31-5
燦央院の足は倉庫に向かうドアの前で止まる。
耳をすまし、魔力の気配を感じ取る。
「ここは……」
一人先行して慎重にドアノブに手を伸ばし、倉庫に足音を消して入り、周囲を見渡す。
暗闇に閉ざされたその空間を照らすべく、燦央院はまず入り口近くにあるスイッチで部屋の灯りを付けた。
「う……」
口元を抑える。
鼻まで匂いは立ち込めていた。だから想像はついていた。
本来は博物館で展示される予定の品々がそこにしまわれているはずが、代わりに多くの黒色の遺体袋が魚市場の魚のようにずらりと並んでいた。
(……ひどいですわね。グールにするための遺体かしら?)
敷かれていたブルーシートの上にそれらは置かれており、燦央院は壁際含めて全体を見る。
窓から入る微かな月明り、隅に積まれた段ボールの数々。中心に並ぶ異様なにおいを放つ、並ぶ遺体袋の数々。
ふとその一つが動いたような気がした。
(……今のは!)
動いた一つにそっと近づく。
「聞こえますか?私です。燦央院ですわ。竹月組と協力して現在任務にあたっています。もう一人は既に救助しています」
燦央院は出来る限り優しい声でそう伝えた。
少しの沈黙の後、死体袋がゆっくりと開かれる。
「……どうやら本当みたいですね」
「ええ」
燦央院が確認し、耳元の通信機で吉川たち潜入班に連絡する。
「皆さん。二階の倉庫に」
その後、一同は倉庫に集う。
遺体袋の中から出てきた竹月組の部下で魔女。既に戦いがあったのか、体中に傷が負っていた。
「ひどい……待っててください」
痛々しいその体に相原は一度は目を閉じるも、大地の魔術を振るって手当てを開始する。
少しずつ傷が癒えていく中、吉川は陸島に指示を出す。
「陸島さん。相原さんと一緒に医療スタッフと鼠川さんのいる車までこの方を外に連れ出してくれませんか?」
「ええ」
陸島はその指示を了承した。
その返答があまりにも早いので蛇島は思わず驚いた。顔に出ていたので陸島は目を細めた。
「なんだ?こいつを放っておけと?」
「いや、そうじゃない。君ならここの魔女を先に潰すべきだというのかと」
「ああ。この人を助けた後、さっさと潰しにかかる。それでいいだろ?」
喧嘩腰の陸島の口調に蛇島は少し押され気味だった。
治療を受けていた竹月組の魔女が苦悶の声を漏らすように上げる。
「思ったより傷が深いようですね……相原さんと陸島さんは急ぎ車の方へ!」
「わかりました!」
相原は真剣に返答し、そのまま治療中の彼女を背負う。
そして陸島を前にして、二人はその部屋を出て、入り口まで歩み始めた。
「さて……敵は恐らく三階に潜んでいます」
陸島と相原が抜け、廊下に出た吉川、燦央院、蛇島の三人。
吉川は三階に向かう階段の方を見ていた。、
「三階?事前情報だと、確かホールがある場所ですわね」
「ええ。展示物に関する映像を流す場所ですね。先ほどの戦闘でグールも殆ど一掃できたので、このまま一気に突入します」
「了解ですわ。蛇島君、準備はよくて?」
蛇島に確認を取ろうとした時、彼は俯いて震えていた。
「……どうしましたの?」
「許せない」
「え?」
彼は怒りに震えていた。
人を人とも思わす行い。組織の凶行に強い憤怒を示していた。
「なんでこんなことが出来るんだ……。犠牲者だって多く出てるのに!」
「それが組織と言うものです」
怒りと疑念渦巻く彼の内に吉川の言葉が流れる。
「グールは……人間の体に禁じられた魔術を振るうことで生まれる怪物です。生者、死者を問わず使う事で生まれるその怪物は不死性や攻撃性などで一度は組織も過去に量産していた時期がありました」
「ひ、人の死体って……」
吉川の説明に蛇島は固まる。
「人間の体を使う禁術。死者を、生者を愚弄するその術は魔女機関でも問題視され、封印されてきました。だが組織はそれを使う」
吉川はそこまで言ったところで、首を捻る。
「いやそもそも……。一体なぜこのような邪法を今、使っているのでしょう?」
「そんなことは後にいたしましょう。吉川」
燦央院が断ち切るように言う。
「蛇島君、準備はよろしくて?」
「……ああ!いつでも行ける!」
元気のある返事に燦央院は笑う。
そして、吉川も笑う。
(蛇島さん……たくましく見えますよ。もちろんお嬢様も)
蛇島、燦央院の成長に吉川の心も踊っていた。
意を決した三人はそのまま一気に階段を駆け上がり、廊下を抜けて中央のホールへ突入する。
「あら、思ったより早かったですね」
三階、多目的ホール。
そこは奥からステージ、広間、出入り口で構成された空間で奥のステージにその魔女は演劇用の椅子に腰かけていた。
「あらあら。随分と余裕ですのね貴方」
燦央院が皮肉交じりに笑う。
「ええ。ちょうど傑作をご用意してますので」
白衣の魔女がパチリと指を鳴らす。
すると、三階の照明がすべて消える。直後、舞台の照明が光を座る白衣の魔女に光を向けた。
「この博物館、ステージがあって歴史の紹介をするんですって。でもここらの人間というのは残酷でそういうのは興味がないようで。まあ、そんな私も興味がないのですが」
「それで……?何が言いたいんですの?」
「あちらをご覧ください」
館内のガイドのような口調で白衣の魔女はホールの右側を方向を指差す。
三人がその方を見ると、さらに照明に照らされたそこには組織の兵と若い男性が一人。
「な……!?」
蛇島は動揺する。
兵はともかく、若い男性は明らかに一般人。要は戦いに関係のない人間であると分かった。
兵は銃を持ち、その銃口を一般人の頭に向けていた。
「ひぃ……!」
若い男性の方は終始汗を流しながら震えていた。
少しでも動けば頭を飛ばされる。そんな状況に置かれていた。
「さあ、どうします?」
白衣の魔女は不敵に笑う。
「そこを動けばあの男を撃ちます」
「……何が狙いだ」
「あなたですよ。蛇島君」
白衣の魔女は笑みを歪ませながら話す。
「ウォーロック。貴重な研究素材としてあなたを確保したい。こちらに着いてくれますね?」
「ぐ……」
蛇島の握っていたトンファーが床に向く。
握る手の力が弱まる。
「だめ!奴らについていくなんて――」
蛇島の後方で燦央院が制止する声を遮るように銃声が響く。
隠れていた組織の兵が放った銃弾は彼女の右肩を掠めた。
「うぁ……!」
「燦央院さん!」
「お嬢様!!」
咄嗟に二人が彼女に近寄る。
傷は浅いが血は流れていた。
「ふふふ。今のは警告。次は……わかってますね」
「貴様……!」
振り向きながら、怒りを露にする蛇島。
しかし状況は変わらず、少しでも不穏な態度をとれば死者が出る。そんな状況だった。
(どうする……?だが、あの人質をどうにかしないと――)
人質。
これが何よりも厄介だった。
(せめて救助ができれば状況は変わる。救援を呼ぶ方法は――)
「私に構わないで」
苦悶する蛇島に燦央院が答える。
未だその腕から血は流れていた。
「卑怯者の言うとおりにならないでくださいな。奴らをこれ以上付け上がらせちゃ……ダメですわ」
「だが……!」
燦央院の声を後ろに、舞台にいた白衣の魔女を見る。
彼女は下種な笑みを浮かべていた。
(……こいつ!!)
その時、激しい怒りが蛇島の胸に満ちる。
気づけば彼の腕についていた籠手ははずれ、床に甲高い音を響かせる。
「む……!?」
白衣の魔女はぴたりと固まり、目を見開く。
蛇島を中心に激しい魔力の息吹が溢れていた。
(これは……!なかなかの者をお持ちで。でも――)
魔女はすぐに態度を直す。
にやりと笑いながら。
「人質、お忘れでしょうね!?」
「ぐ……」
そう言ったのは白衣の魔女。
未だに状況は変わらずにいた。
「あなただどれだけ駄々をこねても無駄です。さあ、早くこちらに――」
――嫌だ
白衣の魔女が何かを言っている。
蛇島の耳にはそれが届いていなかった。
――だがどうする?人質は!?
内なる魔力がうねりを上げる。
その時だった。蛇島に異変が起きたのは。
(……な!?)
その瞬間、蛇島の世界が変わる。
世界の色が一つ、また一つ消える感触に襲われる。
――なんだこれは?
蛇島自身、何が起きたかわからなかった。
だが体の内のうねりは留まることを知らなかった。
「ぐ……う……」
うねりが痛みに変わるころ、彼はたまらず膝をついた。
「蛇島君!?」
燦央院が声を上げる。
蛇島は俯いたままだった。




