32-2
「わかった。準備ができたら向かう」
陸島は決闘を了承し、一人で部屋を出た。
後に残った者たちは茫然としていた。その中で芽川がぺたりと地面に座り込んだ。
「どうしましたの!?大丈夫ですの!?」
急ぎ燦央院が芽川の元に向かう。
座り込んだ彼女の額からは汗がにじんでいた。
「ど、どうしよう……勢いで言っちゃった」
どんがらがっしゃーん。
まさかの勢いでの発言に一同はこけざるを得なかった。
「だだだ、大丈夫ですか!?本当に!?」
焦る流山がハンカチを芽川に渡しながら問う。
「いやだって……ウォーロックってあんなに尖ってるなんて思ってなくて」
汗を拭いながら、わなわなと震える芽川の言葉に鼠川と蛇島が反論する。
「それは違いますよ!陸島君は少しひねくれてるだけです!」
「そうです。鼠川の言うとおりです!あの男は少々、棘があるんです!彼に色々あったのは事実ですが我々もあそこまで棘は持ってませんよ!」
鼠川の意見と蛇島の熱弁を聞き、芽川はハンカチを拭いながら言葉を発する。
「そ、そうですか?でも……異様でしたよ、彼」
「無理もございませんよマドモアゼル」
水の入った紙コップをそっと渡しながら、鴉田が語る。
――マドモアゼル?
一同はその一言が気になったがそれは一旦置いておいた。
「あの男……陸島鉄明は確かに玉之江島で一度命を狙われています。それも味方のはずの魔女機関に。それがどれだけ恐ろしいか。正直想像するのは難しいでしょう」
「え?い、命をですか?ああでもそんなこと言っていたような……」
「はい。相手は相当のおっぱ……コホン。使い手でした。陸島に聞いたのですが、腕前も相当な魔女で彼も無傷ではいられませんでした。そのレベルの者が送られたのならそりゃあ疑心暗鬼になるでしょう」
「そうだったんですか……」
「しかも木下さんに聞いたら、何やら魔女機関によくわからん検査を強いられていた始末。ますます疑り深くなるでしょう。そこに貴方という人物が突然来た。そりゃあ陸島のヤツも警戒心むき出しでしょうね」
鴉田の説明に一同はしんとなって聞いていた。
芽川はコップの水を飲みつつ、しばらく考え込む。
「……彼の事は知っている気でいます」
飲み切ったコップの中身を見ながら芽川は言う。
「魔女機関も胡散臭い点があるといえば間違いはありません。でもだからと言って疑い続けてたらキリがありません。ここは一つ、魔女決闘で戦って理解を示してもらうしかありません!」
「おお……あなたはまるで太陽のような回答を示しましたぞ」
「いつまでそのテンションでいるんだキモイ」
鴉田の仰々しい物言いに外崎が脳天へチョップを叩き込む。
「あいだっ!!」
「……ふふ。仲いいんですね」
「あ”?」
「ひいっ!ごめんなさい!!」
その時の外崎の表情は恐ろしいものだったと流山は語る。
阿修羅の様であったと。
「さて、準備はこれくらいでいいか」
夏用の学ランを身に纏い、腰に刀を下げ、十手をズボンに引っ掛ける。
(あの女……見かけは普通でやんわりとしているが、組織から来た女だ。警戒に越したことはない。だが……まさか魔女決闘を用いてくるとはな)
魔女決闘をする。
その言葉を思い出した時、陸島は思わず笑っていた。
「殴り合いで理解を深める……面白いな」
「鉄明さん、いますか?」
ノックの音がして声が聞こえた。
木下の声だった。
「なんだ?」
「一応の連絡です。二つあります」
「連絡?」
部屋のドアを開き、木下はその手に書類を持って入る。
書類はすぐに陸島に渡される。
「一つ目ですが……あの方、芽川さんについては過去の経歴などを念入りに調べましたが特に怪しい点などは見受けられませんでした。魔女機関からも重要な依頼などは受けておらず、信用してもいいと思います」
陸島が渡された芽川に関する書類に目を通している間、木下は説明していた。
「そうか。二つ目は?」
「彼女ですが……実戦経験がないに等しいのです」
「何?」
木下の説明に陸島は目を細めた。
(実戦経験がないのに、魔女決闘だと?どういうことだ?どこか別の所で経験を積んでいたのか?いやまて、魔女機関以外にこうした依頼を持ちかけるとしたら……)
「鉄明さん。これは推測ですが……彼女は、芽川さんは無理をしている可能性があります」
「無理だと?それはないだろ」
木下の推測を陸島は否定する。
「考えてもみろ。魔女機関直属の人間だぞ。それが実戦経験がないっておかしい」
「いえ、ありえます。裏方仕事というやつです。デスクワークに魔術道具の作成など。それならばあり得ましょう」
「……じゃあ芽川はどうやって俺を殺す気だ?」
「それはないでしょう。私が言いたいのは……彼女は思ったより勢い任せなところがあるようで」
「勢い……任せ?」
続く木下の言葉に思わず陸島の口が綻び、乾いた笑いが溢れる。
「つまり勢いで俺を倒せると?よしんば殺せなくてもか!?」
「鉄明さん、そうではありません」
荒れる陸島の口調に木下は静かに待ったをかける。
「たぶん彼女は……真剣なんです。それもかなり。力みすぎているといえば、よいのでしょうか?」
「はあ……」
長年近くにいる木下の意見を陸島はいまいち理解できずにいた。
「で、俺にどうしろと?」
「とにかく相手が降参を認めたら、そこまでにしてください。相手は腐っても魔女機関直属の人間。何かあるとは思っていますが……親父さんと私も立ち会いますから何かあれば彼女を止めます」
「わかった。そうしろ」
話に一区切りがつき、陸島と木下は決闘の舞台となる橘樹邸の裏山へ向かう。
陸島は龍弦と木下に裏山に近づくなと言われていた。理由としては地滑りの可能性などがあるからと伝えられていた。だが今は魔術してその詳細を聞くことになった。魔女が訓練に使うための秘密の空間があるからと言う理由。
(ここか)
木下に案内された道によって踏み入った修練場。
そこには橘樹邸に長年住んでいた陸島も知らぬ空間があった。周囲を山々が並んで外界を断つようにできた場所が。
修練場は面積にして学校のグラウンドほどの広さを持ち、中央には戦うための何もない地面広がる空間。その中心をまるで質素な観客席のように多くのベンチが並んで置かれていた。
「おー、やっぱ来たんですか」
ベンチに座っていた流山が気だるそうに声を掛ける。
他の学生たちもそれぞれベンチでその時を座って待っていた。
「なんだ?ウォーミングアップなら済んでるが……」
やさぐれ口調の流山に陸島が煽るように言葉を吐く。
「……ああ理解しました。芽川さんの前に私を捻ろうって腹ですか」
逆手に苦無を構えながら流山は静かに青筋を浮かべた。
隣に座っていた相原が慌てて二人の合間に割り入る。
「やめてツバキちゃん。陸島君もどうして決闘を受けたの!?」
「吹っ掛けたのは向こうだ!!」
怒鳴り声のような叫びを相原に向ける。
相原は思わず後ずさり、周囲の空気が冷え込む。
「で、でも――」
「相原さん、その辺りで」
困惑する相原に木下が待ったをかける。
「木下さんも何かないんですか?こんな戦いに意味は――」
「いいえ。戦わないとわからないこともあります。そして戦わないとわからない人もいるのです」
木下はそう言い放つと修練場の中央に向かう。
中央には龍弦が立っていた。
「来たか鉄明。では戦う前にルールを確認して置きたい」
龍弦の隣には芽川が先にいた。
意を決した彼女の前に陸島は立ち並ぶ。
「ああ、いいぜ」
龍弦は今回の決闘に関するルールを戦う二人の前で話し始めた。
基本的なルールに加えて試合後の動きについても龍弦はこう取り決めた。陸島が勝った場合、芽川には立ち去ってもらうという事。芽川が勝った場合はこの場にいても良いという事。
「以上じゃが……これでよいか?」
「構わねえよ」
「私もそれで構いません」
芽川の手には杖が握られていた。
強く握りしめた彼女の瞳には決意が宿っていた。そんな彼女を流山がベンチに座りながら見ていた。
(さて……芽川さんの相手が陸島である以上、一筋縄ではいかないでしょう。でも大丈夫です)
かけていた眼鏡をぎらつかせ、流山が拳を握ってほほ笑む。
(みんなで話し合った。そして答えを見出した貴方なら勝てますよ、芽川さん!)
戦う両者は所定の位置に着く。
決闘の時はもうすぐそこだった。




