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「忘れてたというには、ずいぶん好待遇な縄を使いますねえ」
陸島は自信を縛っているロープを見る。
色合いは藁と同じだが、何か白く細い線が走っていったのが見えた。
「それか?それは魔女を抑える縄じゃ。名前は魔封縄。まんまじゃな。縛ることで魔女の魔力を抑える。危険な魔女とか……玉枝の島の収監所とかで使われてるけど知らんのかえ?」
「へえ。勉強になりますよ」
態度を崩すことなく時間は過ぎていく。
(さて……目の前のこいつをどうやって倒すか。のんきにコーヒーを飲んでるってことは好機か)
「ああ、そうだ。二つ目じゃな」
「なんですか今度は。協力する気はないですよ?」
「……仮面の魔術師について何か知らぬか?」
「はい?」
思わぬ問いに陸島は耳を疑った。
「それは貴方達が詳しいんじゃないんですか?」
「全く知らぬぞ」
「……どういう意味です?」
「どういう意味も何も、わしはこの組織に身を置いて半世紀以上はいるぞ。だがの、仮面の魔術師なんて耳にしたことがない。つけている仮面の模様は、確か幾何学模様だったかの?」
「……どこで知った?」
「お前さん。陸島じゃろ?もう五年以上も前になるが、組織がある者を迎え入れていた。和泉島麗華じゃよ」
「和泉島……?」
陸島はその名前には心当たりがあった。
和泉島麗華。牙谷に呪いをかけ、相原の家族が引き裂かれる要因になった魔女の名前だ。
「ふむ。お前さん、その名を知っているようじゃな」
「名前と最悪の裏切者って事くらいはな」
「それだけで十分じゃよ。組織はあの者を迎えてから活動に力が入っておったわ。話したこともある。五年前にな。それでその時にその魔女が口にしていたのじゃよ」
「何……本当か?」
「ふん。わしが何年この組織にいたと思っておる」
「自慢げに言うなクソ山の御大将が」
「……かっかっか!!」
若さ任せの暴言に老婆の魔女は独特の笑い声を上げた。
「気に入ったよ。お前さん。やはり組織に――」
「誰が入るか!!」
今度は気迫の混じった怒声に魔女は思わず固まる。
「おおすまぬ。冗談じゃ。だがお前とて、仮面の魔術師が気に食わないというのは事実じゃろ?」
「……奴の居場所、知ってるのか?」
「いいや知らぬよ。その仮面の魔術師はな、長く組織に仕えてそれなりの地位にいるワシにも何にもわからんのじゃ」
「それなりの地位って事は、ドレッサー・ドレッドかあんた?」
「いいや。あんな狂った連中と一緒にするでない」
魔女は顔を伏せる。
「最初にその存在を知ったのが四年ほど前じゃ。和泉島麗華に会った時にその存在を知ってな、儂は気になってそれが何者かを知ろうとした。ところが仮面の魔術師について調べてみたところ、過去も経歴もなんにも掴めんかった。新参者のくせに正体を明かさず、掴めず、それでいて組織において中々の地位におる」
「……何が言いたい」
「仮面の魔術師が気に食わないといっておるのじゃよ。どうじゃ?取引せぬか?」
「あ?取引だと?」
老婆はそのしわを深くして不敵に笑った。
陸島は眉間にしわを寄せた。
「組織の情報が知りたいのじゃろ?お前さんに情報をくれてやってもいい」
「……何の情報だ?」
「これから戦うであろう組織の連中の情報じゃよ」
疑り深い陸島の目の先で、魔女はスーツのポケットから何かを取り出した。
薄く小さい一枚の紙きれのような物体――SDカードを陸島に見せつける。
「お前さんにとっても悪い話じゃないじゃろ?仮面の魔術師の情報ではないが、戦う相手が何者なのかを知るというのは良いアドバンテージになるぞ?」
「何が狙いだ?金か?俺の力か?」
「とんでもない。わしが欲しいのは地位じゃよ」
「地位?ドレッサー・ドレッドのか?」
「じゃからそいつらと一緒にしないでおくれ。あいつらは組織の中でも抜きんでておるが、あまり相手にしたくない。儂はドレッサー・ドレッドほどの力もない。だが地位があればもうちょい自由に生きれる」
「まだ生きるつもりか?」
陸島はしわまみれの老婆の顔を怪訝そうな表情で見た。
老婆は陸島にしわをより深くして、満面の笑みを浮かべた。
「当然じゃ。生きておれば、やりたいことがポンポン増える。新たなる生命の想像、見たことのない魔術。そして不老不死への挑戦とな」
「その年まで生きて駄目だったならやめておけよ」
「儂は諦める気はないぞ。というよりもな、おるんじゃよ。不老不死の人間はな」
「あ?」
陸島は耳を疑った。
不老不死。物語の中でしか存在しえない者がこの世界にいるという事に。
「本当じゃよ。しかもその者は組織におる。どんな方法かは知らぬが、どうやらかなりの地位を築いておってな。ドレッサー・ドレッド、あるいは大幹部のどちらか。それでいて強いと聞く」
「……眉唾じゃないよな?」
「言い方がどこか古臭いのお主」
「ババアに言われたくはねえ」
「それもそうじゃな」
老婆がうんうんと頷く。
(不老不死……ねえ。眉唾と言ったが、超常渦巻く魔女の世界だ。ありえないってことはないだろうな)
「で、話を戻すがこの取引……お主はどうする?」
「……その取引、俺に何を求めているんだ?」
「おおそうじゃった。お前さんは儂に協力してくれればいい。仮面の魔術師の撃破、それが終わったら組織壊滅の為に動いてほしい」
陸島はその言葉に首を捻った。
「ちょっと待て。意味が分からない。ばあさん、アンタぼけてんじゃないのか?」
「かっかっか。ボケてはおらぬよ」
老婆は飲み切ったコーヒーカップをそっと机の上に置く。
「儂の目的はやりたいことをやり続ける。新たなる生命の創造。不老不死の研究。そしてこれからの世界を見る事。それが出来ればよいのじゃ。組織におるのは単に便利と言う理由じゃ。魔女機関だと、とにかくうるさくての。人間を使うなだの、危険だのと。心を知りたいのなら心を砕いてその中身を、体を知りたいのなら体を引き裂いてその赤黒いうちを見る。それと変わらんというのに――」
老いた魔女は嬉々として詭弁を続ける。
――まだママが中にいるの!
先ほど出会った幼い子供の助けを求める叫びが脳裏に響く。
(さて……道は決まっているがどうするか?まずはこの縄についてだが――)
その時、ドアを叩く音が部屋に響いた。
そしてドアの向こうから声が響く。
「ボス!敵の方ですが援軍が到着しました!!しかもミルメコレオもほとんどやられました!!」
「なんだって?天使一号はどうした!?」
「全滅です!報告によればその内の二体はウォーロックによる一撃で仕留められたとの事です!!」
「はい!?そんなに強いのかい!?」
部下の報告に魔女が口をあんぐりと開けていると、彼女の持っていたスマートフォンが音を鳴らした。
「なんだい今度は……」
「敵勢力はこっちを目指しています!!ボス、とにかく今は撤退を――」
「あーちょっと黙っておれ!!こうなったら……」
スマートフォンからの情報を知りたくて、魔女の怒鳴り声が部屋に響く。
(こちらの注意が逸れている。今ならいけるか?)
老婆の注意が逸れているタイミングで陸島は行動に出た。
かつて検査入院していた時、鉄の精霊が言っていた事を思い出す。
――覚えておけ。お前はこれからもあのような魔術道具で拘束される可能性がある。他の属性魔術だけでなくドグマをも使えなくなるだろう。ああ、ドグマに関しては今は放っておいていい。さて、もしそうなった場合だが鉄の魔術を使え。鉄の魔術は余程のものでなければ、魔術道具による遮断が効かぬ。何分、人の闇で呪われているのでな
「んな!?」
その時、陸島から視線を外していた老婆はスマートフォンが持ってきた情報に驚愕し、画面を見ていた。
「ばかな……奴がここに!?いや、だが……」
頭を抱え、老婆は陸島の方を見る。
パイプ椅子の上で両手両足を拘束されていた少年を。
(ウォーロックがいるとなればこれは必然か?しかし……)
「婆さん」
「なんじゃ一体。今少し考えておるのじゃ!って――」
老婆は画面から陸島の方に視線を切り替えた。
直後、老婆の心臓は鋭い爪で貫かれる。
「ぐえ……!?」
鉄の魔術で生成された鋼鉄のネイルが陸島の右手から伸びていた。
そのまま彼の爪が勢いよく引き抜かれ、心臓から血があふれ出して老婆は床に倒れた。
「悪いな。ゴミどもと取引する気はないんだよ」




