27-4
「誰だ?」
警戒して後ろを振り向く。
そこにはフードを被った一人の魔女がいた。陸島から見てその者の顔は少し隠れていたが、布塚くらいの年に見えていた。概ね二十後半だろうと推察する。
「お前がここのボスか?」
陸島は刀を構える。
向けられる刃に魔女は不敵に笑って返す。
「そんなところね。時に貴方、鉄の魔術が使えるウォーロックかしら?」
「だったらなんだ?」
「……ほんと!?大当たりじゃない!!」
魔女はぱあっと輝いて笑った。
「ねえ、組織に来ない!?待遇超いいから!」
「断る。死ね」
無邪気に笑って放たれた勧誘の言葉に対し、勢いよく陸島は踏み込み切りを放つ。
だが血しぶきは上がらず、魔女はそこにいなかった。
「何……?!」
「ふふふ……残念でした」
黒い泥のようなもので構成された大きな人の手の形をしたものに包まれて、魔女は陸島の後ろに笑って立っていた。
「私を斬ってごらんなさい。坊や」
「……上等だ!!」
煽る笑みに刃を再度構え、怒りを向ける。
陸島にとって最初の、組織の魔女との戦いが始まった。
「おらぁっ!!」
走り出して、勢いよく刃を振るう。
しかしそれは当たることはない。
「残念でし――」
魔女が笑ったその瞬間、彼女の足元より練り上げられた土によって形成された細長い槍が姿を見せる。
それに気づいた魔女は先ほどの黒い手による回避をせず、足による回避を行った。
「ぐ……!」
間一髪で魔女に槍が命中することはなかった。
槍はそのまま廊下の天井に勢いよく深く刺さる。
「どうした?お得意の魔術で回避しないのか?」
陸島はにやりと笑った。
その笑みにフードの魔女は何かを察する。
「あら、ごめんなさいね」
魔女は表情を張り付けたかのように振る舞う。
焦る内面を悟られないように。
(油断したわね。まさか物理的な攻撃と同時に魔術を展開していたなんて。この子、情報通りなら魔術師になって日が浅いんでしょ?怖いわねえ)
「随分と組織らしい魔術だな」
「へえ?ドグマを見たのはこれが初めてじゃないの?」
「ドグマ?」
魔女のドグマと言う言葉に陸島は首を捻る。
ドグマ。それはすべての魔術師が持つと言われる独自の魔術。四つのエレメントからなる四大属性の魔法とは違い、個々に宿るという魔術。魔術師にとってそれは他者を戦いにおいて、研究に置いて大きく差を開く可能性を秘めたる魔術なのだ。
「その様子だと初めてみたいね」
フードの魔女は陸島の対応で察した。
ちなみに陸島は気づいていないが、玉之江島でドグマに該当する魔術を見ている。それは流山椿の持つ忍術。この忍術と言うのは流山がいる一族にのみ使える。
不思議な話ではあるが忍術と言うのは魔女機関では魔術にカテゴライズされるもので、曰く手で結ばれる印で超常の技を繰り出すというのが忍術という魔術。と言う風に魔女機関は認識している。
「ふん。だったらなんだ?」
「さあね。続けましょうか?」
魔女は大きな黒い手に握られて、再び姿を消した。
陸島は直ぐに辺りを警戒する。
(どこだ……どこから来る?)
陸島は意識を集中し、魔力の流れを探る。
周囲に流れる空気に混じって存在するであろう敵の魔力を彼はあぶりだそうとしていた。
(前……後ろ……左右……!)
体を左に向け、バックステップ一回。
そして刀を地面に突き刺す。
「そこか!!」
廊下の床に音を立てて魔力が広がる。
すぐに敵が姿を地面から見せた。魔女の手には熱く燃える炎が浮かんでいる。
「しまっ――」
「遅いわ!」
魔女は出現と同時に魔術を発動した。
黒い手による魔術ではないもう一つ彼女が持つ炎の魔術。その手より勢いよく大きな炎が発射された。
「くそ。こんなものっ!」
陸島はそれを介したくてもできなかった。
なぜなら病院の廊下の幅いっぱいに炎球は大きかった。炎は陸島にイノシシの突進のように命中した。
「あら?あらあら?もしかしてやっちゃった?」
炎が消えてその先を魔女は見る。
陸島は地面に倒れていた。炎に焼かれてはいなかった。
「これは……止めようとしたわね」
彼のその手に握られていた十手を見た。
そこから魔女は魔力をぶつけて抑えたものだと推察する。
「にしても十手って……渋いわねえ」
魔女から見て動く気配のない彼を逃げられないようにするためにまず黒い手で掴む。
(捕まえた。さて、後はこの子を――)
後の手順を考える中で陸島は魔女を睨んでいた。
「え、うそ!?」
陸島は同時に全身から魔力を吹き起こす。
「やるじゃねえか……なら使ってやるよ」
困惑する魔女はとっさに後ろに下がる。
だがその時、魔女の体が彼女の意志に反して震えた。
――今のは!?
その震えが戦いの場に身を置いている彼女に恐怖だとわかると、杖を構えて陸島に真剣な表情で向き合う。
陸島のその手には黒いオーラが纏っていた。
「何……なによそれ!?」
「これか?お前が見たがっていたものだよ!」
黒いオーラに澱んだ赤い色が染み込む。
そしてそれは蛇のようにまとまると魔女目掛けて飛んだ。その魔力の流れはただ軽く、風のように突っ込む。
(まずい。回避……あ、手が!)
魔女の持つドグマで出せる黒い手は一つだけだった。
陸島を持つ手がまだそこにあったのだ。
「今度は俺の番だ」
回避しようとした魔女をものともせず捕えた。
「ぐう……なによこれ――」
何かを認知するよりも前に魔女は腹部に違和感を覚えた。
よく見れば長い槍が突き刺さっていた。
――え?
ぽたぽたと血が流れる。
前を向く。甲冑を着た兵隊が彼女を貫いていた。
「魔女め!消え失せろ!!」
さらにもう一発が彼女に刺さる。
「ああああああっ!!」
理解が追い付かなかった。
そして次に彼女は腕を切り落とされていた。
(え?ええ!?)
前を見る。
「失せろ悪党!!」
今度は見知らぬ和服の男が刀を持って彼女を斬っていたのだ。
――何!?なんなのよコレは!!
必死に後ろに下がる。
その時、魔女は病院にいた。
「う……ぐう」
痛みに耐えかね、魔女はひざを折った。
目の前で陸島が笑っていた。
「効いたようだな。鉄の魔術は」
鉄の魔術。
それは鉄を自在に操り、剣や槍などの武器を出現させるほかに刃を高速で射出し相手を倒すことができるとされる魔術。
それが本来の形とされる。大昔には炎、風、水、地の四つと並んで基本的な属性魔術の一つとされてきた。
だが人の歴史が、人の意思が鉄の魔術を変質させた。
鉄より生まれた幾千の武器が幾万の命を葬り、その鉄に血をしみこませていった。数多の命を歴史の歩みと共に啜っていった鉄はやがて人の憎悪を、怒りを、嘆きを、悲しみを一番にその身に刻んでいった。やがて鉄の魔術は変貌した。それを振るうものに災いと呪いをもたらす闇の魔術に変貌していったのだ。
――鉄の魔術は魔術は呪われている。振るうもの全てに人の憎悪より生まれた狂気を流すから。そして使用者はおかしくなって死ぬのだ
そんな風に言う者もいた。
(く……くそ!なんて魔術なの!?)
フードの魔女はそれを知っていたが実際に触れたのはこれが初めてだった。
(あんなものを立て続けに食らったら狂って死ぬ!!間違いない!)
「どうした?怖いか?組織の魔女さんよ!」
煽り笑う陸島の顔に血を流してもいないのに肩で息をする魔女は今まで見た人間の中で最も恐ろしいものを見た。
(落ち着け……相手はまだこれを使って間もないはず。何か手はあるはずよ!)
魔女は杖を構え陸島に、目の前の狂気振るいを睨む。
「ごめんなさいね。貴方を生け捕りにするって言ったけど最悪でなくても殺すわ」
「お、いいねえ。じゃあ俺も遠慮なく潰すわ」




