33-5
「まあいいわ。どうせ――」
泥の弾丸が魔女の頬を掠める。
「次は当てます」
「どれに?」
芽川は不意に空を見上げた。
二体の天使もどきが口を開けて、先ほどと同じ光弾を放とうとしていた。
「そんな……!」
「これで終わり――」
魔女がその場をバックステップで離れた直後だった。
「魔力接続、システム起動、アーリーモードセレクト――」
魔女の視界の奥に無数の青白い光が伸び、火花散る音が轟く。
その中心にいるのは二丁の銃器を構える鴉田。
「エネルギー装填、ラインセット、リコイル調整をフリーに設定、目標、怪物二対!!」
二つの引き金が同時に引かれ、二つの蒼白い光が空の天使もどき達の顎に直撃した。
「悪いな。そういうのはもういいんだよ」
両手の拳銃から冷却用の煙が噴き出し、鴉田の足元を包むように流れる。
「……あ、ああ」
芽川達が振り向いた先には、両手の自作銃を構えた鴉田が次に魔女へと狙いを付けていた。
先ほどの攻撃は鴉田の二丁のネール・レールガンが放った雷撃の銃弾。命中後、力の制御を失った天使もどきの光弾はその口で爆発し、頭のふき取んだ体は地上に落下。衝撃の爪痕を動物展示コーナーの地面に残し、二度と動くことはなかった。
「馬鹿な……そんな魔術道具をいつの間に?!」
汗を流す魔女は周囲を見渡す。
しかし新たなる味方の到来がないことをついに悟った。
「さあ、降参しろ。そんで陸島をどこにやった?」
「……それはどこでしょうね?」
鴉田に突き付けられた自身が驚愕した二丁の拳銃の前で、魔女は荒れ始めた息を必死に整える。
芽川達の前で魔女は杖を構える。
「ただで教えるとでも?」
杖に魔力を込めて、魔女は芽川達の前に毅然と立つ。
「降参する気はないんですか?」
相原の言葉があまりにも意外だったのか、魔女はしばらく固まって大いに笑った。
「貴方、この世界に入って新しいでしょ?それって要は機関に殺されろってことよね!?」
「え?いや――」
「舐められたものね」
魔女は杖から光を放ち、魔術を展開しようとした。
だがそれは出来なかった。泥の弾丸が魔女の眉間を貫いたから。
「ええ、そうよね」
仰向けに倒れ、魔女の杖はその光を一度強くして、二度と灯ることはなかった。
魔女を射抜いた芽川はそのまま彼女に近づき、広がる血の海の前で悲しそうな顔を浮かべる。相原はその光景に固まる。
「恐らく普通に聞いても無駄でしょうね」
「え……ええっと」
「大丈夫。陸島君はウォーロック。そう簡単には殺されませんよ」
「……そうですね」
芽川の意見に相原がたどたどしく納得した後、相原は周囲の何かに気付いて見渡した。
「え、何……!?」
「ん?」
流山が親友の焦りに気付くと、街灯で照らされた道の奥よりそれは来た。
奇怪なる魔獣の群れが。
「な……なんですかあれ!?」
流山はぎょっとした。
湧いて出てきた四肢の魔獣の群れは一種類のみで構成されていたのだが、その体つきが目を引いた。
全体的な色合いは二色で構成されており、頭部と前足と前の胴体部分は麦色の獅子。後ろ脚と後ろの胴体部分は新緑の蟻の体で出来上がっていた。
「うげ……あれって……ミルメコレオ?」
芽川がその見た目を見て顔をゆがませて気づく。
ミルメコレオの群れは己らが持つ牙を見せて、芽川達を威嚇していた。
「み、ミルメコレオ?あいつらの名ですか?」
流山がフロウに視線を送って前に出させる。
「ええ、要は怪物よ。組織はあんなのも作ってるのね……みんな構えて――」
周囲に戦闘態勢を告げた時、芽川の通信機が音を鳴らす。
「はい、こちら芽川」
「吉川です」
「吉川さんですか。どうぞ――」
通信機の向こうの吉川と芽川が会話を始める。
芽川はこれまでの状況を説明する。
「ええ、そうです。陸島君は恐らく園内奥の職員用の建物に……え!?」
吉川の説明が耳に入った時、芽川は大きな声を上げた。
その声に相原達は顔を上げた。
「援軍って……ええまあ確かに陸島君が先行して……ええ。じゃなくてそれ本当なんですか!?あの人が来るって!!」
「……どーしたんですかね」
流山は首を捻って相原を見る。
「わからない。でも何か……凄い人が来るとか?」
相原は芽川の表情を見てそう感じ取った。
出会って間もない人であるが、その顔からしておそらく相当の手練れが来ると察していた。
(でも何だろう……嫌な予感がする。陸島君、大丈夫かな?)
「……ん?」
陸島が目を覚ますと、そこは見知らぬ建物の部屋の中心。
周囲を見渡すと、窓が見えたので目を凝らして外の風景を見る。高さからしてその部屋が二階にあり、外から来てるであろう微かな獣の匂いでそこがまだ閉鎖された動物園であるとわかった。そして自分がきしむ音のするパイプ椅子の上に座っていたと気づく。両手両足は薄く光る細いロープで拘束されていた。
(こいつは……普通の拘束具じゃないな?)
ロープの感触と違和感を調べているとドアの開く音がして、中に一人の女性が入り込む。
白色を基調とした、しわのないスーツを着こなしていた顔にしわの多い女性が姿を見せた。
「おや?ちょうどよくお目覚めかねえ」
「あんたがここの化け物ランドの親玉か?ばあさん」
「親玉って……まあ近いか。あの怪物たち、凄いじゃろ?わしらはああいうのを作って、組織の仲間に送っておる。最も代金は頂くがの……かっかっか」
老婆の不気味な笑みが部屋に響く。
老婆は部屋の鍵をかけ、陸島をじっと見る。
「ああ悪い。くそみてえな動物園なら、ボス猿のほうがよっぽどいいか」
「ふふふ。口だけは達者じゃのう」
陸島の前で白スーツの魔女は挑発に乗らず、ただ柔和な笑みで陸島を見おろしていた。
(こいつ……さっきの奴もそうだが、挑発に乗らないのを見ると、ここの連中は手練れのようだな)
「聞きたいことがあるんじゃが、よいか?」
「あ?」
魔女は近くの畳まれていたパイプ椅子を広げ、陸島の前に座る。
そしてスマートフォンを操作した後、陸島をじっと見始める。
「二つほど、聞きたいことがあるのじゃ」
「黙秘権を行使します」
「……それは警察とかでないとだめだぞ?ここは魔女の世界だぞ」
「わからないと連呼してやる」
「おお、口が堅いのお主。まあよい。一つ目よ」
魔女は一本指を立てる。
「鉄の魔術……どうしてお前さんは使えるのか?年老いた儂にも全く使えんというのに」
「あ?組織の連中は誰も使えないのか?ぺーぺーの新人であるこの俺にですら使えるのにか?」
「そりゃあ試してるおるわ。若い連中で。でもほとんどが気狂いを起こして……一部は死におった」
「ご愁傷様ですね。その若い連中」
伸びた白髪に指を這わせながら老婆の魔女は問う。
「うむ。それで聞きたいのじゃ。鉄の魔術をどうやったら行使できるのか?ウォーロックでなくても、魔女である私達でも何か条件があれば使えるようになるんじゃないかって……。もっぱら話題なのじゃよ」
「四属性だのドグマに頼ればいいじゃないですか」
「そうじゃけど……鉄の魔術はポテンシャルを秘めてるみたいでな。ウチとしても情報が欲しいのじゃ」
「ポテンシャル?」
ポテンシャルというのは潜在力を指す言葉。
要するに組織は今後の魔女機関との戦いで鉄の魔術を使えるようになる事で戦いにおいて大きなアドバンテージを取ろうとしているのだ。
「鉄の魔術。現代に適した魔術だというのならなおの事。それにの、普通の魔女でも使えるようになったってだけでも相当なアドバンテージ、揺さぶりにだってなりおる。お前さん、廃病院にいたうちの魔女を単独で葬ったんでしょ?鉄の魔術で」
「へえ。もう知れ渡ってるのか」
「そりゃあ勿論。ウォーロックってのもあるかもしれないけど」
魔女は近くの机に置かれていたコーヒーカップにお湯とコーヒーの粉を注ぐ。
香り立つコーヒーの匂いが辺りを覆う。
「……飲みたいかの?」
「これを外してくれたら、飲みたいですね」
陸島は背中の方に縛られた両腕を見せつけるように腕を振るう。
魔女は困った顔を浮かべる。
「むう、申し訳ない。忘れておったわ」
申し訳ないと言いつつ、魔女は笑っていた。
目の前の老婆に陸島はピアノ線のように気を張っていた。




