33-9
「助けに来た?俺を?」
「ええ」
豊野儀は怪物に深く突き刺さった剣を引き抜きながら優しさの籠った笑みを見せる。
その背中には光る翼が真っすぐに、おおらかに伸びていた。
「天使のつもりか?その羽は?」
「かもね。これ、結構便利よ」
羽を広げて動かし、豊野儀は自慢げに語る。
「私のドグマ……今は羽を生やすドグマと言うべきかしら?昔は浮いたりできるのが先だったけど。とにかく修行して力を磨いていく内にこんな風に仰々しいのに仕上がっちゃってね」
「じゃああの精霊はなんだ?」
「あれ?あれはね――」
会話の途中で豊野儀が殺気に気付き、陸島の後方に回ると羽を広げて勢いよく風を吹き起こした。
正面より来る天使二号はその勢いに負けて押し戻されると、勢いよく羽を広げて迫る豊野儀の剣に貫かれ、焼かれ、死んだ。
「それよりこれどうなってるの?」
何食わぬ顔で豊野儀は陸島の元にそのまま戻る。
その一部始終を見ていた陸島は彼女が改めて凄腕なのだと理解する。
「陸島君は何か知らない?あの天使もどき、急に見境なく暴れているみたいだけど?」
「ああ、お山の大将が死んだからだろ」
陸島は近くで転がっている死体に目を向ける。
豊野儀もそれに続いて見ると、しばらくして驚愕の表情を浮かべる。
「……ここの大将、強いって話よ?」
「知らん。ぼけたんだろ」
「……本当は?」
「油断してた。それが全てだ。俺が弱いと思ってたんだろ」
陸島は倒れた八木島の遺体の前で膝を折りながら、やさぐれてそう述べた。
本当の事――魔術道具を無効化できる鉄の魔術については何も言わなかった。
(鉄の魔術にそうした力があることは黙っておこう。コイツを通して魔女機関にでも知られたら面倒だ)
「……ふーん。まあそう言う事にしておきましょう」
陸島の説明に豊野儀は半信半疑だったがやがて納得した。
「あ、そうだ」
陸島は腹部を抑えながら、自分の囚われていた建物に入る。
しばらくして彼は戻って来た。
「何してたの?」
「これだ」
陸島の手に持っていたのはスマートフォン。
ついでに見つけた通信機を耳に装備する。
「それにしても随分と敵の多いことで」
「ああそれね。どうやら魔女機関がここの勢力を見誤ったみたいでね。逆奈義肇って人が急遽近くの魔女に増援を頼んだのよ」
「見誤った?あの男が?」
「ああ、別にその人が悪い訳じゃないわ。連中もここまで裏で増やしていたなんて、逆奈義家の上の魔女機関も予想してなかったみたい」
豊野儀は周囲を見渡しながらスマートフォンの画面を操作する。
「推測だけど、ここのボスの八木島は急にキメラの製造数を増やした。というよりは元からもっと増やせたのでしょうね」
「あ?どういうことだ?全くわからん」
「早い話がここのボス、サボってたのよ。多分、やりたいことがあったんでしょうね。それで本来の量より減らしていた。そしてここ数日の合間に私達の襲来を予見して、本来の生産量で増産して私たちを見誤らせた」
「……要は本来の目的をするために組織の依頼を長引かせていたってことか?」
「そんなところかしらね」
スマートフォンの画面から道路の先に視線を移す。
そのまま陸島にその方角を指さす。
「集合場所はあっち。行きましょ」
「ああわか……っ!」
豊野儀の案内に従おうとした陸島だったが、直後に膝を折って地面に伏せる。
「あら?」
豊野儀が見てみれば、陸島の腹部から血が流れていた。
「ああ怪我してたのね。これは失礼」
「どうぞお構いなく。場所はあっちだろ?」
豊野儀の横を流れる血の痛みに耐えながら陸島は進む。
魔術による治療を施しながらだったのか、足元はどこかおぼつかなかった。
「そういうことなら――」
豊野儀は周囲を見渡し、敵影がないのを確認すると翼を大きく広げる。
同時に彼女の背後に猛々しい存在が炎を纏って姿を見せる。
「こいつは……」
膝を折って見上げた先に炎の精霊が見えた。
陸島はその精霊の伸ばす両手に泉の水を救うように優しく掬われ、持ち上げられる。
「送ってあげる。そのなりじゃ大変でしょ」
「余計な……お世話だ……」
「……急ぐわね」
容体が悪化し始めた陸島を見て、豊野儀は翼を広げて飛び上がる。
同時に彼女の使役する炎の精霊も彼女に続いて宙を舞う。
(……なんで、まだ弱いんだ。俺は)
炎の精霊の両手の中、薄れゆく意識の中で陸島は打ちひしがれていた。
未だに届かぬ領域を知らされた時、更なる驚異の存在を知った日。
焦る陸島の意識とは裏腹に体は停止を求めていた。
「……あ、起きた?」
次に陸島が瞼を開いた時に最初に見たのは、相原紫苑の顔。
耳には回転する何かの音が届き、天井は見知らぬ風景が広がっている。
「ここ……どこだ?」
「ええっと、ヘリコプターの中で……任務は終わったわ」
「……ヘリコプターだと?」
ゆっくりと体を起こす。
腹部に感じていた痛みと熱さは既になくなっていた。
「あの女はどうした?」
陸島が豊野儀について聞こうとする。
「……むー」
相原は怒って頬を膨らませる。
「ああ……うん。聞かないでおいてやる」
「全く、うわさに聞いた通りだな」
前方の席から聞いたことのない声がしてその方を急いで向く。
そこにはスーツに風車のデザインをしたネクタイピンを付けた一人の女性が座っていた。
「誰だ?」
「私?エメラルド・ナイフのリーダー、根岸。よろしくね」
「エメラルド・ナイフ?」
「そう。風の魔術が使える人たちが集うクラン。だからこういうのを持っているのよ!」
陸島は窓の外を見る。
彼がこの時乗っていたのはティルトローター式のプロペラを搭載したヘリコプター。
「ふふん。凄いでしょ。数少ないヘリ持ちのクランってのは」
「ふむ。そうですね。奇襲とかに使えそうですね」
根岸の自慢に同意しながら、陸島は外を見る。
夜の中、どことも知らぬ街を遥か高くから見下ろすというのは中々にない機会だった。
「他の連中は?」
相原の方を向いて陸島は問う。
不満げだったが彼女は説明をする。
「車とかで帰ってる。陸島君は怪我がちょっと酷かったから、ヘリに乗せようって根岸さんから提案があったの。広いし」
「別に車でもよかったが?」
「救助者を移動させるのに車が必要だったの。車もできれば多くの人を運ぶのに使いたいって。陸島君と私がヘリに乗って移動することになったの」
「救助者……」
その言葉で陸島の脳裏に浮かんだのは、廃動物園で最初に出会った二人の子供。
母親を助けてほしいと言っていた子供たちの言葉が脳裏に浮かぶと陸島は顔をしかめた。彼らの母親だったモノを陸島は手にかけていた事を思い出していた。
(……ああするしか、なかったよな)
思い出したくないことを思い出しながら、陸島を乗せたヘリは夜の闇を裂いて進んでいく。
深い闇の中で浮かぶ星々の海が見える中で、やがて陸島は眠りについた。
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