26-3
「ご両親を……ですか?」
流山はその言葉に思わず驚く。
「はい。気が付けば見知らぬ人たちが家に来て、俺の祖父にあたる人のいる場所に来てほしいって言ってきたんです。当時の自分はまだ小学一年生で仕事はおろか、衣食住もままならない年でした」
「お、おう……」
言葉の端々から伝わる重さと硬さに蛇島は思わず声が出た。
目の前にいる男は本当に年下なのかと。
「家族と住んでいた家を離れなきゃならない。それが嫌で僕は泣いてましたよ。思い入れのある場所なんです。両親がいなくてもあの場所だけが救いだったんだなって今ならわかります。それでも離れる必要があった。それが嫌でここに来るのを拒んだんです」
「……確かにいきなりここに来て暮らせって言われたら私でも嫌ですわね。設備がいくら充実しているとしても」
「はい。そんな時に義兄さんが親父さんに言ったんです。無理にここに住まわせる必要はないんじゃないかって。それからしばらくして僕はあの家に住んで良いって言われたんです。ここから二人の部下をつけてもらって」
「なるほど。そんな事が……」
蛇島は納得した。
彼の話を聞き終えて。話を終えたときの隼人の表情が安らいでいるのを見て。
「うれしかったですよ本当に。まだここで暮らせるんだって。友達と別れなくていいって。でもそれからしばらくの事です。義兄さんの仲の良かった部下が三人亡くなったのは」
ぎゅっと拳を握って隼人は震えていた。
「貸しを作ったままで終わるのは嫌です。この恩を返すには義兄さんの手伝いをする以外にないと。それから偶にトレーニングに参加して……あとは色々やってました」
「あの、そこなんですがね」
隼人の説明の中で流山は質問をここで投げた。
「……そのガタイの良さはどうなってるんです?」
「ああ、そりゃあ毎日鍛えてましたから。朝昼晩にトレーニングを欠かさずにいましたからね。義兄さんも同じですよ」
「いやそれでもおかしいですよ」
低い声で流山はツッコミを入れる。
「何でそんなに背が高いんですか?秘訣を教えてくださいよ!」
――ああ、そこが欲しいのですね流山さん
燦央院は首を縦に振った。
彼女もこのガタイの良さはおかしいと思っていた。
「え?ああえっと……睡眠とか?」
「私だって寝てますよ!一日十時間を目指して!!」
「十時間!?それは寝すぎじゃないかね?八時間くらいで――」
「黙れ男子」
「男子!?」
思わぬツッコミのワードに蛇島はぎょっとする。
「あとは……食事とか?」
「むむむ……せっかくなので鼠川君と一緒にちょっと付き添ってもらいますよ?」
「え?ああまあいいですよ。何か参考になれば」
ちょっと困惑したが流山の提案に隼人は同意した。
果たして鉄人の肉体の謎は解けるのか?
(さて、これはどこに置くんだか)
一方、陸島は階段を下りて一階の廊下にいた。
(あのバカ、どこだ?)
リビングのドアが開いていたのでその場所に足を向ける。
その先で陸島の目には仏壇とその前で座っている相原の姿があった。
(あれは……)
陸島はその光景を見て一度身を隠した。
反射的だった。
「……お母さん。お父さんが帰ってきたよ。ずっといなくなったままのお父さんが」
仏壇のお鈴を鳴らし、昇る線香の前で彼女は両手を合わせる。
「お父さん。お帰りなさい」
優しい声で娘は父の帰りを迎える。
仏壇の近くには、新しい父の遺影が備えらていた。
「この家を出て色々あったよ。親友ができたり、楽しい出来事があったり。それにね、ウォーロックっていう珍しい人たちに出会ったの。同級生でね、一人は……私のパートナーなの。あまりお話はできてないけど」
仏壇の前で娘は話をにこやかに続ける。
「その……何かわけがあったみたいでね。最初はあまり話をしてくれなかったの。逆奈義家とも揉め事起こしちゃって。おまけにまだ魔術師として成り立てなのに親友のツバキちゃんと決闘をしちゃって……勝っちゃって。私、驚いてばかりでなにもできなかった。声をかけて何かできないかと思ったけどだめだったの」
母に語る娘の表情は暗かった。
「私、何度か話しかけようとした。でもその子は私に振り向いてくれなかった。力を求めてばかりで。後で聞いたの。大事な人達を亡くして復讐を望んでいるって。だから私にも誰にでも冷たかった。でもね、驚いたことがあったの。その子、お父さんに会ってたの。しかもさっき言った亡くしたっていう大事な人達の中にお父さんがいて、長い間お父さんが面倒を見てたみたい」
娘は母の遺影から父の遺影に視線を向ける。
「お父さんもお母さんに後で説明してね。お母さん、ずーっと心配してたの。ずっとお父さんの事、待ってたの」
声に詰まった感じが聞こえ始める。
しずくのつき始めたスカートを気にせず、娘は話を続ける。
「それで私ね。決めたの。陸島君についていくって。誰かが目の前からいなくなるのが嫌なの。死んでほしくない。だから私も彼の復讐に、犯人捜しに協力する。それで陸島君を解放する。私から見れば、陸島君も大事な人の一人だから。ずっと一緒にいればいつか認めてくれるよね?」
仏壇に飾られた写真の母は何かをしゃべることはない。
それでもその写真の母はにこやかに笑っている。
「だから……私たちを見守っててね。お母さん。お父さん」
溢れる涙を拭い、真っ赤な目で仏壇をじっと見続ける。
娘は両手を握って両親に自分の行く道を見守ってほしいと伝えた。
「私、実はね――」
あることを伝えようとしたその時、相原は後ろを振り向いた。
人の気配がしたからだ。
「あれ……?」
すっと立ち上がって、相原はリビングから廊下に出る。
そこには人の姿はなく、床には掃除用具一式が入ったバケツが置かれていた。
(これ……陸島君に渡していた分だよね?)
それを見て、再度あたり見渡す。
歩き出して一階を探すが彼の姿はどこにもなかった。
「……どこいったの?二階?」
ぐるぐると見渡しながら玄関前に向かうとそこで靴がワンセット足りていないことに気づく。自分の履いてきた分。木下の履いていたビジネスブーツ。足りていないのは陸島の分だと気づくと彼女は急ぎ靴を履いて外に出た。
「陸島君?」
ドアを開き、歩いた先の道路の近くに彼はいた。
遠くを見ていた。
「……なんだ一体」
「え?ああえっと。ひょっとして終わったの?」
「ああ。終わったよ。帰れないか親父や部下に相談したが今日はここにいろってさ。ったく……」
不機嫌な表情でいる陸島に相原は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ごめんね……私」
道路に一滴の雫が落ちる。
相原の瞳から落ちた涙だった。
「やっと……見つけたから。お父さんを……二人とも帰ってこれたから。手遅れになる前にどうしても帰ってきてほしくてそれで――」
「ああわかった。もういい。一日過ぎたら何が何でも俺は帰る。いいな?」
「……うん」
先に家の方に向かって歩き出した陸島の後を慌ててついていこうとしたその時だった。涙を拭っていたせいなのか、彼女の足はもつれた。
「あっ……!」
転ぶその体は地面にぶつかることはなかった。
陸島が間一髪、彼女の体を支えたのだ。
「……頼むから前向いて歩け」
「……ごめん」
体勢が戻り、陸島が先に家のドアを開いて入る。
(あれ?)
そこで相原は気づいた。
(今ひょっとして……私を気遣ってくれたの?病院の時もそうだったけど……)
優しさを感じ始めた。
その優しさに相原は前に進んだ感じを覚え、にこやかに笑う。
(……後についていくからね。何があっても)
相原紫苑を動かすのは二つの感情。
一つ目にかの場所にて耳にした父の無念、二つ目にパートナーより溢れる深い憎悪。
その二つを晴らすために彼女は決断した。父を殺した者を、陸島鉄明を苦しめる犯人を捕まえると。
(……大丈夫。何かあっても陸島君より先に私が――)
ぎゅっと手を握って、彼女は家の中に戻った。
その表情は神妙な顔つきだった。外は既にオレンジの空が広がっていた。




