25-4
ビジネススーツから出てきたものにしてはスケールがずれている何かに一同は突っ込みをせずにはいられなかった。
スーツのポケットから出てきた学生証は輝いていた。
「まあ確かに中坊には見えんな」
孫の成長に苦笑いを浮かべる龍弦。
その顔には先ほどまでのやり取りの様子は一切なかった。
「あの……どうしてこんなに彼、立派なんです?」
困惑を隠しきれない流山は龍弦に問う。
「うーん……まあ成長期だからじゃないかの?」
「いやいやいや。私たちも絶賛成長期ですよ!?」
「隼人はまあ……お前さんたちとは違って魔術が使えんからの」
「そうだったら私の周りゴリラだらけなんですが?」
ゴリラだらけになるかはともかく、龍弦は隼人の方を向いて一つ指示を出した。
「そうじゃ隼人、全員を泊り場所の宿舎へ案内していけ」
「わかった。それじゃあ皆さん、こちらへ」
隼人の案内で陸島を除いた七人は屋敷を出て宿舎へと向かっていく。
宿舎は五階建てで、一行は二階の個室のドアが並ぶ廊下にいた。
「ここらにある部屋を使ってください。プレートに名前が書いてあるんでそこが割り当てられた部屋です」
ずらりと並ぶ個室の内、自分の名前が書かれてあるプレートが張られているドアに鼠川は手を伸ばした。
「おお……広い」
開いた先で鼠川は荷物を置いて広さを実感する。
八畳の部屋には机にテレビなど、ホテルを思わせるほどの設備の良さがあった。加えて奥の間にはベッドがあり、さらにバスルームに洗濯機もあるその部屋で鼠川は椅子に座って鼠川は一息をつく。
「島にあった部屋もそれなりだったけどこっちも広いなあ」
「だな。一般的なホテルくらいはある」
「……鴉田君、いつの間にこっちに来たの?」
「え?さっきだが?それよかさ、陸島の部屋に遊びに行ってみない?」
「僕、死にたくないよ?」
鼠川から見る陸島のイメージは鬼そのもの。
怖い以外のイメージがない。
「でもよお、気になるじゃん?あいつの部屋にエロ本とかあるんじゃね?とかさ」
「それは鴉田君だけだと思うよ……」
備え付けの電気ポット近くにあった二つの湯呑に茶葉とお湯を入れ、 テーブルの上に置いた。鴉田がそれに礼を言って飲み始める。
「そういや、お昼は何出るんだろうね」
「働いてる人に聞いたけど今日はバイキング形式だそうで」
「豪華だね」
鼠川はふと窓の外を見る。
外から見えた光景は木々生い茂る森がずらりと広がる山。さらに耳をすませば川のせせらぎも届いた。
「……ここが陸島君が生まれ育った場所か」
ぽつりと鼠川が呟き、お茶を一口飲む。
続いて鴉田もだらだらとお茶を口に運び、ぼやいた。
「あー……ひま」
「Wi-Fiあるんでしょ?」
「そうなんだが疲れててさ。なーんにもしたくないの」
「確かにそういうときあるよね。疲れて何もできない時ってさ」
「そうそう。なんだろうねあれ。あの煮詰まったような、なんか変な感覚」
そんな風にだらけていると昼時が来た。
昼食は食堂で各々好きなものを食べ、その味に顔を綻ばせた。
陸島は昼食後、休憩を挟んで橘樹龍弦のいる書斎へと向かった。
「お、来たか」
ドアの開く音に顔を向け、龍弦は椅子から立ち上がる。
龍弦のいる書斎は書斎というには広く、中央に来客者を迎えるテーブルとその両隣にソファーが設置されていた。
「お疲れ様です。鉄明さん」
ソファーの片方には木下が座っていた。
鉄明は木下とは反対側に設置されたソファーに腰掛ける。
「で、なんだ用事って?刀は持ってきたぞ」
陸島の手には刀が握られていた。
その刀はかつて牙谷が持っていた護衛用の刀。
今は本来の持ち主が亡くなり、その刀は陸島の手に渡っている。正確には島を出る際に陸島がその刀を持ち出した。誰にも言わずに。
「よし、それをこっちに渡せ」
「何でだ?」
「牙谷に返す。この場合は相原さんだが」
「……丸腰で戦えと?」
陸島の眉間にしわが寄る。
「そうじゃない。お前用に砥成さんが一本、造っておる。明日には届くからそれを今度から使え。他人の褌で相撲を取るなとまでは言わねえ。だがお前にはその刀、もったいないわ」
「待て。そんな話聞いてない」
「……わし、言っておらんかった?」
「言ってませんね」
木下が冷静に返す。
「まーとにかくだ。刀は返してもらう。まったく勝手に持ち出しおってからに」
「いいじゃないですか。様になってましたし。それに――」
「阿呆。トラブルが起きたらどうすんじゃ!」
「そうですが……逆奈義家以外、特に目立ったこともありませんでしたし」
「それか。鉄明、あれから逆奈義家の方から何かお前にコンタクトや接触などはなかったか?」
「……ねえな」
陸島はしばらく思い返し、四月の一件依頼何もなかったことを思い出す。
「鉄明さん。ひょっとして忘れてません?」
「ねえよ。あったら俺が今ごろ誰かぶちのめしてる」
「……でしょうね」
迷いなき陸島の回答に木下、龍弦ともに顔を見合わせてしょんぼりとする。
「この後はわかってるか?相原さんと――」
「わかってるよ。準備はしとく。いつ出る?」
「三十分後ですかね」
「うむ。それでいい。木下、送迎を頼む」
『畏まりました』と言って立ち上がり、木下は部屋を後にした。
陸島も立ち上がって続いて部屋を後にしようとした時だった。
「鉄明」
龍弦に呼ばれ、陸島は龍弦の方を向く。
「何だよ一体」
「島での出来事は色々……聞いておる。確かにお前は強くなったかもしれん。だがそれでも本土の魔女たちは……組織の魔女は手ごわい。肝に銘じておけ。牙谷たちを、容易く葬った者がその中におるのだからな」
「……ああ」
両者の合間に沈黙が流れる。
牙谷、爪島、羽田。いずれも両者から見れば大事な存在だった。龍弦にしてみれば陸島を見守る心強い若者たち。陸島からすれば家族同然の存在。小さくない彼らの存在が消えたのは両者にとって大きな痛みでもあった。
「もう行っていいぞ」
沈黙を切ったのは龍弦。
陸島はその言葉に押されるように、部屋を出て行った。
「はあ……ったく特別扱いしてるつもりはなかったんだがな」
龍弦は椅子から立ち上がって、テーブル近くに行き、その上に置かれた鞘入りの刀に手を伸ばす。
「鉄明のヤツ、いつの間に持ち出したんだか」
刀を引き抜き、刃の輝きを見る。
部屋の光に照らされて、刃はギラリと反射して見せた。
(ふむ……どうやら手入れはちゃんとしてたらしいな。砥成さんの教えもあったのかもしれんが)
刃から持ち手まで各種部位を見る。
小さな傷は少しはあったが、いずれも気にするほどでもなかった。
(持ち出したときは冷や冷やしたが……でもまあ、いつかは鉄明は何も言わずに持っていく気でいたんじゃろうな)
刀を鞘に納め、自分の机の上に置かれていた一枚の写真に目を向ける。
そこには咲き誇る桜を背景に幼い鉄明と三人の従者、そして龍弦が写っていた。皆、笑っていた。
写真を手に取ってその日を思い返す。龍弦の目には静かに涙が浮かんでいた。涙に気づくとそれを拭って、刀に目を向ける。
(……ありがとよ、牙谷。鉄明を守ってくれて。後はあいつに何としてもお前の頼みを聞かせてやるからな)
「あれ?シオンちゃんはどこに行ったんですか?」
一方その頃、演習場にて。昼休みを過ぎて一同が集まっていた。
その中で流山が相原の不在に気づき、あたりを見渡す。
「道に迷ったとか?ここ、さっき聞いたんだけど裏の方に川とか畑とあるんだって」
鼠川は女中や竹月組の部下に聞いた話を思い出す。
「そーなんですか?広いですねえ」
「ああ、相原さんでしたらさっき義兄さんと出かけましたよ」
「え?!」
近くにいた隼人が伝えると流山は寝耳に水が入ったかのような声を上げた。
あの二人がそろって出かける。それが流山には信じられなかった。




