26-1 故郷にて
相原紫苑の実家は、牙谷の帰りたい場所は陸島の住んでいた橘樹邸から二時間ほど車で走った先にあった。
近いわけでも遠いわけでもない。そんな所に住んでいた彼女を見て陸島は内心不思議に思っていた。
――下手をすればすれ違いもあった。いや、会いに行けたかもしれなかった。でもそうはならなかった。牙谷が……いや、相原健吾が牙谷を名乗るようになってからどういう思いで俺の近くにいたのか。想像すれば容易にわかることだ
揺れる車の中で助手席で変わる風景を見ながら陸島は自分に親のように振舞ってくれた一人の人間の心の傷を思っていた。それで何かができるわけではなかったが、思わずにはいられなかった。
(それにしても牙谷のヤツ、本当に面倒な頼みを残したよな)
バックミラーに視線を移して後部座席を見る。
後部座席の方には相原紫苑が座っており、顔は俯いていた。膝の上には藤のような紫色の布に包まれた遺骨の入った骨壺を乗せて優しく両手をそれに回していた。
(重くは……ないだろうな)
骨壺の中で眠る恩人は今、その娘の膝の上にいる。
陸島にとってそれは悪いことではなかった。
(護衛って言われても何すればいいんだ?車転がしてればいいわけじゃないのはわかるが……まさか死ぬまで俺に使い走りをやれっていうんじゃ――)
「ああそうだ。鉄明さん、この後ですが」
ふと運転していた木下が陸島に声をかける。
「なんだ?」
「相原さんのお母さんのところに相原健吾さんの遺骨を納めた後なんですがね。相原さんを家まで送ろうと思ってるんです」
「家?」
「ええ。家の掃除をしたいとのことで……」
その時、相原が口を開く。
「はい。お墓にお父さんの骨を納めたら、今度は家の方の掃除をしたいんです。お母さんの遺影とか仏壇とか……お家も掃除したくて」
「……そうか」
陸島はそれに否定はしなかった。
「さっきですが部下に鉄明さんの泊り道具を用意させておきました。今日は相原さんの家で泊っていってください」
「ちょっと待てや」
運転スピードは変わらぬままに、木下から淡々と告げられた内容に陸島は寝耳に水が入ったかのような衝撃を受ける。
「泊りってなんだ?俺は帰って修行を――」
「駄目ですよ。女子を一人にするのは」
「あのな、こいつは魔女で――」
「いいからそうしてください」
車はいつの間にか交差点を抜け、急勾配の道を超えて目的地である相原の母が眠る墓がある墓地にたどり着いていた。
その墓地は共同墓地に比べれば幾分か小さいが、それでも並ぶ墓石の大小は亡くなった人を弔うという意思があるのは確かだった。
(……勝手に話し進められるの嫌なんだよな)
外の照り付ける日差しは竹月組の共同墓地にいたときに比べていくばくか弱くなっていた。
「さ、着きましたよ」
「……あのな。そういう話は事前に俺にするべきなんじゃないか?」
「したとしても鉄明さん、断るでしょ?」
「当たり前だ」
「そう言わないでください。さ、降りてください」
「わかりました」
木下のペースは揺らぐことなく、その合間に相原はお辞儀をして骨壺を抱えて先に進んでいった。残った陸島は木下に目くじらを立てる。
「日帰りじゃないのか?」
「ええ。牙谷にとっても、相原さんのお母さんにとっても、何より相原さん本人にとっても家族がようやく揃ったのです。せめて明日までは一緒にいさせてあげたいのです」
「じゃあ俺いらないだろ」
「そう言わないでくださいよ。相原さんも鉄明さんと私どちらか残った方がいいのか聞いた時に貴方を指名したんですから」
しょんぼりした顔で木下は陸島を見る。
「……あんまりわがまま言うとマジで泣きますよ?鼻水垂らして」
「それは気持ち悪いからマジでやめろ」
渋々了承した陸島は相原の後に続いて、相原の母が眠る墓の方へと歩き出した。その後は待っていた墓の管理をしている係の者と連携して墓に牙谷の遺骨を納め、墓の掃除をし、最後に線香を備えた。
「……よし。これでいいよね?」
奇麗になった両親の墓の周囲に相原は視線を回す。
昇る線香の香り、供えられた花の匂い。磨かれた墓石。そしてその前で三人は祈りを捧げた。
「陸島君。木下さん。ありがとうございます。お母さんもお父さんも絶対に喜んでいると思います」
車までの道、相原は二人にお礼の言葉を述べた。
その表情は穏やかに笑っていた。
「いえいえ。私も貴方のお父さんには本当に世話になったので。ね、鉄明さん?」
「間違ってはないな」
「まったく……小さいときは怖いからって牙谷と一緒に寝てた時もあったのに」
「いつの話だ?」
その手に十手を握って陸島はしかめ面を向ける。
相原は激昂する陸島に思わず慌てふためく。
「ま、待って。そんなつもりで言ったわけじゃ――」
「わかってる。俺はこのまま帰るから家族三人で――」
「いいえ。そういうわけにはいきませんよ」
早歩きになる陸島に瞬時に回り込んで木下が止めに入る。
小声で二人は会話を始める。
「なんだよ。どう考えても俺いらないだろ?」
「確かにそうかもしれません。しかし、牙谷が帰りたかった場所がどういった場所なのか。牙谷がどんな思いをそこに抱いていたのかを見に行くべきですよ。貴方を世話しながら帰りたいと夢見ていた場所を」
「……はあ」
木下の説得は陸島にはその意図がよくわからなかった。
しかし熱意があったので陸島は渋々それを了承した。
「すみません。今日この後ですが私は近くの部下と合流して打ち合わせがありますので」
「打ち合わせ?」
「ええ。どうやら問題が起きたようなので。ですので、鉄明さんは相原さんの家で一晩お過ごしください」
その言葉をできれば自分で聞いてほしいと陸島は思っていた。
若い男女が一つ屋根の下で過ごす。それが恋愛に疎い陸島にとってもどういう意味があるのかある程度はわかっていた。
「ああわかったよ。その代わり早朝に迎えに来てくれ」
髪をかきむしりながら陸島は苛立ってそう言った。
「すみません。お酒飲むので午後になるかと」
「お酒!?」
まさかの飲み会を兼ねた打ち合わせに陸島は突っ込まざるを得なかった。
「むむむむむ……」
流山椿の胸中には不安が駆け巡っていた。
「もしあのインケンが何かシオンちゃんに悪さしたら……どんなお仕置きをしてやろうか……やはりここは王道を行く爪はがしか……」
「あの、そういう惨い話は自分の部屋でしてほしいんだけどな……」
テーブルの向かいに座っていた鼠川が汗を流しながら突っ込む。
そこは橘樹邸の宿舎で鼠川に当てられた部屋、昼過ぎのその時間。橘樹邸の各種設備などの説明を受け終えて明日までは各自自由時間になった時の事。流山は鼠川を誘って橘樹邸を散策する気だったのだ。だがその前に陸島が相原と一緒に出掛けたことに関して気が気でなかったのである。
「淳吾君は心配にならないんですか?」
鼠川の事を名前で呼ぶ流山。
以前、流山は二人きりの時に下の名前で呼び合いたいと提案した。理由は鼠川を名字で呼ぶと噛みそうになるという理由。
「え……ああうん。そうだね」
家族以外に下の名前で呼ばれるのはどうにもくすぐったい感じがあった。
それが返答する際にそことなく出ていたが流山はそれには気づかなかった。
「はあ……木下さんも人が悪いです。いくらアイツがシオンちゃんに興味がないとはいえ、一晩一緒ってどうなんですかね?」
「うーん……。陸島君は自分の事以外に興味を示さないみたいだし、相原さんと何か起きるって気はしないと思うよ?それに万が一何かあったとしても、相原さんなら普通に勝てるんじゃない?」
「ああ、淳吾君は陸島が弱いって言いたいんですね?」
「いやそうじゃなくてね」
思わぬ返しだったのか鼠川は直ぐに否定する。




