7-1 次期当主、燦央院百合香
「深夜に食べるカップ麺ってどうしてあんなに美味しいのででしょうね鼠川さん、蛇島さん?」
「うーん……背徳的ってやつかな?」
「知らん」
朝、雨の中を歩く男子三人。
鴉田、蛇島、鼠川の三人はその日、梅雨らしい雨の中を傘をさして登校している最中。
「あー……でも雨ってクソだわ。自転車使えないのマジでつらいわ」
「レインコートでもあればいいが……僕としたことが買い忘れてしまった」
「でも雨の中で自転車って割と危なくない?視界はともかく滑りそうで」
「それな」
他愛のない会話をしていると、彼らの歩いていた道路の隣に一台の黒い車がやって来る。一般的な車よりも長いその車のウィンドウが開き、燦央院が顔を見せる。
「おはようございます、皆さん。どうです?乗って行かれては?」
「え?いいの!?」
「すまない。恩に着る」
「おお……リムジンじゃあないか!」
三人の男子は雨の中を歩いて行くことに正直うんざりしていた。
そこに来る一台の車。喜ばずにはいられない。
「で、陸島はいずこに?」
「え、ああそれがね――」
男子三人は燦央院家の車に乗せてもらい、鼠川は今朝の出来事を説明する。
彼は目が覚めてラウンジに行くと、三田川が朝食の用意をしてくれていた。
続いて鴉田、蛇島の二人がラウンジに来る。その際に陸島が起きてこないので変だと思ったら三田川曰く、すでに食事を終えて一番に学校に向かったのだという。雨なのでいつものトレーニングはせずそのまま学校に向かったらしい。
「とまあそういうわけです」
「勤勉ですこと」
鼠川の説明に燦央院は感心する。
「にしてもアイツ、意外とちゃっかりしてたぜ。三田川さんが作ったたくあんしっかり食って出発してやがったし」
「たくあん!?」
鴉田のたくあんという単語に驚くのは燦央院。
「え?そんなに驚く?」
「ああいえ。三田川さん、聞いてた事前情報と違うとイメージが違うというか……まあいいですわ」
ちなみにたくあんというのは沢庵漬けとも呼ばれるもので大根の漬物の一つ。
塩などで漬けた食べ物。
「三田川さんっていう男子寮の管理人さんがたまに来てくれてね、今日それをふるまってもらったんだ」
「白米、味噌汁、たくあんにサンマ……。何と言うか古き良き日本の朝食を頂いたもんだ」
鼠川は嬉しそうに笑い、蛇島も三田川にふるまってもらった朝食に満足している。
「陸島のヤツも美味いと言ってたが……まああいつ見るからに和食好きそうだし」
「陸島君、肉じゃがとか作ってたもんね。意外と器用というか……」
「肉じゃが?なんですのそれ?」
「え」
燦央院の言葉に男子三人は固まる。
意外と知られる家庭的料理を目の前のお嬢様は知らなかったらしい。
――たくあんは知ってるのに?
鼠川はそこが解せなかった。が、そんなことより説明を始める。
「ああえっと肉じゃがというのはね――」
「そろそろ着きますよ~」
燦央院家のメイド、吉川が伝える。学校が既に見えていた。
「そうですね。続きは教室に入ってからでよろしいかしら?」
「あ、うん」
車は昇降口付近に止まり、周囲の登校中の生徒たちの視線を釘付けにする。
――見て、燦央院家の車よ
――本当だわ。あ!燦央院様よ!
――しかもウォーロックが三人も。将来の使いにするのかしら?
「え?使い?」
「御安心なさい。その辺りはちゃんとお話してから決めますから」
教室に着くまでに届く声。
燦央院百合香をたたえる声に、ウォーロック三人を自分の家の使いにするのではという予想の声。
「まあ悪くはないと思ってますわ。強い力を持つとされるウォーロック。それが四人も来てくれるというのならうれしい限りですわ!」
「四人って……それもしかして陸島君も含んでる?」
鼠川たちが教室に入ると噂のその男はいた。
陸島鉄明。大地の力を持つウォーロック。
「……なんだお前らか」
陸島はブックカバーの付けられた本を自分の机で静かに読んでいた。
刺さるような視線を彼は入ってきた者たちに向ける。
「何を読んでるの?」
「人間失格」
「人間失格って……誰だっけ?」
「え?ああえっと……夏目漱石?」
「太宰治だ。鴉田はともかく鼠川君はそれ覚えておいた方がいいぞ」
「え?俺の扱い酷くないか?」
「酷くないが?」
きっぱりと切り捨てる蛇島。
しょんぼりする鴉田。まあ過去のことからしたらそらそうですわね。
「にしても随分勤勉ですわね貴方。調査から不良みたいなイメージがあったのに」
「ふん……」
燦央院はじっと陸島を見る。
彼は見向きもせずに本のページをめくる。
「まあいいでしょう。数日後の決闘、楽しみにしておりますわ」
「へ?決闘……!?」
鼠川は思わぬ単語に声が上ずる。
「決闘……なんだ?互いにカード持ち寄って戦うとかか?」
「絶対違う。多分……模擬戦とかじゃないのか?」
「そうよ蛇島君。正解」
「正解って……なんで戦うのさ!?」
決闘という単語にある者は不安に、ある者は好奇心に駆られる。
少なくとも鼠川には二人が戦う理由が見当たらなかった。しかしてこの時、二人には戦う理由はあった。陸島に関してはこのように考えていた。
――本土にて組織の魔女と戦っていると聞いた時はそりゃあ戦ってみたいと思いましたよ。それで俺が組織の魔女達と渡り合えるかは別ですがね。それでも俺には力の証明が欲しかった。日々鍛えている自分が本当にこの手に力を宿しているのかどうか。それが知りたいだけに彼女に戦いを挑んだのです
その日の昼休みが始まった頃。
「陸島君……また決闘受けたって本当なの?」
「だったらなんだ?別にいいだろ」
陸島のもとに弁当箱の入った手提げ袋を持った相原が駆け寄る。
「相手は燦央院さんよ。普通に考えて強いし……前はツバキちゃん相手でその、うまくいったかもしれないけど……怖いの」
「何が怖いんだ?」
「それは……えっと」
「話はそれだけか?」
「あ、まって。これ――」
相原は陸島に桃色の手提げ袋から弁当を一つ取り出す。
大きさは一人前といったところで、容器は黒色で社会人向けのデザインをした弁当箱だった。
「これじゃあ足りない……かな?」
「いらん」
「え?いや――」
「いらないつってんだよ」
陸島はまっすぐに教室を抜け出す。
ぽつんと相原は残される。
「そりゃねーぜ陸島さんよ……」
「ああまったくだ」
その一部始終を見ていた鴉田と蛇島がひょこっと姿を見せる。
「相原さん、もう気にしなくていい。パートナーだか何だか知らんがそれはもう解消すべきだ。これ以上君の時間を彼に使うなんてやめておきたまえ」
「ああ。少なくとも今のアイツにはお前さんの優しさは届かないぞ。弁当なら余るというなら蛇島がぜひ食いたいってさ」
「あほか貴様。ここは普通に……いやでも――」
「なーにを言ってるんですか、このいやしんぼ共が」
さらにもう一名が姿を現す。流山だった。
「シオンちゃん。気にしたら負けですよ。これでわかったでしょ。アイツはクズ。だからもう気にかけないでいいんです。恐ろしいことに一人で何でもやれてしまう。それがアイツなんですよ」
「それはそうかもしれないけど……でも」
「まあ気が済むまでやればいーですよ。決闘じゃなきゃだいじょーぶですが」
「だな。ここは我らが燦央院女王に期待するっきゃねえ!」
「女王ってお前なあ……」
「そーだろ?毎晩鞭でしばかれとる蛇島君」
「よしわかった。歯ぁ食いしばれぇ!」
「ゴッファ!」
鴉田と蛇島のコントを見て笑わずにいられなかったのか、それまで暗い表情だった相原の顔に笑みが戻る。
「フフ……仲いいのね二人とも」
「ええ。こういうのは捗るわね」
「うわぁ鎖野さんいつの間に!?」
いつの間にかいた鎖野に驚く流山。
鎖野芳子、男同士のじゃれあいをただならぬ目で見る女。
興奮するその様を見て、流山は強かさを感じ取っていた。
ちなみに弁当ですが、みんなで分けて食べました。とても美味しかったです。




