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鉄(くろがね)ウォーロック  作者: 峰川康人
第一部

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35/123

6-3

 少女は夢を見ていた。

 何かに追われている夢を見ていた。

 必死に走っていても、どこもかしこも暗闇で、ただただ闇が広がっていた。

 それでも必死に闇の中を駆け巡っていた。


「みんな……どこにいるの!?助けて――」


 奴が来る。

 手に刃を。おぞましい顔で、笑いながら。

 そいつは歩いているようで、走っているようだった。

 少女は必死に逃げた。


――そいつが私を狙っている。それだけは分かっている


 だから必死に逃げた。

 この果てのない暗闇を。

 必死に、必死に、走って、走って。

 やがて完全な暗闇の世界に飛び込んだ。

 辺りを見渡す。

 何もいない。

 誰もいない。

 親しき者も、嫌いな奴も。

 ほっと一息を吐いた。

 次の瞬間には少女の左腕は切り落とされていた。

 絶叫と共に前を見る。

 そこにあの悪魔がいた。

 切り落とされた箇所から噴き出た血を浴びて悪魔は笑っていた。


 目が覚めて勢いよく体を起こして、辺りを見渡す。


(な……何!?今のは!?)


 そこは逆奈義家が所有する家の寝室。

 自分の体を覆うほど大きな広いベッドの上で彼女は眠りについていた。

 ふと左腕を見る。

 治療中の左腕は魔法道具によって固定されていて、今現在も治療が続いている。


「大丈夫ですか!?お嬢様!」


 部屋のドアを勢いよく開いて彼女の部下である鈴井が駆け寄る。


「……見たの」


「何を……ですか?」


「こわい……夢」


「……そうですか。どこか苦しいところや痛い場所はありませんか?」


「ないわ。貴方は自分の部屋に戻って」


「はい」


 鈴井はお辞儀をすると自分の部屋へと戻っていった。

 逆奈義未来はじっと自分の切り落とされた腕を見つめている。


(どうして私がこんな目に……あの人も何を考えているのか?いくら契約書があるとはいえ、手出しくらいはどうにでもなるはず。私が、次期当主の私がこんな目にあっているというのに。何を考えているのあの人は)


 内に震える怒りは淡々と大きくなっていく。

 夜は暗いままであったが、そこにポタポタとしずくが垂れ落ち始める。






 少年は夢を見ていた。

 薄暗い夜、雨の中で一台の車が崖沿いに作られた車道を走っていた。

 その一台の車には、彼と彼にとってかけがえのない三人が乗っていた。

 少年と楽しく談笑するその三人は、彼にとっては家族のような存在であった。

 そして、彼にとっての帰る場所でもあった。

 次に少年が気づいた時には、その車は燃えていた。

 ぎょっとして辺りを見渡す。

 一人が大量の血を流している。

 死んでいる。

 怖くなって必死に走る。

 そして、後ろを振り返ると、また一人殺されている。

 首はない。

 止まることのない血の濁流。

 そして前を見る。

 こっちだ! という声とともに、一人の男が少年を誘導した。

 そして、指を差した。

 三十頭ほど先の向こうにある、その道を。

 そして男は彼にこう言った。


――大丈夫です。死にませんよ。早くみんなのとこに行ってください


「だめだ……行くな!」


 そこで少年は目が覚めた。

 ふと辺りを見渡す。

 時刻は朝の五時。

 窓から見えた外は分厚い雨雲によって暗くなり、弱くはない雨がシトシトと降り注いでいる。

 『またあの夢か』というぼやきと共に少年の一日が始まる。


「……はあ」


 溜息を吐いた。

 べっとりとした感触が首周りにあった。

 パジャマとして着ていたジャージは吹き出た汗によってべっとりとしている。


「朝風呂行くか」


 着替えを準備して一階の大浴場へと向かう。

 ドアを開くとまだ仄暗い廊下。

 降りた先にある大浴場。

 入浴の準備をし、リンスとシャンプーで体を拭いてから彼は浴槽に体を沈めた。


(決闘。もうすぐだな)


 燦央院百合香との決闘まで、この時すでに数日前と迫っていた。


(読んでない本はなかったと思うが……とにかく鍛錬しかないな。相手は名前からして名家のご令嬢。実力もある方だ。あのチビとは違って一筋縄ではいかないだろうな)


 燦央院との決闘についてあれやこれやと思案する。


「でもやることはたった一つ。勝つだけだ」


 十分に温まった体。

 立ち上がって脱衣所にて着替えを済ませると、さっぱりした自分の姿が鏡に映る。


(進めてはいるんだ……それは間違いないはず)


 その時、昨晩の悪夢を思い返す。

 陸島にとって終わりなく繰り返される悪夢。

 永遠に劣化しないフィルムより繰り出される惨劇の夢。

 喪失の跡。


(いつまで俺はあの日を思い出し続けなければ……いや、わかりきってることじゃないか)


 舌打ちしながらも髪を整えていつものオールバックにする。


「何はともあれ飯だな。腹減った……」


 空腹の感覚と音に支配されたのか、彼はラウンジへと足を運んだ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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