31-6
(これは……!?)
蛇島の変化に驚いていたのは吉川も同じだった。
魔力の流れが目に見えて分かる。それは異常だった。
(まさか、ドグマの覚醒!?それにしては魔力が大きい……!)
汗を流し、高揚と動揺が入り混じる吉川の方を向く前に蛇島は人質の方を見た。
それからゆっくりと吉川の方に近づく。
(なんだ!?どうなってる!?)
蛇島の覚醒に驚いていたのは白衣の魔女も同じだった。
人質の方を彼女も見る。銃を向けている兵と目が合い、彼はどうしたらいいのかわからずにいた。
(そのままでいて。今は!)
蛇島たちに悟られるようにサインを送る。
兵は首を縦に振る。
(だがこちらには人質がいる。まだ焦ることは――)
「今だ!」
蛇島が叫ぶ。
白衣の魔女は体を震えさせる。
「なに!?」
――まさか増援!?
慌てて周囲を見渡すも、そこには新しき人影はない。
(しまったブラフか!?)
白衣の魔女が次に見たのは人質を取る兵と、隠れていた兵に攻撃を仕掛ける燦王院と吉川の姿。
「ばかな!?人質が見えないのですか!?」
焦る白衣の魔女に強い声で蛇島が返す。
「僕には見える!!そいつはグールだ!!」
「な――」
蛇島のドグマ。
それは対象を分析する能力。魔女であるか。ならばその力はいかほどか?そして人間であるかも見えていた。その事を振り向く前に燦央院と吉川に伝え、二人に対応を任せた。
(分析に長けたドグマ……意外なものを!)
白衣の魔女が次に見た光景では燦央院が兵とグールを同時に倒し、吉川の投げたナイフが隠れていた兵の脳天を直撃していた。
「……ふ、ふふふ。流石ウォーロック。そんなドグマを有していたとは!」
「さあ、降参しろ!そうすれば命だけは助けてやる!」
蛇島の呼びかけに白衣の魔女は固まる。
「……ふ、フフ。フフフ……」
「何がおかしい!?」
「勝負はまだこれからですよ!」
白衣の魔女は指を鳴らす。
次の瞬間、ホール天井に光る二つの魔法陣が描かれ、そこより二体のグールが姿を見せる。
――こいつは!?でかい!!
蛇島はトンファーを拾い、構える。
二体のグールはいずれも巨体で、その背はこの場で一番大きい蛇島を優に超えていた。
巨体グール達は床にひびを勢いよく入れながら降り立つ。
「これぞ私の傑作!さあ!お行きなさい!!」
「「グアアアアアッ!!」」
雄たけびを重ね上げ、二体のグールは白目をむき出しに同時に突っ込んできた。
片方は蛇島に、もう片方は燦央院に。
「いいだろう!勝負だ!」
その時、蛇島は構える。
「蛇島君!?何を!?」
それぞれのグールの突進攻撃を回避しつつ、燦央院は蛇島を心配そうに見る。
「燦央院さんはもう一体を!こいつは僕が仕留める!!」
蛇島の内よりたぎる魔力の流れが蛇島自身に強い力と高揚を授ける。
目の前のグールを穿つ力を恐れず、倒す。それだけの魔力が蛇島にはあった。
「はああああっ……」
溢れる魔力を右腕に溜める。
赤く燃える炎が噴き出す。
その腕を構える。
「グオオオッ!!」
グールは叫ぶ。
目の前の蛇島の魔力より溢れる威圧などものともしない。
「すごい……」
戦いの最中、燦央院は見とれていた。
無論、巨体グールの隙を探りながら。
(いくぞ……!)
意を決し、蛇島は勢いをつけて飛んだ。
その背にも魔力が、炎の魔力が勢いよく噴出して彼をロケットのように飛ばす。
「グア……!?」
その勢いある飛び方に巨体グールは恐れる。
「うおおおおおっ!!」
構えたままの右腕がグールの中心めがけて振り上げられる。
激しく荒ぶる魔力がため込まれたその拳はグールを勢いよく吹き飛ばした。
「ぐああああっ!!」
ホールの後ろにいた白衣の魔女めがけてそれは飛ぶ。
「ちょ、うそでしょ!?」
咄嗟に椅子から飛びあがり、迫るグールを回避する。
その時、恐ろしいことにグールは壁に命中する前に爆発四散した。
「え――」
溢れる血しぶきが白衣の魔女を汚す。
白い白衣が赤く染まる。
(馬鹿な……丈夫さなら念入りに作ったのに、それをこうもやすやすと!?ありえない!だが相手はウォーロック。ありえないわけじゃ――)
「勝負はついたようですね」
震え焦る白衣の魔女の思案を断ち切ったのは、吉川の言葉。
もう一体のグールも燦央院と吉川の連携の前に倒れた。
「そ、そんな……」
「さあ、これで終わりだ!!」
蛇島がトンファーを向ける。
白衣の魔女は彼の言葉を聞いた時、茫然自失であった。
「は、はは。そうだ……これで終わる」
「吉川さん。何か抑える道具は――」
「そうだ、私が終わる」
ぽつりとつぶやくように放たれたその言葉。
直後、白衣の魔女は苦しみだす。
「うぅ……ぐああああっ!」
「なんだ?」
「……あ!いけない!」
駆けだす燦央院が蛇島を掴むと、苦しむ白衣の魔女から勢いよく距離を取る。
直後、その体を勢いよく光らせ、白衣の魔女は爆発した。
「なっ!?」
爆風がホールを襲う。
蛇島は燦央院に覆われるように地面で庇われていた。
「……ふう。危なかったですわね――」
燦央院の瞳には、今までで一番近い距離の蛇島の顔が映っていた。
彼女はしばらく固まって顔を紅潮させる。
「あ……あ、えっと」
「だ、大丈夫だ。君が助けてくれたんだ。ありがとう」
蛇島もまた同じ距離で燦央院の顔を見ていた。
真っ赤に顔をするだけではなく、彼女の放つ香りと吐息が自身の鼻に、皮膚に触れて否応なしに心拍数を上げられる。それどころか蛇島の目には顔だけでなく彼女のスタイルの良い体つきが自分の体と触れそうだということに気付いていた。
「大丈夫ですか?いろんな意味で」
「大丈夫ですわよ!!」
揶揄うような吉川の声に燦央院は大声で返し、蛇島の上から慌てて離れる。
(……凄い良い香りだった)
ゆっくりと体を起こしながら、先ほどの光景を思い出す。
「じゃなくて!!」
蛇島は爆発の中心を見る。
そこには当然だが白衣の魔女はいるはずもなく、ただ焦げた匂いが満ちていた。
「なんだ……何が起きたんだ!?」
「爆発ですわね。十中八九、魔術でしょう。口封じ、あるいは任務失敗の者を殺すための」
「それって――」
「アッハッハッハ!!」
三人は後ろを見る。
気づけばそこには一人の女性が、魔女がいた。黒の三角帽子に白衣を身に纏う若い女性が。
「いやあ青春してるねえ君たち。お姉さん妬いちゃうよ?」
「……どちら様ですの?」
燦央院は恐る恐るハルベルトを構える。
蛇島もトンファーを構える。
(この人……そんな!?強い)
ドグマを宿す蛇島の目には彼女の強さがわかっていた。
その目が見せる彼女から見える強大な魔力が。この場の誰よりもその身に力を宿していることを。
「あたし?久遠マイ。早い話がドレッサー・ドレッドよ!!」
「なんですって……!?」
久遠の言葉に吉川が思わず声を上げる。
ドレッサー・ドレッド。それは組織の幹部である。
「後ね、クラン『エイプス・アプス』のリーダーしてるの。よろしくね!」
「エイプス・アプス……!?魔女機関が危険視しているクランの一つですか!」
「正解!ちなみに私の二つ名、ダーティ・ファウンデーション。覚えてくれると嬉しいな」
ウキウキとした気分で自己紹介をする彼女に蛇島は恐怖を覚えていた。
(なんだこの人。無邪気が過ぎる。それでいて魔力の流れが歪だ。たくさん人が死んでいるのに、どうしてこんなに元気で振る舞えるんだ!?)
気づけば彼女の姿はなく、気配のした後ろを蛇島が振り向くと彼女はそこにいた。
「え?!」
「さっきのやつさー。傑作だなんだって言いながら巨大なグールどや顔で出してたけどあっさり倒されてたのウケルよね!」
「……蛇島さん。警戒を解かないでください」
吉川の言葉に蛇島はハッとなって武器を構える。
血濡れた戦場で無邪気に振るう若い女性。それは蛇島たちにとって何か恐ろしいものを見ている気分だった。




