28-3
音が気になり、陸島は屋敷を出て外へ。
歩いた先の駐車場に、バイクに乗った何者かが現れる。
「こいつは……」
黒く輝くボディに太陽光で銀色の煌めきを見せる一台のバイクがあった。その近くでヘルメットを被っていた一人の少女がゆっくりとそのヘルメットを脱ぐ。
「あ、陸島?悪い、遅くなった。報告会終わっちゃったよね?」
「ああ。別に来なくても良かったぞ」
バイクの持ち主は外崎だった。
「いつの間に免許取った?」
陸島には置いて行かれている感覚があった。
バイクに乗ってここに戻ってきたのは外崎だというのはわかっていたが、それでも彼女がバイクの免許を持っていたのが意外だったようだ。
「これ?こないだ誕生日迎えたから研修前に免許取ってきた」
「……バイクねえ。使えるのか?」
「こんな暑い日だから風切る感触はクセになるよ」
「ほう……」
陸島はそのバイクをじっと見ていた。
「興味あるの?」
「いや。今はいい。車の方が便利そうだしな」
「そう……。あ、悪いけど屋敷戻らせてもらう。差し入れが溶けるから」
「差し入れ?」
急ぎその場を離れる外崎はその手に持っていた白いビニール袋を陸島に見せつけるように軽く振り回す。
「流山さんの好きなアイスさ」
「へえ。マメだな」
去っていく流山のいる屋敷の医務室へと向かう外崎を見送る陸島。
残ったバイクをじっと見る。
(バイクか……。移動手段にしては悪くないが、免許を取るのが面倒そうだな。まあいい。暑いし戻ろう)
流れる汗を拭いながら陸島は照り付ける太陽を避けるために屋敷に戻る。
それからしばらくして昼食を過ぎたころ、部屋で待機していた陸島に木下から声がかかる。
「鉄明さん。今晩ですが移送の任務があります」
「移送任務?」
「ええ。魔女機関の仲間たちに支援用の道具を送る任務なのですが……。興味はおありですか?」
「移送任務ねえ……。何か俺にメリットがあるのか?」
「顔が売れます」
「じゃあいい」
「あと、着いた先で犯人探しとかもできますね」
「それか……うーん」
けだるげに陸島が考え込んでいる中、陸島と木下の合間に龍弦が割り入る。
「ああ、ちょっといいか?その任務だが、鉄明をご指名だ」
「何?どういうことだ?つーか俺を指名って、どこのどいつだ?」
「逆奈義家だよ」
その家の名が出たとき、陸島はしんと静かになった。
次の瞬間には彼の表情は険しいものになっていた。
「どういうことだそりゃ?お礼参りのつもりか?」
お礼参りと言う物騒な言葉を吐き散らし、陸島が険しい顔を浮かべたのは当然である。
四月上旬、陸島と逆奈義未来を中心にした集団が接触。その際に覚醒した陸島によって逆奈義未来は腕を切り落とされる重傷を負ったのだ。
この戦いの中で陸島は最初に逆奈義家の者に撃たれており、傷は完治したがその時の記憶は彼の顔をしかめる程である。
「さあな。だが向こうも手ぶらでご指名というわけじゃなさそうだ」
「何だ?何を持ってきたんだ?」
「今回の移送任務だが、危険度の低さも兼ねてどうやら逆奈義家の現当主が出るらしい」
「現当主ってことは……魔女か?」
「いや、あの家の今の当主は男じゃ。奥さんはだいぶ前に亡くなっておる。逆奈義未来の父である逆奈義肇が乗るそうでの」
「……要するにどういうことだ?」
「今回の任務に参加するのであれば、ある情報を提供してやってもよいと言っておる」
「へえ。そりゃあたいそうお得な情報なんだろうな?」
陸島の疑いを含む言葉に、龍弦は困った顔を浮かべた。
「わからん。内容に関しては詳しく説明されておらん。だが鉄明が欲しがっている情報だというのは間違いないそうじゃ」
「……ほう」
龍弦の言葉を耳にしたとき、陸島の顔が一段と彫り深くなる。
「ってことは……乗るべきかこの任務?」
陸島は木下の方を向いて意見を求めた。
「そうですね……親父さん。向こうはなんと?」
「ああそうじゃな。メールを見ればわかるが、どうやら戦う気はない。当然といえば当然じゃが。同行者も好きなだけ連れて行けと」
「なら信用してもよさそうだな」
「ちなみに向こうは部下数名と逆奈義肇、逆奈義未来、それと未来の側近である鈴井という女性が出るそうじゃ」
「逆奈義未来、ねえ」
陸島はしばらく考え込んだ。
(俺の欲しい情報……っていうとやはり五年前の事件の犯人だが……。持っているのか本当に?嘘だったとしても違ったというだけで済むとは思うが。逆奈義家もそれなりの家だ。あの日の出来事や聞いた限りじゃ裏に通じている。もしかしたら犯人捜しの手掛かりになるやもしれん)
「どうじゃ?返答は今日の夕方が良いと向こうは言っておるが――」
「乗った」
「え?」
短い返事を返す陸島に龍弦は思わずきょとんとした。
「情報とやらが何かは知らんが……それなりの自信があるんだろ?なら受け取りに行こうじゃないか。危ないだの信用できなかったらその場で斬り伏せればいい」
「それはちょっと困りますね……」
陸島の意見に苦笑いを浮かべる木下。
「親父、今から返答して間に合うよな?」
「うむ。であればこちらも呼ぶとしようかの。木下、いけるか?」
「はい。後、トパーズ・グラスと学生の方々で参加できる人たちにもいてもらいましょう」
「……呼ぶのかよ」
「ええ。何かトラブルがあったら証人になってもらえますので。特に燦央院さんなら今回は合間を取り持ってもらうというのも可能でしょう」
木下の提案に陸島はしばらく困った顔を見せたが、渋々それを飲んだ。
その日の夕方。移送任務開始前の医務室にて。
「ツバキちゃん。具合はどう……?」
要人用の屋敷にある医務室のベッドで横になる流山の表情を心配そうな顔で相原が見ていた。
「大分落ち着きましたよ。最初に攻撃受けた時はもう酷かったというか……」
ジャージ姿の流山がベッドから上半身を起こしながらその時のことを説明した。
今の彼女は顔から生気が薄れ、お世辞にも元気とは言えない状態だった。
魔眼から自分へと意思に関係なく流れ込んでくる情報。それは無数の怨念の手が自分を掴んでは絶えず叫び、何もないその瞳のあった場所からは血を流しながらまるでこちらを恨めしそうに見ているようだったと。
「幻術とでもいうべきでしょうかね……今でもたまに思い起こされるというか。頭の中をかき乱されて胃の中身をぶちまけたくなるというか……。手当がなければ狂って死んでしまうような状況でした」
「うん。治療の出来る魔女がいてよかった……布塚さんに後でお礼を言わないとね」
「ああ。そういえばさっきこっちに来ましたよ。申し訳なかったって。ほぼこっちのミスなのに――」
そこまで言って流山はあることを思い出した。
そしてわなわなと怒りに震えていた。
「あの男がまた……ギギギ」
「ツ、ツバキちゃん?」
「ああ。気にしないでください。あのインケンが先走ってドア開けてなければ今頃は元気だったかもしれないということで――」
陸島に全責任があると言いたかったその時、彼女は不意に顔を伏せた。
「う……」
「どうしたの!?大丈夫!?」
苦しみだした流山に反応し、直ぐに近くにいた治療に長けた魔女が駆けつけた。
その魔女は流山に治療の魔術をかけてベッドに横に寝かせる。ベッドで眠る彼女はすやすやと寝息を立てていた。
(大丈夫かな……)
しばらく彼女の顔を見つめていた。
普段から一緒にいる親友の顔はその時は穏やかに眠っていた。いつも笑って過ごし、辛いときには手を差し伸べ、自分に危機が迫った時は助けてくれる。そんな優しい親友の顔が苦しみに満ちた時、相原は胸の奥のざわめきを隠せずにいた。
「あの……ツバキちゃんの具合はどうなってるんですか?」
近くにいた治療の魔術を振るう魔女、黒田に容態を伺う。
「そうねえ。脳と言うか精神の方、浅くないところに傷がついているのかしら。それが膿になって、そこから出た悪意が彼女を襲ってるという状態ね。魔眼の仕業だと思う。そのせいで体調不良と精神攻撃を受けてるみたい」
「それは……良くなるんですか?治るんですよね!?」
不安で声が大きくなる相原に治療の魔女は優しい声で答える。
「勿論よ。少し時間はかかるけど絶対に治して見せるから。時折でいいから見舞いに来てね。それと……死んじゃだめよ?」
「はい」
魔女の言葉を胸に刻み、相原はベッドから離れようとした。
その時だった。
「……シオンちゃん?行くのですか?」




