31-1 グールズ・ナイト ―喰らう者達―
ある日の深夜、静寂に包まれた広い空間。
その空間にはケースに収められた多くの古道具が規則正しく並んでいた。その中でケースに収められていない古く光る縦に長いツボが一つ。
「ククク……これで完成よ」
その壺の前で一人の女性が小さな声で不気味に怪しい呪文を唱える。
壺の中は泥のように黒く蠢く液体で満たされ、その中には何かがいた。
「さあ、いくわよ」
女性は呪文を唱える。
すると壺の置かれていた地面の周囲の魔法陣が輝きだし、壺の中からも光が溢れる。
(これで貴方は生まれ変わるのよ)
魔女は呪文を唱え続ける。
光に合わせて壺の液体が揺れる。
「メーム……アルタ……ヴァイ……トー……」
そして呪文の詠唱が終わる。
すると壺にひびが入りだす。
「ふふふ……」
液体が漏れ、そして中から人の手が伸びた。
壺の液体の中には、ホルマリン漬けのように一人の人間が入っていた。
「さあ、行きなさい。貴方の欲望の赴くがままに、ね」
ひざを折っていたその者に魔女は手を差し伸べる。
「グゥ……ウゥ……アァ……!!」
その者は皮膚を裂く鋭い爪にむき出しにされた牙のような歯を見せ笑っていた。
その者は魔女の手を取る。今宵、復讐の牙がまた一つ生まれた。
「皆さん、ごきげんよう」
布塚が橘樹邸を離れた翌日の朝。
吉川みどりが橘樹邸に来訪した。朝ごはんの香りが立ち込める食堂で彼女は学生一同に向けて挨拶をする。
「吉川、よく来てくれました。到着が少し遅れたのが気になりますが」
燦央院が嬉しそうに立ち上がり、彼女の近くによる。
「ふふ。お嬢様も元気そうで何よりです。遅れたほうについては後ほど説明しますので」
吉川もまた嬉しそうに笑っていた。
「おお。よく来てくれた吉川さん。歓迎するぞ」
集まる一同の元に龍弦がやってきて、吉川に挨拶をする。
「こんにちは橘樹さん。しばらく厄介になります」
「うむ。何か必要なものがあったら遠慮なく申し付けてくれ」
龍弦がそう伝えると、そのまま食堂を後にした。
「あら?橘樹さん食事は?」
「親父はいつも書斎で食べてるよ。朝から仕事あるときはな」
説明する陸島は両手を合わせ、一人黙々と食事を開始する。
「まったく……お前と言うやつは」
一人黙々と食べ始める陸島に、はす向かいに座っていた蛇島が呆れる。
蛇島の頬にはガーゼが張られていた。
「蛇島さん、どうしたんですのそれ?任務で怪我を?」
「あ、ええと……これは」
「後で説明しますわ。それよりご飯を食べなさい」
吉川が聞こうとすると燦央院が割って入り、二人の会話を遮る。
蛇島は気まずそうに食事を続ける。
「さて、食事を終えたら少しお話したいことがありますので皆さん会議室に集まっていただけますでしょうか?」
吉川の言葉に一同はそれぞれ首を縦に振ったり、返事をしたりして了承した。
そして時は過ぎて会議室。
「実は昨日でこちらに着く予定でしたのですが……。皆さんに任務のお知らせがあります」
「任務?」
吉川の説明に陸島がピクリと眉を上げる。
「ええ。木下さんから経由して受け取った情報なのですが……どうやらある町の博物館に魔女が潜伏しているようなのです」
「博物館?」
思わぬ場所だったのか陸島は声を出した。
「ええ。意外といるんですよ。他にも大企業の愛人とか」
「あ、愛人ですって……!?」
次に驚きの声を顔を赤らめて出したのは燦央院。
いまだ『そういう事』には、慣れていないようだ。
「任務の話に戻りますが、皆さんにはその博物館に向かってそこにいる魔女を討伐してほしいのです」
「いつ出発する?」
「明後日の夕方ですね」
明後日の夕方。
その言葉に流山がしゅんとした。
「うーん……絶妙に行けませんね」
「しょうがないよ。流山さん。今は落ち着いて待っていようよ」
鼠川が彼女を慰める。
「流山さんの助力が欲しいのは山々なんですが……すみません。医者の黒田さんの意見を尊重させてください」
「別にいらんだろ」
「ぎぎぎ……」
陸島の煽りに流山が怒る。
『またこれか』と鼠川が嫌な顔になる。
「はいはい。とにかく明後日の夕方です。準備をお願いします」
「ええ。わかりました」
用件を聞き終えた陸島は立ち上がり、そのまま一番に部屋を出ていった。
周囲は彼の動きに沈黙していた。
「……毎回思うのだが」
その中で最初に蛇島が口を開く。
「彼のあの一人のスタンス。どうにかならんのか?」
「多分無理だな」
鴉田がそう返す。
「なんというかアレはああするように生きる。と言うイメージがあるんだ。用だけすんだらちゃっちゃと次。そうやって一生を生きるというかさ……仕事人間って言えばいいのか?見たことあるんだよああいうの。相原さん、気にしなくていいからな?俺らもそれは重々承知してるからよ」
「え?あ、うん」
相原は申し訳なさそうに首を縦に振った。
「相原さん、気にしなくていい」
そう出たのは蛇島。
「いつかは彼もこちらを見るようになるさ。それまで我慢だ。必要なら僕らも協力するさ」
「……うん。ありがとう」
曇っていた相原の顔が少しばかり晴れた。
周囲が懸命に彼女を照らした。
「さて、時に蛇島さん」
吉川が蛇島の方を向き、ある事を伺う。
「腕前の方は上がりましたか?」
「それは……多分まだこれという実感がなくて」
蛇島は昨日の陸島との模擬戦を思い返す。
あっさりとやられた自分の姿を頬の痛みと共に思い返していた。
「そうでしたか。であれば明後日までに私の方で見ましょう」
「いいんですか?」
「ええ。これもお嬢様にふさわしいパートナーであるための稽古です」
「……ありがとうございます!」
その日から明後日の夕方まで、蛇島は燦央院と共に吉川の元で修行を受ける事になった。
果たして彼女の指導は蛇島に何をもたらすのか?
そして蛇島は生まれ変われるのか?
「ここにいましたか」
吉川が来た日の昼過ぎ、灼熱の太陽が照り付ける頃。
竹月組が管理する共同墓地にて。
「……なんだ?」
一輪の花を墓の前に置き、線香を立てている陸島に木下が近寄った。
「お墓参りに向かったと部下に聞いたので」
「ああ」
「……もしや柊さんにですか?」
「……そうだ」
上る煙を見上げながら陸島は答える。
陸島の心の内には母の姿が浮かんでいた。
「なあ、木下」
「なんです?」
「母親ってなんだ?」
「……難しい質問ですね。うーん……人生で一番世話になる人かと」
木下は陸島の前で線香に火をつけ、それを墓前に供えた。
「それは?」
「これですか?昔、世話になった部下や先輩達への手向けですよ。お盆の季節ですからね。個人で弔いに来たのです」
「先輩……ねえ」
「いろんな人がいましたよ。面白い人、厳しい人、暗い人。ああそうそう。優しい人もね」
新たに上る煙を見上げながら木下は答える。
その瞳はまっすぐではあった。
「皆、死んだのか?殺されたのか?」
斬りこむような陸島の質問に木下はピクリと反応する。
「そうですね……ガンや肺炎とかで亡くなった人もいれば、鉄明さんの想像通りの人たちもいます。どちらかといえば殺された人の方が多いですね」
言葉の後半からにじみ出た哀愁に陸島は目を開きつつ、ある事を聞く。
「お前はどうしてこの世界にいる?」
「私ですか?」
陸島の問いに木下はしばらく考え込む。
「そうですね……生まれた家がそういう家でしたからね。魔女のために戦え。それが使命でありましたから」
「嫌じゃなかったのか?」
攻めるような問いに木下は苦笑いを浮かべる。
「嫌じゃないといえば嘘になりますね。若い頃はギターとかサッカーとかもっとやっていたかったんですがね。酷いときは、世紀末に学生でしたから全部消えればいいのにと思ってたくらいには荒れてましたよ」
「世紀末ってお前……」
思わぬ言葉に陸島は固まる。
マヤ文明、恐怖の大王、実に多くの空想上の破滅が人々を幻惑させた時代に木下は学生だったのだ。
「まあ、慣れですよ。荒れてた時期もあった。それでも親父さんのいるこの場所に来て、色々と面倒を見てもらってました。魔女の方々とも連携して悪い奴らを倒しに進んだ日々。倒れて散った仲間の事を思い出す辛い日もあります。それでも……」
「それでも?」
「やれることはしておきたいんですよ」
木下は墓前で膝を曲げて両手を合わせて、彼らを偲ぶ。
戦いの中で散っていった者たちを。しばらくの沈黙の後、木下は口を開く。
「もしここで動いてなければ誰かが死んだ。そういう事があったんですよ」




