26-2
「じゃあこうなっている可能性はどうなんですか!?」
迫真の表情で流山は鼠川に迫る。
ここから流山の妄想が始まる。
ほわんほわんほわんほわ~ん。
「で?今日は掃除と手伝いだけか?」
ソファーの上で座る陸島が厳しい目を向ける。
誰もが寝静まった深夜、陸島と相原は相原家のリビングにいた。
家内には他の人の気配はなく、二人以外の声が響くことはない。
「そ、それはね……えっと――」
「こういうことだろ?」
何かを説明しようとした矢先、陸島は相原の手を握った。
「きゃっ――」
そして勢いよく体を動かす。
彼女を下に、自分を上にして。ソファーの上で押し倒される相原はそれに気づくと一瞬でその表情を沸騰したかのように紅潮させた。
「あ……ま……まって――」
「駄目だ」
迫る陸島の顔に思わず目を閉じる。
彼の右手が相原の肩を優しく掴む。
「ん……」
陸島からの慣れないアピールに思わず声を漏らす。
彼のもう片方の手はそっと相原のブラウスに手を伸ばし始め――
「だ、だめ……っ!」
「ってこんなんなってるかもしれないじゃないですか!?」
「そうかなあ……」
――というか流山さん、結構スケベ?
流山の熱い妄想から得た鼠川の感想はそんな所である。
そんな誤解が広げられているにもかかわらず、陸島と相原は相原がかつて住んでいた一軒家の前にいた。
「それじゃあ掃除用具は一通り揃ってるんですね?」
「はい。大丈夫です」
車を降りながら木下は相原に確認を取る。
陸島はその家を見上げていた。
(……ここが牙谷が帰りたかった場所か)
世話になった人がただ目指した一つの家を。
外観は壁が白く、四角い一軒家で屋根は黒くモダンな雰囲気を漂わせる場所。周囲の家からかけ離れたデザインというわけではないが、陸島はそこが牙谷の帰りたかった家という場所であると認知していたため、どこか特別に見えていた。
家を見る陸島の表情は寂しそうだった。
(上がるぞ。牙谷)
この後の予定としては木下は一階の風呂やトイレなど水回り関連の部屋を。
相原はリビングと廊下。陸島は今日泊まる自分の部屋を掃除することに決まった。流石に一日じゃ終わらないだろうということから家内の六割ほどにして、残りは後日に来る相原の親戚に任せることにしたのだ。
「それじゃ鉄明さんは二階の奥の部屋ですね。お願いします」
「ああ」
掃除用具を受け取って陸島は二階に上がる。
木製の階段を上り、左に曲がった先にその部屋はあった。
ドアを開き、明かりをつける。
(ここか)
照らされた室内には黒の作業机にベッドが一つ。
そして着替えなどを収納する低い箪笥の上には埃にまみれて数点の写真立てが伏せられて置かれていた。
(さて、まずは――)
窓を開き、マスクを着けた陸島はバケツに入った数点の掃除用具を取り出し、掃除を開始する。埃の覆いが消えるのにさほど時間はかからなかった。
約三十分後。陸島は部屋の中をくまなく掃除し、掃除機をかけ始める。
「さて、こんなものか?」
先ほど入ったときに比べて、ほこりなどは大分なくなり、マスクを外して一呼吸をする。煙たさはなく、寝るには十分奇麗な部屋になっていた。
(そういえば……この写真――)
先ほど陸島が掃除するにあたって伏せたままの写真立ての群れは周囲の埃を拭くのに夢中でその中身を見ていなかった。下からはまだ掃除機の音が響いており、陸島は先に終わっていたこともあってかその写真に目を向けた。
「これ……は……」
そこに写っていたのは相原夫妻と幼き日の相原紫苑の姿。
写真の中にいた相原健吾こと牙谷を陸島はじっと見ていた。
(オールバックではないな。身を隠すためにそうしたのか?)
最初に目が入った牙谷の髪に陸島は目を細めた。
家族一同笑っているその写真を置き、続いてほかの写真を見る。
他にあったのは夫妻がこの家に来た時と思われる記念写真、相原紫苑が生まれたときの写真、そして彼女がこの家に来た時の写真。さらに幼稚園に入ったときの写真があった。左から右に並んでいたその群れには入園式を最後に途切れていた。
(ああ、ここであいつは『牙谷』になったってことか)
「どうです?牙谷の部屋を掃除してみて。何か感じ取れましたか?」
「……気配なく後ろに立つんじゃねえよ」
いつの間にかいた木下の姿に陸島は大きくため息を吐く。
「ああすみません。写真、じっと見ていたので。邪魔しては悪いかと」
「そこまで食い入るようには見てねえよ」
そっと写真を置き、木下の方を不機嫌そうな顔つきで見る。
「……正直言えば私も悪い気がしてますよ」
「あ?」
「あの日、私もいれば良かったのではと思ってるんです」
窓の方へ歩き、郷愁の表情で木下は窓ガラスに触れる。
「親父さんには止められたんですがね。家族として最後の旅行だからと。警戒はしている気ではあったんですよ。でも家族として見れば私は違う。心配しすぎだと言われて私は身を引きました」
「そんな裏話をなぜ俺に?」
「わかりません。あの時の鉄明さん、ひどく苦しんでいたので」
「そうかい」
掃除用具を片し、辺りを見渡して問題ないことを確認すると陸島はその部屋を出た。
一人残った木下は一枚の写真の中にいる牙谷に目を向けた。
「……すみませんね。彼は未だに闇の中にいます。だけど必ずそこから引っ張り出しますからね」
「え?あの二人が心配ですの?」
「はい。何か嫌な予感がして……」
その頃、橘樹邸のトレーニングルームにて。
他の竹月組の人たちが懸命に汗を流す中、流山は休憩中の燦央院に声をかけた。燦央院は現在トレーニングウェアを身にまとって器具と向き合って体を鍛えていた。
「燦央院さんは心配になりませんか?その、貞操というか」
「……まあ心配なのはわかりますがあの男もそこまでけだものじゃないでしょう。それにあの男はそもそも相原さんを嫌っています」
「でも恩人の娘とか言われてますよ?何か手違いで――」
「落ち着きなさいな」
燦央院がそっと流山の頭を撫でる。
髪に優しく触れるその手に流山は思わず声が漏れる。
「あの男もTPOは弁えてます。亡くなった父と母が揃う日にそんなことあり得ます?」
「……むう」
「そういう事です。さ、貴方もトレーニング如何です?着替えなら貸し出ししてますわよ?」
「ああ、それがいい。流山さん」
二人に近づいてきたのは蛇島。
彼もまたトレーニングウェアを身にまとってトレーニングに励んでいたのだ。
「いらぬ心配、杞憂というという言葉もある。万が一があったとしても相原さんもただでは転ばないはずだろ?」
「まあ……そうですが」
「あ、皆さんお疲れ様です!」
さらにその場に来たのは橘樹隼人。
蛇島よりも一回り大きなトレーニングウェアを着て汗だくの彼からは確かなプレッシャーが三人の前に溢れていた。
流山は先ほどのやり取りで自分より年下であると知らされたが、やはりそうには見えなかった。
「お……おお。ええっと、隼人君でしたっけ?」
「はい!そうですよ!」
「……元気ですね」
「ええ。それくらいしか取り柄がないので」
――いやその体を完成させたのは取り柄になるんじゃ?
そんな疑問が三人の中に渦巻く。
「それにしても君はお兄さんと違って明るいな。あの男ももう少しコミュニケーションができればいいのだが。まあ鴉田ほどうるさいのは勘弁だがな」
「ああ。義兄さんには昔、恩があるので」
「恩?」
蛇島が首を捻る。
蛇島から見て陸島という存在は誰かに何か施しを与えるような性格には見えなかったのだ。
「昔の事なんですがね。俺、交通事故で両親を亡くしたんです」




