4-1 玉之江島の人々
時折思い出す光景がある。
擦り切れたビデオテープ……といっても今の子たちには伝わらないだろう。
ここで言えるのは、繰り返される光景に苦しむ者がいるという事。
とても鮮明に残る光景。血と肉が彩る大地に立ちすくむ子供。
絶望と恐怖に覆われたその顔が見ていたのは一人の人間。
ぼんやりと浮かぶその顔は男か女かもわからず――
「ぐぅっ!?」
陸島はベッドから勢いよく体を起こす。
「……いつもの事だがどうにかならんか」
時折見る悪夢と汗まみれの体に嫌気がさしながらも、机の上にある時計に視線を向ける。時刻は早朝四時。
「……走るか」
すっと立ち上がったその時だった。
「聞こえるか? 我の声が」
「あ?」
周囲を見渡す。しかし部屋には何もいない。
「ここだ」
声の方を向く。窓際の近くにそれはいた。
黒いもやに覆われた細長い何かの集合体。それが陸島に語り掛けていた。
「誰だ……いや、なんだお前は!?」
視界に映ったそれは陸島の顔を引きつらせる。
「お前を支えるものだ。そしてお前に警告をするものだ。今はそれだけだ」
「何……まさかお前、あの時の?」
陸島の脳裏に浮かんだ光景は流山椿との戦い。
その時、魔法の使い方を指南する声が聞こえてきたのを思い出す。
「そうだ。そしてこれまでにお前を支えてきた。あの日からな」
「なんだと? あの日ってのは……まさか――」
「そうだ。お前にとってかけがえのない三人の死を、お前の深き痛みを二番目に知る者だ」
「二番目? 一番は俺だよな?」
「そうだ」
淡々と話を交わしてくるその存在に陸島は恐怖も衝撃もなく、ただ会話する機械のようにそれと話をしていた。彼自身、そんな気分だった。
「我が選びし者よ。更なる力を求めたくはないか? 復讐のために己を鋳造する気はあるか?」
「あるに決まってるだろ。それが何だと言うんだ?」
陸島の素早い返しにそこにいた人に非ざる者は嬉しそうに笑い声をあげた。
「その返事を待っていた。お前がウォーロックとして覚醒したのはどうやら間違いではなかったらしいな」
「何者だお前?」
「先ほども言ったが、お前を支えるものだ。そしてお前に警告をするものだ」
「警告? いったい何の?」
眉をひそめて目の前にいる人に非ざる者の声に耳を傾ける。
「近い将来、お前はまた戦い最中に放り込まれるだろう。それまでに己の研鑽を決して止めるな。お前の復讐を成したいというのなら」
「……それだけか?」
拍子抜けという表情で陸島はそのもやを見る。
「そうだ。継続せよ。今までもこれからもお前の在り方を。そして力への渇望を止めるな。もしお前がそれを続けるというのなら、精霊たる私の力を授けてやってもいい」
「何? 精霊だと?」
「そうだ。私は――」
ぱちりと目が開く。ゆっくりと体を起こす。
「……あれ?」
ベッドから部屋の周囲を見渡す。そこには誰もいない。
机の上の時計の針は朝の四時を指していた。
「……走るか。今度こそ」
先ほど見た夢はなんだったのか。
陸島自信、気になるところではあるが朝のルーティンを優先することにした。
(あれは……多分一度目じゃないな)
早朝。朝日がまだ海面から半ばの姿を見せている頃、陸島は男子寮近くの山の道をジャージを着て走っていた。急ではない坂道ではあるが上るにはやはり体力が必要である。
(精霊……だったか? 自分からそう名乗っていたが。後で図書館で調べてみるか。干木さんなら何か知ってるかもしれんが)
ペースを崩さず、坂道を上って山の上部を目指す。山と言ってもそこまで大きくはなく、広く緩やかな坂が続いているだけだが三田川の話によれば中腹部には祠があり、山の上にも同じものがあるという。
(今は走ることに集中しよう。祠も気になるが今は後回し)
その後は何事もなく、ランニングを終えた。
「グッモーニンエブリワン!! 今日も玉之江島は快晴だ!! 『ニュース・タマノエ』、朝のニュースコーナー初めてくぜ!!」
「……なんだこいつは」
男子寮のラウンジにて陸島が早朝のトレーニングを終え、朝食の準備をしているとテレビから妙にテンションの高い声が彼の耳に入る。テレビに映っているのはつば付き帽子とサングラス、アロハシャツにジーパンを着こなす高齢の男性の姿。
「ああ、音川さんだね。なんでもこの島限定でやってるテレビ番組の司会やってるって」
テレビをつけた張本人の鼠川がテンションの高い人物について解説をする。
「ああ、ちなみに今年八十一だって。この番組で司会を四十年以上やってるとか」
「……そりゃあ健康なことで」
陸島は自分で作った味噌汁を飲みながらそのテレビ番組を見る。どうやら所謂ニュース番組のようだ。
「さて今日のニュースはこいつから。先週、本土の方で全国の高校で予防接種が行われました」
(いきなり敬語になったぞおい)
最初のハイテンションから一転、淡々とした口調で丁寧にニュースを読み上げていく。政治、芸能、技術……本土側にて起こっている様々な出来事をこの番組では紹介しているようだ。その中で小さな子供たちが元気に潮干狩りを楽しむ様子が映り、陸島はふと疑問が浮かぶ。
「そういやガキどもはこの島で育ってるのか?」
「小さい子供はあまりいないみたい。本土の学校で授業受けてるのがほとんどだって流山さん言ってた」
ニュースをBGMに陸島と鼠川は他愛ない雑談を進める。
「さてお次は島関係のニュース。男性の魔法使い、ウォーロックの登場に伴っていろいろな不安や期待が募っています。しかし男性の魔法使いだから何かが起きるというのは科学的根拠がないのでそうしたデマに振り回されないようにしてくださいねー! ……え? 魔法使いなのに科学的根拠って? ああこりゃ失礼――」
スタジオ内にどっと笑いが起きる。
そりゃあそうだと声が上がる。
「で、そのことに関してだが市長の佐藤さんから皆さんにメッセージが届いてますよ」
しばらくして画面が切り替わり、音川に比べてやや若い……つまるところ、初老の男性が映った。表情は穏やかでスーツを着てデスク前に座っていた。
「皆さんおはようございます。玉之江市の市長、佐藤です。ウォーロックの到来というのはここ数年で珍しい現象ではあります。一族やグループによっては悪い迷信が伝わっているかもしれません。しかしだからと言って彼らを悪く言うのはいけません」
表情をきりっとした目つきに変えて、佐藤は話を続ける。
「ここは玉之江島。魔女の集う島であります。彼らもウォーロックに生まれたくて生まれたわけじゃない。ならば我々のできることとして彼らに寄り添っていこうじゃありませんか。ウォーロックの二人へ。何か困ったことがあればぜひ五番街の市役所に訪れください。深夜でも大丈夫です。何故かって? 私の仕事、徹夜しないと終わらないんですよ。……ああここ笑うところです」
佐藤は苦笑いを浮かべる。スタジオの音川が『つまんね』とぼやいた。
「クラスメイトや同級生、上級生に至っても彼らをあまり邪険に扱わないでくださいね? それではよい高校生活を」
メッセージはそこで途切れた。
「市長さんどうも、ありがとうございました。ジョークに関してはもう少し勉強してくださいねー」
『お前が言うな』とツッコミの嵐がスタジオから溢れた。目糞鼻糞らしい。
「直接言いに来ないのは多忙だからか?」
「だろうね。目元のくまがなんというか目立ってたというか……」




