33-7
「ど……どうして縄が」
「ああ、緩かったもんでな。適当にやってたら解けたよ」
自由になった両手を見せつけて陸島は笑う。
「お……おのれ、ウォーロックめ。儂の夢を、よくも――」
勢いよく起き上がって飛び上がり、老婆はその手に魔力を込めて土塊を射出する。
「黙れ」
陸島はそれをひらりと交わし、伸びた爪で魔女の首を切り落とした。
「ぐあ……!?」
ボトリと首が落ちて、体も倒れた。
さらに色濃い赤色が部屋の床を覆う。
「ボス!!なんですか今の音は!?」
扉の向こうでは老婆の部下がうろたえていた。
ドアには鍵が掛かっており、入ろうにも入れない。
(ドアからでは面倒だな。となると――)
陸島は窓の外を見る。
外の方には組織の兵や部下が見えなかった。
「こっちか」
窓を開き、下を見て飛び降りようとする。
そして彼の体は宙に浮いた。
「え?」
否、突き飛ばされていた。
部屋の方を見ると、首のない魔女の体が立ち上がって動いていたのだ。
(ばかな……!?)
だがそれよりも陸島は魔女の謎よりも落ちる体に意識を集中する。
魔術で蔦を伸ばし、体をそれにキャッチさせる。
「お……のれ……ウォーロック、め」
老婆の体はそのまま窓から地面に落ち、魔力で足元に無数の蔦を生やして着地した。
首はその周囲に浮いていた。
「へえ。デュラハンって女って説があったがその通りだったとはな」
「フ。フフ……。そうじゃのう」
老婆はスーツのポケットから何かを取り出す。
四角い形で卵ほどの大きさのプラスチックの物体を。
「後悔するぞ。ウォーロック。お前は……もっとも楽な道を捨てたのだからな!!そして今日!!貴様はここで死ぬのだからな!!」
叫ぶ老婆はその物体を握り潰す。
老婆はそのまま倒れ、そして周囲に何かがあふれ出す感覚が満ちた。
「なんだ?今の感覚……?」
陸島は汗を流して周囲を見渡す。
暗い夜道を照らす街灯の先、その頭上。
「あれは……!」
頭上より舞い降りるのは先ほどと同じ陶器のような色合いをした白色の怪物。
特徴は頭上に光る白い輪を持ち、背中から大きな羽を生やした人の形をしていた。先ほどの天使もどきと違う点を挙げるとすればもう一つあり、それは大きさ。陸島が最初に見た天使もどきは人間の大きさを優に超えていたが、この場に姿を見せたのは陸島程の大きさだった。体つきは胸に膨らみ、細い腰つきがあり、女性らしさがあった。
(なんだ……?老婆の切り札か?)
「おい、どうした……ってお前は!」
直後、その場に見知らぬスーツの男が駆け寄る。
自前の刀を持っていたその男の声を聞いて陸島はそれが先ほどドアの向こうにいた男性だと理解する。
「なんでここに……ってボス!?」
近くに首を断たれたボスの遺体を見て男は驚愕する。
「それよりアレはなんだ?」
「え?げ!?」
二人の視線の先にはその怪物がいた。
「て、天使二号!?なんで解放されてるんだ!?」
「二号?どういうことだ?」
「あ、あれはボスが作った奴だ!でかい一号を小型化したもんだ。威力もスペックも一号のそれを上回ってる!」
天使二号と呼ばれた怪物はこちらに向かって歩き出していた。
背中の羽が歩みと共に揺らぐ。
「成程。ばあさんお手製の怪物か」
「だけど、あれはまだ合成してからまだ――」
男が説明をしていたその時、光線が彼を襲った。
白い光線によって彼の頭部は貫かれ、体は地面に崩れ落ちる。
「……なるほど。確かに強いな」
倒れた男から刀を奪い、陸島は天使の正面を向く。
天使は口元を歪ませてにやついていた。
「いいぜ。来な」
天使は陸島の意図を理解したのか、口を開いて光線を放つ。
陸島はそれを避け、勢いよく近づく。
「そおらっ!!」
刀による一閃が天使二号の腹を裂く。
そのはずだった。
「ぐが?」
「な……!?」
刀の刃が不思議に思う天使の腹を裂くことはなかった。
刃は腹部にて止まり、腹の肉が刃を押しとどめていた。
(硬い……!?それともこっちがなまくらだからか!?いやそれよりー-)
「あは」
天使は陸島の首を掴むと、そのまま持ち上げて振りまわす。
そのまま無邪気に投げ飛ばすその様はまるで子供がおもちゃを振りまわすようであった。
「ぐは!」
地面にぶつかって転がる陸島。
天使は彼の近くにすぐに迫って彼を踏みつける。
「あは。あはは!」
「ぐふ……」
乱暴に無邪気に笑う天使二号。
陸島は更なる踏み付けの中で反撃の姿勢をどうにかとる。
「なんども……踏んでんじゃねえ!」
鋭く尖った大地の槍で天使の足を貫く。
天使は絶叫を上げた。
「うがああああっ!!」
背中の羽を広げ、天使二号は空を飛び上がる。
足からは赤い血を吹き出て、辺りを汚していた。
「くそ……面倒なやつだ。飛べるってのは」
陸島が立ち上がり、天使を見る。
天使の怪我した箇所はしばらくして煙を噴出しながら、治っていた。
「あ、ああ」
「治るのかよ。とことん面倒だ」
「こども、かえして」
「え?」
天使が言葉を発した。
その言葉に陸島は耳を疑った。
(子供……だと!?)
「きょうはふたりのすきな、ゆうえんちにいくよ」
直後、恨めしそうな目で陸島を見ていた天使は彼の元に勢いよく落下した。
直撃こそしなかったものの、衝撃波によって陸島は後方に吹き飛ぶ。
「うわっ!!」
先ほどまで自分が捕まっていた建物の壁に体が激突した。
全身に走る痛みに耐えきれず、陸島は崩れ落ちる。
「おかあさんがいるからね。きょうはかれーだよ」
一方、歩き出した天使はぶつくさ言いながら陸島の元に静かにゆっくりと距離を詰める。
陸島は痛みに負けず、立ち上がろうとする。
(くそ、どうなってんだこいつは!?人間で作ったってのか!?)
離れた場所で事切れた老婆の遺体を陸島は恨めしそうに見る。
その口からはもう二度と真意が聞けることはなかった。
「こどもはどこ?私の子供は!?」
天使の話す言葉が流暢になり始める。
歩く速度も速くなって陸島を白い陶器の体の中で不気味に目立つ瞳で見始める。
「返して!返して!」
「ぐっ……」
天使は陸島の首をまた掴み、持ち上げる。
自分の体が宙に浮き、陸島は息苦しさを覚える。
「返して返して返して返して返して返して返して返して」
「うるせえ」
その言葉と同時に陸島は鉄の魔術を発動した。
天使の脳天を陸島の手より伸びる鋼鉄のネイルが貫いた。
「あ、あ、コドモ、コドモ。コドモモモモモモモーー」
倒れた天使は言葉を発していたが、脳を攻撃されたせいかその発声が歪み、ついに何も言わなくなった。
「……なんて奴らだ」
ふらついた体で陸島は天使から離れる。
「頭部が弱いというのがせめてもの救いだったが……」
痛みを体が引っ張っている、その時だった。
「イラッシャイマセー!」
「え?」
振り向いた瞬間、一発の細い光線が陸島の腹に命中した。
溢れる熱と痛みに陸島は倒れる。
「があっ……!?」
溢れ出す血に焦りと恐怖を覚える。
襲ってきた天使など気にも留めなかった。
――まずい。ここから離れないと
そう思ったのもつかの間、陸島の左側に新たなる天使二号が距離を詰めていた。
「オカイケイはオカイケイになります!」
振り下ろされる右手による攻撃を避け、陸島はどうにか立ちあがる。
その内面で必死に大地の魔術を使って傷口を塞ごうとする。
(急げ……急げ……!)
天使を視界から外さず、陸島は気を張り詰める。
天使はゆらりと陸島の方を見る。
「オツカレサマデシタ。今日はいい天気ですね」
「……こんな失敗作に殺されるってのも笏だな」
十手を右手に、左手で傷を抑えながら陸島は戦う意志を見せる。
痛みに耐える苦悶の顔で。
「いいぜ。ハンデだ。言葉がおぼつかないお前の為のな!」




