32-4
芽川はスマートフォンで陸島に関する情報を一度洗い出す。
しかし、陸島が振るう鉄の魔術に関する記録はなかった。
「どうして記録がないんです?」
鴉田の問いに芽川はしばし時間をおいて答える。
「陸島君が書いてるわけじゃないので……。廃病院と湾岸倉庫の任務のレポート書いてるのは布塚さんという方で、博物館の任務は吉川さんですね」
「ああ、そういえば振るう瞬間を見てませんでしたね」
吉川が思い出したように語る。
「もしかしたら博物館の時は使っていないと思いますが……」
「……え?私ですか?」
吉川の視線の先にいた相原は視線に気づき、しばし考えこむが陸島が自分の前で鉄の魔術を使ったかといえば、答えはノーだった。
「……まあいいですよ。不明なのはお互い様です」
芽川は深呼吸して両頬を両手でたたく。
「私も魔女機関に選ばれた者です。精一杯やればどうってことはありません!」
「そーです!その意気です!!」
気合を入れる芽川に流山が首を縦に振る。
(でも正直言うと……ちょっと怖いんですよね)
しかし、芽川のその内心は怖がっていた。
得体の知れない鉄の魔術に対し、何が起きるのかわからなかったからだ。
「ふむ。これなら決着はすぐに着きそうじゃな」
決闘の時間に時は戻る。
さらなる芽川の追撃によって、膝を折る陸島を見て龍弦はつぶやく。
「そうとも限りませんよ」
それをすぐに近くにいた木下が否定する。
「鉄明さんもこれまでにいろいろと戦いを経験してる。それに相手は以前いざこざのあった魔女機関から送られてきた人間。強情な鉄明さんが倒れるにはまだ早いかと」
「……まあ確かにな」
少し離れた場所で見る陸島の姿は体のいたるところに傷があり、泥水によって服は汚れていた。
陸島は芽川から距離を取って荒れた息で作戦を立てようとする。
(くそ……魔女機関の使いだからか中々やりやがる。ヤツの足元に広がる泥水のせいで、蔦は召喚できねえ。接近戦を仕掛けようにも――)
思案の途中で更なるうごめく泥による攻めが陸島を襲う。
自分の足元に蔦を出すのは平気だったため、足に蔦をからませてその場を勢いよく移動する。
「んな!?」
その動きが意外だったのか、芽川は驚いた。
(あの驚きよう……蔦の魔術は使えないのか?それとも戦い慣れしてないだけか?まあいい――)
芽川の驚きに関しては一旦置いて、陸島は攻略の手を考える。
(大地の魔術と接近戦が厳しい。そして残っている俺の手札は……やはりこいつか!!)
十手を握りしめて魔力を込める。
その手より歪んだ魔力は溢れ始めた。
(この魔力は……まさか!)
陸島の放つ魔力に、構えていた芽川の体には力がこもる。
汗を流す芽川はその時が来たと肌身で感じた。
「これって――」
それは観客席にいた相原も同様だった。
四月の時から記憶に残る何か恐ろしいものに触れたようなあの感触。
「うげっ!!シオンちゃん、これって鉄の魔術ですよね?!」
「うん……間違いない!」
流山もまた、それを感じた。
――どうする気だ……!?
観客席にいた一同は陸島の方に視線を向けた。
その中燦央院は場合によっては、七月の時のように何か恐ろしいもの来るのではと警戒していた。
「させません!!」
芽川は恐れずに泥の弾丸による連撃を放つ。
陸島は集中しつつもそれらを大きく避ける。
「どうした?当たってないぞ!」
「ぐ……!」
芽川の泥の魔術には欠点があった。
それは持続時間。長い時間維持しようとするとなると魔力がその分必要になる。
ただ展開しているだけなら問題はない。だが攻撃と防御を同時にやろうものならば、消費は大きい。
「魔力、切れかかってるんですか!?もう降参ですか!?温室育ちの魔女さんよ!」
相原は陸島の放った芽川への挑発に目を細めた。
「お……温室育ちって」
「温室育ちじゃありません!!」
一番に否定したのは当然、芽川。
膨れた面で彼女は細い水流を陸島に向けて放つ。
「魔女機関に入るのにどれだけ厳しい試験を通らないといけないか、わかってませんか!?」
怒りは水流を鋭く細くし、陸島に向けてそれを『複数』放った。
一部は太く勢いのあるものも混じっていた。
「げ」
水流は一発しか来ない。
その先入観に陸島は囚われていた。そしてその囚われは陸島にダメージを負わせる。
――だったら!!
避けようがないと分かった刹那、陸島はその水流の群れで一つを見出すとそれに飛び込む。
体は防御の姿勢を取っていた。
「え?」
芽川は困惑する中で陸島はその水流によって押し出され、勢いよく吹き飛ばされる。
転がる体には、服には水がしみこんでいた。
「あれ?今アイツ、水流に飛び込みませんでした?」
流山もその陸島の挙動を不審に思っていた。
その挙動の謎に外崎が気づく。
「ああ、ダメコンか」
「だめ……こん?」
言葉の意味がわからなかった流山に燦央院が優しく教える。
「ダメコンっていうのはダメージコントロールですわね。今の場合、陸島のヤツは受けるダメージを最小に抑えるために一番弱い水流に向かって走りましたわ。それで他の水流を避けつつダメージも最小限に抑えたのです」
「うえ。そんなヘンテコなテクニックをアイツどこで学んだんです?」
「それは……木下さんではなくて?」
燦央院がたどたどしく答えを出す。
一方、名前を出された木下は陸島のこれまでの動きを見て『うーん』と声を漏らす。
「親父さん、どうやら鉄明さんの選択は間違いないようですね。あのロクデナシの師事がここまで響いているとは」
「……ったく。蔵木め、よくもまあそういう事を教えたもんだ」
二人の視線の向こうにいる陸島はふらふらと立ち上がりつつ、芽川を見ていた。
傷の重なる中、陸島は意を決した。
「決めた」
思案の果て、陸島は意を決した。
「アンタ、一撃で仕留めてやる」
「……え!?」
一撃で仕留める。
陸島のその言葉に芽川は体をびくりとさせた。
(い、一撃で仕留めるってどういうこと!?この子、何する気なの!?いやそうじゃなくて!!)
――相手が大振りを仕掛けてきたのなら慌てて攻撃しちゃダメ。それを使ったフェイントもあるわ。そういう時は魔力をよく探知なさい。場合によっては最大の攻撃のチャンスよ
その時、かつて芽川の面倒を見ていた魔女の言葉が何者かによって再生ボタンを押されたかのように思い返された。
一方で戦っている者達の周囲もまた、驚きの顔に満ちていた。
「あ、アイツ今、一撃で仕留めるって言ってませんでした!?」
流山が焦る。
今までの戦いでそんな大技を陸島が放ったところを見たことがなかったからだ。
「な、何をする気なんだろ……!?」
鼠川もこれから放たれる一撃に戦々恐々としていた。
震える二人をよそに相原はギュッとスカートを握る。
(陸島君……一体何を?猿叫からの抜刀?)
一方で芽川は手に持っていた杖を強く握りしめる。
(そう、これはチャンス!!一撃でマジならこれを防げば勝機はある!でもそうでないならこのまま戦い方を継続していればいい。でも――)
芽川は息が切れかかるようになっていた自分に気づく。
自分もまた、魔力が底を尽きようとしていた。
(どうする?攻撃を見極めてカウンター!?それとも何かする前にこちらから仕掛ける!?)
陸島の十手の周囲には歪な魔力が集い続ける。
そのまま大きな塊になるわけでもないが、それでも感じる陸島の魔力は膨れ続けていた。
(……決めた!仕掛ける!!)
意を決した芽川は体中の魔力を絞り出すかのように吐き出すと、陸島と自分のいる周囲を泥水で覆う。
「これは……!」
素早い展開に陸島は足元を動かそうとするが、足は動けずにいた。
重く絡む泥が陸島の足を掴んでいた。
「大丈夫です。殺しはしません。思いっきり痛い思いをしてもらいます!!」
その間に芽川は目一杯の魔力で泥の蛇を動かし、陸島に向けて突撃させる。
「これで終わり――」
その時だった。
泥の蛇が動きを止めたのは。
「え?どーして止まったんです?」
流山が不思議に思っていた合間、芽川は辺りを見渡していた。
何故なら、陸島の周囲に満ちていた魔力が徐々に弱まっていたから。それにより、魔術の発動が起きたのではと推測し急遽動きを止めた。
(おかしい。今、確かに陸島君の魔術は発動した……はず。でもどこから来る!?)
蛇を自身の周囲に浮かせ、さらに泥の球を周囲に展開。
三百六十度を警戒しながら彼女は汗を流す。
(辺り一帯には私の泥が満ちてるから蔦の魔術は使えないはず。となると、足元じゃないとしたら……)
上を見た。
――あ
そこには黒き魔力の円が描かれ、その中心から何かを吐き出されようとしていた。




