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「そ、そういうものなのかな……?」
鼠川は並べられた品々と彼の体格を見比べた。
アスリートの一部には信じられないくらいのカロリーを摂取する人たちがいる。下手をすれば常人の数倍のカロリーを誇る者たちだ。ただ食べればいいわけではないが、それを差し引いたとしても食事の量が多いケースがある。橘樹隼人は体を鍛えだした日を境にその食事量を増やした。食事を多めに取って日々生活をするというのは案外難しいことであるが、隼人の場合はすんなりと上手くいった。そして日々の鍛錬にかけ合わせた結果、今日の丈夫な肉体を形成するに至っている。
「見るだけでお腹一杯になりますね……」
「ああ、それ義兄さんにも言われましたよ」
引き攣った表情の流山を笑いながら隼人は食事を口に豪快に運ぶ。
嫌いな陸島と同じ感想だったのが気に食わなかったのか流山は顔をしかめた。
「親父には『お前、相撲取りにでもなる気か?』って笑いながら突っ込まれましたね。相撲取りがこの程度で慣れる者なら僕はとっくに力士だってのに」
「……いや、多分同じかそれ以上食べてるぜ君。相撲やってる人は運動も大事だが極力脂肪を付けるために色々やってるって聞くぜ」
「そうなんですか?」
鴉田の意見に隼人は目を見開いていた。
当の意見した鴉田は外崎の方を向いて『俺、なんか間違ってた?』と目で訴えていた。外崎はそれをスルーした。
「というわけで流山さん、このくらいの量を毎日食べれば体がもっと成長しますよ!」
「できるかー!!」
流山の突っ込みはもっともであった。
皆さんも食事量には気を付けましょう。
「はあ……シオンちゃんはちゃんと向こうでご飯食べてるかなあ」
隼人が食事を七割ほど進めた最中、流山は親友の心配をしていた。
余談ではあるが、後ほど来る燦央院と蛇島の二人もここにいた四人と同様に隼人の食事量に驚愕と衝撃を受けたのは言うまでもない。
時刻が日を跨ごうとする時間に迫っていた頃、陸島は一階のリビングで読書をしていた。
木下はすでにこの家を離れ、別の場所に向かっていた。
「何を読んでるの?」
青いブックカバーのついた本は表紙を隠しており、外からでは本の詳細がわからなかった。
「……殿間号」
「しん……がり?」
「昔から話題の推理小説書いてる人」
ページをめくりながら陸島は返答する。
相原は少し考えて、何かを思い出した。
「ひょっとして『仮面三郎の夜』とか?」
「ああ、それだ」
陸島は無表情で返答を続ける。
相原は冷たいとも見て取れる彼の返答を気にせず、彼の隣に座った。
「……なんだ?何か用か?」
「ううん。気になったの。陸島君、よく本を読んでるって三田川さんが言ってたから。ゲームとか動画とか見ないのかなって」
「興味ない」
「そうなの?」
「こっちの方が良い。あいつらにも勧められたからな」
――坊ちゃん。本は良いっすよ。小説とか。びっしりと情報が詰まっててね。楽しい悲しい面白いがぎゅーっとね、あるんすよ。今度おすすめの本を渡しますから。あ、言っておきますけどやらしいのは渡しませんよ?羽田に何言われるかわかったもんじゃないんで
ふと陸島の脳裏で、昔の記憶がよみがえる。
爪島に勧められた読書。その時渡された本は今も橘樹邸にある陸島の部屋に大切に保存されている。
「そっか……思い出があるんだね」
「……ああ」
ページを捲りながら陸島は答えた。
「……ねえ、もしもだよ。私が戦いに、任務に行くって言ったらどうする?」
「力づくで止める」
雷に打たれたかのような即答だった。
当意即妙というには少し違うかもしれないがその素早い返しに相原は頬を膨らませる。
「どうして?」
「邪魔」
「……いじわる」
「事実だ」
「事実って……そんなに私が傷つくのが嫌?」
「そうだな。あいつらに何言われるかわかったもんじゃない」
「……私が心配とかじゃなくて?」
「ああ。俺のためだ」
姿勢が揺らぐことなく、陸島は返す。
相原は寝耳に水が入ったかのような顔を浮かべた。
「だからじっとしてろ。代わりにお前の父を殺した奴の首は持ってきてやるから――」
「いい加減にして!」
陸島の体が震えるくらいの声で相原は叫んだ。
その声に陸島は顔をしかめる。
「なんだ一体――」
「なんだじゃない!!」
陸島が次に相原の顔を見たとき、彼女の顔は真っ赤でその目には涙を浮かべていた。
「そうやってなんでも一人でこなす気なの!?私の事を置き去りにして!!」
「それがどうした」
「嫌なの!!」
ソファーに彼女の目から涙がこぼれ、跡を残す。
「お父さんみたいに、お母さんみたいにいなくならないで……お願い……」
ソファーに涙の跡が増える中、陸島はしかめた顔を崩さなかった。
(ったく。またこれか。病院の時もそうだったが、こいつ思ったより強情だな。どうやって引き離すか――)
何か策を考えていたその時だった。
相原が自分に向かって飛び込んできたのは。
「な――」
胸部付近に相原は顔をうずめ、両腕を陸島に向けてぎゅっと回してそのまま動こうとしなかった。
咄嗟の出来事に陸島は固まり、手に持っていた本は床に落ちる。
「おい……何してんだ」
「約束して。連れて行って。死なないって言って」
「……めちゃくちゃだよお前」
「そんなことないもん」
相原は顔を上げた。
今までで一番に陸島の顔が見えていた。
「……あ、ひょっとして豊野義さんの方が良いの?スタイルの良い豊野義さんの方が」
「それはない。あの女、腹立つ」
「……じゃあ私を連れてって。私を選んで」
「あのな、腕がちぎれて足がもげて顔を裂かれるのが当たり前の場所に何でお前を――」
自分が持つ戦場の見解を並べていると相原の赤く染まった顔がさらに詰め寄ってきていた。しかしあるところを境に彼女は止まった。
「……私がいや?」
「お前な……」
さすがに詰め寄られすぎたのか、陸島も否応なしに感じられずにいたものがあった。心音だった。
(魔女ってのはこんなんばかりか。あのむかつく女といい……。あれ?ちょっと待てこいつ――)
接近が再開した。
相原は既に目を閉じていた。
「待て。おい――」
その時だった。
着信音が周囲に響いたのは。
「ふえ!?」
相原はそれは予測できなかったのか、思わず驚いて陸島から勢いよく離れる。
音は陸島のジャージのポケットから響いていた。
「何だ……木下からか?」
電話の相手を確認して通話を開始する。
「もしもし?」
「ああ、鉄明さんですか。今大丈夫ですか?」
「なんだ?何があった?」
「先ほど連絡がありましてね。どうやら、『青釜』が壊滅したようです」
「青釜……どこだそれ?」
「ええっと……上本さんとかご存じでないですか?相原さんは近くにいます?」
「いるが……どういうことだ?壊滅って?」
スマートフォンの画面に触れ、スピーカーの機能をオンにすると木下の声が周囲に響く。
近くにいた相原にも聞こえるようにする。彼女の表情は完全に落ち着きを取り戻していなかったが、陸島の真剣な顔つきで何かを察してはいた。
「青釜に属していた者たちですが恐らく皆殺しです。伝えられた現場の状況から見て、生存者はいません。組織の犯行と思われます」
「何……?」
「え……!?」
木下の報告に二人は驚く。
そして二人はついに組織の闇と相まみえることになる。陸島の眉間にしわを、相原の顔色を青くさせたその知らせは二人に夜よりも深い恐怖と狂気の波が広げていた。




