴の正体は自らのこぼした涙であると燦央院は気づく。


(あ、そうだ……私は陸島に負けて……なんで今になって)


 悔し涙だった。

 燦央院百合香はその時初めて自覚した。自分が陸島鉄明に負けたという事実を。零れ落ちる雫は止まるところを知らない。


「燦央院さん!」


「私が……弱いから……」


「それは違う!」


 蛇島は燦央院の両手をぎゅっと握る。


「あ……」


「君は立派に戦った!それは事実だ!僕は、僕たちは見てた!あんなに懸命に戦っていた!すべてを出し尽くすように!確かに陸島の方が一枚上手だった!でもそれは偶然かもしれない!それに君は最後まで降参も危険もせずに戦ったじゃないか!なにより君はこんなにぼろぼろになるまで立ち向かった!」


「そ……そうですけど」


「懸命に戦う人を笑う奴なんていない!」


 蛇島は決闘の時の燦央院について熱く語る。

 気高く、強く戦った一人の魔女を。


(ああもうこそばゆいというか……暑苦しいというか……)


 蛇島の激励にどこかずれを感じられずにはいなかった。


(っていうか……さり気に両手を握ってませんかこの方?)


 燦央院は視線を手に移す。

 包まれるように自分の両手を蛇島が握っていた。


「フフフ。実際お嬢様は懸命に戦ってましたものね」


「吉川も……まあそれより――」


 頬が赤くなった燦央院は両手をゆっくりと優しく振りほどいて、今後の説明をする。


「とにかく資料の作成を。それと修行も一から色々学ばないといけませんわね」


「ああ、僕も目一杯やるさ。アイツに決闘を申し込めるくらいには」


「それがいいでしょうね。お嬢様はまず怪我が治ってから。蛇島さんの場合はまずは……服が吹き飛ぶ現象をどうにかしなくてはなりませんわね」


「それか……どうすればいいのか」


 考え込む蛇島に吉川が提案する。


「いっそのこと全裸で修行します?それなら服の心配をせずともよいですし」


「そのぶっ飛んだ提案はお断りします」


「わかりました。ではブリーフは履いてください」


「ブリーフ!?」


 クレイジーな妥協案に燦央院は笑わずにはいられなかった。


「もう吉川……そういうのはやめさないって」


「あらダメですか?」


「当たり前ですよ。第一ブリーフってダサいじゃないですか」


 ブリーフ派の方、申し訳ございません。


「まあ……じゃあトランクスなら良いですか?」


「いやあのですね――」


 吉川の暴走にツッコミを入れる蛇島。そして笑う燦央院。

 重い雰囲気に少しばかり明るさが混じりつつあった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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