32-5
「あれは……!」
芽川は目を見開く。
「な、何だねアレは!?」
離れてみていた蛇島もぎょっとして空を見上げた。
見たことのない攻撃形式に眼鏡がずり落ちた。
(陸島のヤツ、まさかここまで……)
汗を流す燦央院。
宙の魔力はただ、増大する。
「値が張ったなんて言わねえ。全力でぶちのめす!」
陸島の放とうとしていた一撃。
それは宙に描かれた魔法陣より射出される、一本の巨大槍。
大きさは陸島を優に超えており、その巨大な槍は軋む音を立てて狙いを定めていた。
「しまった!」
――これじゃあ意味がない!泥を解除して回避を!
(回避って……どこに?)
射出される槍の威力は戦いの経験が少ない芽川でも理解できた。
落ちた衝撃で、どこにも逃げ場などないことに。
「じゃあな」
必殺の豪槍は勢いをつけて落ちる。
「まずい!全員、防御態勢!」
いの一番に外崎が大声を上げる。
「ぼ、防御って何を――」
「離れて伏せて!!」
困惑する鴉田は外崎に続いて走り、倒れて伏せる。
見ていた者の殆どが同じように伏せた。
「うわあーっ!!」
修練場に激しい衝撃と轟音が響く。
たまらず鼠川は悲鳴を上げた。
「……あ!シオンちゃん!!」
倒れて伏せた一同の中で、ただ一人立っていた者がいた。
相原紫苑。彼女は杖をてに学生たちの前で大地の壁を隆起させて放たれた衝撃から皆を守っていた。
「み、皆大丈夫?」
「うん!大丈夫ですこっちは!!」
流山は直ぐに起き上がり、親友の元へ駆け寄る。
相原はほっと息を吐くとその場にへたり込んだ。
「ちょ、本当に大丈夫ですか!?」
「へいき。咄嗟、だったから……」
流山は相原の肩にそっと手を触れる。
そして衝撃の起きた方を見るとそこには相原が隆起させた壁がちょうどゆっくりと崩壊し始めていた。
「あのインケン、なんてめちゃくちゃな攻撃を……!?」
愚痴をこぼす流山は途端に固まった。
土煙舞い上がる修練場は酷いありさまだった。巨大槍の落ちた場所に月にあるクレーターのような跡が出来ており、その周囲には複数の亀裂が走っていた。クレーターの中心には陸島の放った一本の巨大槍が堂々と突き刺さっており、それはしばらくして形がぼやけ、消えた。
「うそ……?芽川さんは?」
流山は青ざめた顔で周囲を見渡す。
しかし、彼女の姿はどこにもない。
「消し飛んだか?」
陸島がぼやきつつ周囲を見る。
煙は晴れ、視界はだんだんと見え始めた。
「……ん?」
芽川の姿を捉えようとしていた陸島はその姿を捉えることができなかった。
心臓の音がドクンとなる。
(待て、本当に消し飛んだか?それならいいが……。だがこうもあっけないものか?)
相手は仮にも魔女機関の使者。
倒れて動かなくなった姿を見たなら話は別。
(まさか――)
背後より陸島の腰を両腕で掴んで芽川は姿を見せた。
陸島の予感は的中していた。
「何!?」
「お、思ったより……凄いですが……」
陸島の一撃の瞬間、芽川は自身の姿を泥の魔術によって地面に潜らせていた。
しかし回避は完全には間に合わず、衝撃が大地を伝って彼女を襲った。
「私は……弱くなんかないんです!!」
全身の力を振り絞り、そのまま陸島を思いっきり後方に振り下ろした。
地面に向けて陸島の頭が激突する。
「ぐあ……!」
「あ、あれは間違いねえ!バックドロップだ!!」
――バックドロップ!?
鴉田の声に、魔女とは思えぬ一撃に一同は驚愕の表情を浮かべた。
芽川はそのまま陸島を離す。彼はゆるりと地面に体をくっつけた。
「やった……やりましたよ!!」
流山はそこで確信を得た。
ふらふらとした足取りであったが、芽川はよしと思えた。だが――
「え?」
芽川の全身を悪寒が走る。
気づけば陸島がそこに立っていた。
「な……!?」
芽川は思わず後ろに下がる。
と、思いきやしりもちをついてしまった。
(あ、動けない。もう体が……魔力が……!)
彼女の正面にいた陸島は息を切らしながらも刀を引き抜き、揺れる意識の中で構えを取る。
正面にいた芽川は必死に後ずさる。
「まずいですわね……!」
咄嗟に杖を構えた燦央院が舞台に入ろうとする。
「だめですお嬢様。ここで入ってしまえば――」
「だけど!」
「いいから。大丈夫です。彼女は死にません」
「え?」
吉川の言葉に押され、燦央院が二人の方を見る。
陸島は今にも刀を振り下ろしそうであった。
(こ、こういうときって確か……えっと――)
――いい?もしも万事休すと思ったら……そうね。万事休すだから駄目かもね
(そうじゃなくてえっと――)
――ヤケになってごらんなさい。そういうことよ
(それだ!)
後ずさっても無駄。
ならば彼女のとった行動は――
「えーい!!」
なんと、正面に向かって飛び出したのだ。
獲物をしとめられる。そう思っていた陸島にとってそれは予想外の動き。
「な……!?」
そして二人は額をぶつけ合った。
「うそぉ!?」
ぶつかった二人はそのまま反動で両サイドに倒れこむ。
流山もその動きは流石に予想外だったらしく大声を上げた。そのまましばらく二人は動かなかった。
「あの……これって……?」
鼠川は審判役だった龍弦の方を見る。
龍弦の目くばせで動いた木下がそっと両者をそれぞれ見やる。
「ああ、これは……引き分けですね。両者ともに気絶しています」
「気絶!?ってことは……」
鼠川は、一同はそれぞれ顔を見合わせる。
そして龍弦が結論を、今回の決闘の結果を言い渡した。
「今回の決闘は……両者戦闘不能により、引き分けとする!!」
「引き分けってことは……どうなるの?」
鼠川の問いに木下が答える。
「早い話が何もないという事です。戦いの際、陸島さんが勝った場合は芽川さんが出ていくという事でしたが……」
「でも、芽川さんが勝っておりませんわ。そこはどうするのですの?」
燦央院の意見はもっともだった。
これに対し、龍弦が答える。
「そうじゃな……またどこかで戦ってもらうのが良いじゃろうな。例えば……二週間後とか」
「二週間後と言いますと、陸島というかわたくしたち皆研修を終えているかもしれませんが……あ!」
「そういうことじゃ」
龍弦の企みに燦央院は納得した。
かくて、魔女決闘は引き分けという結末に終わり、芽川は晴れて(?)橘樹邸で仕事ができるようになったである。
「……ん?」
橘樹邸の医務室で体を起こしたのは陸島。
自分がベッドに寝ていると理解すると即座に周囲を見渡す。
「決闘は!?あの女はどこだ!?」
「あ、起きましたか」
医務室の管理人である黒田が姿を見せた。
外を見ると時刻は既に夕方を過ぎ、夜空が見えていた。
「決闘の方ですが親父さんから伝言を預かってます」
「親父から?なんだ一体?」
「それがですね――」
黒田は説明を始める。
今回の決闘に関しては両者が倒れたため、引き分けであること。その為、芽川の処遇は次回の決闘まで保留とするということ。
芽川の今後についてだが、二週間近く学生一行への合流を認めるものとする。以上であった。
「ああ……要するに向こうの意見が通ったって事だろ?」
「まあ、そうですが……」
「くそ!」
ベッド布団に拳を勢いよく深く沈める。
勝てなかった自分に、向こうの言い分が通ったという結末に彼は怒り狂っていた。
「鉄明さん。こればかりは仕方ありません。相手はやはり魔女機関の――」
「わかってんだよそんなことは!!」
叫び声を陸島は上げる。
わなわなと震える体にはまだ怒りが蓄積していた。
「勝たなきゃいけなかったんだよ俺は……!この先、負けることはあっちゃいけねえんだよ!!」
「……そうですよね」
戦いにおいて、敗北は死。
陸島はそう捕えていた。
「何はともあれ今日いっぱいはお休みください。明後日ですが、任務があるようです」
「任務?」
「ええ。とにかく今は体を休めてくださいな。魔女機関の人間も気になるでしょうが、今は明後日の任務を優先してくださいね」
「……ちっ。わかったよ」
陸島はベッドにゆっくりと体を沈める。
だがその内では今日の決闘の結末に対し抑えきれない怒りと悔しさが入り混じって沸々と湧き出ていた。
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