25-3
「よく来たな、新しい世代を担う魔術師達。ようこそ我らが拠点へ」
奥に座る老人こと橘樹龍弦が歓迎の言葉を述べた。
それでも周囲の気配は重く満ちており、鼠川は自分が何かとんでもない所に連れてかれたのでは錯覚するほどである。
部屋の畳の中央に並べられた八つの座布団。その内の一つに陸島がふてぶてしく座ると、そのまま龍弦と会話を繰り広げる。
「随分の見栄の張ったお迎えだな、親父」
「そりゃあそうじゃろ。若い魔女だけでなくウォーロックも来るとなれば、このくらいの雰囲気にはなる」
「本当に今まで見たことないのか?」
「うむ。記録を見返したがここ百年以上は記録にはなかった。島の方にも問い合わせたさ」
陸島に続き、一行がそれぞれ座布団に座る。
木下はというと、龍弦から向かって左側の方にあった座布団に座っていた。その反対側には若いサングラスをかけた一人の男が座っていた。
(この人も所謂、幹部なのかな?)
鼠川がそんなことを考えていると、龍弦が木下と目を合わせてから一行へと口を開く。
「まずは皆、ここまで来てくれた。儂は橘樹龍弦。この竹月組の頭領を務めておる。ようはリーダーじゃな。君たちとは一回島では会っておるが、ちゃんと説明しておらんかったのでな」
橘樹は深々と頭を下げた。
そして次の説明を始めた。
「さて、お前さん方にはここで二、三週間ほど研修を受けてもらう。内容としては実際に魔女たちが表で何をしているのか?将来設計のための研修だと思ってくれて構わない。実戦もあればデスクワークのような作業もある。何をしたいかは事前に木下から聞いておる。まあほとんどが実戦研修となるやもしれぬが……」
「そのつもりですわ」
燦央院がまっすぐに返す。
龍弦はそんな彼女の態度を見て笑う。
「うむ。燦央院ところの娘は頼もしいの。うちのバカ息子と比べると月とスッポンじゃな」
「す……すっぽん?」
「蛇島。先に言っておくがすっぽんぽんとは関係ないぞ?」
「わかっとるわバカタレ」
蛇島と鴉田のやり取りに両隣の幹部の一部が噴き出した。
それにつられて龍弦も笑う。
「はっはっは。元気があってええの、時久の孫は」
「え?じいちゃん知ってるの?」
「ああ、高校一緒でな」
「マジで!?」
思わぬ情報に鴉田の目は丸くなった。
「じじい。それ関係あるのか今」
「まあええじゃろ別に。こやつ呼んだのわしじゃし」
「……何でこの馬鹿を呼んだ?旧友のよしみか?」
「いや、パトロンになってもらえないかなと。ベルウィンググループに」
「……投資目当てか。馬鹿馬鹿しい」
「そりゃあ聞き捨てならねえぜ陸島さんよ」
鴉田はすっと立ち上がると語り始める。
「いいか?組織や会社ってのに資産ってのは欠かせない。ベルウィンググループは自分でいうのもなんだがでかい会社だ。魔女の秘匿を考えるとあまり大きくは協力できないが、小さくとも元がでかいならこの組織にそれなりの支援が出せる。そうなりゃお前の目的のサポートもできるんだぜ?」
鴉田は熱弁を振るった。
陸島はそれを冷めた目で聞いていた。
「誰が欲しいといった?」
「わしじゃよ。最近、物価高とかで運営とか経営できついところあってな。ほら、卵とか高くないか?」
「知らんわ」
冷たい突っ込みで周囲に苦笑いが走る中でコホンと咳ばらいをして龍弦が話を戻そうとする。
「というわけでだ。お前さん方には明後日から任務の手伝いをしてもらおうと思ってる。なければ演習とかになる。そうしてしばらく、ここで過ごしていくといい。何か実りがあることを祈っとるぞ」
龍弦はにっこりと笑った。
その表情は孫を見守る老人の姿に変わりなかった。
「あ、質問よろしいでしょうか?」
手を挙げたのは燦央院。
「なぜ明後日からなのです?明日ならともかく」
「ああ、それなんじゃが初日と二日目はここの周囲の建物について説明する予定じゃ」
「それいるか?」
陸島のボヤキに龍弦はため息を吐く。
「そりゃあお前に取っちゃ庭みたいなもんじゃが、こやつらには初めての場所じゃからの」
「……そうかい」
陸島は立ち上がるとそのまま部屋の出口に向かおうとする。
「待て、どこに行く?」
龍弦の目つきが鋭くなると同時に周囲に重いプレッシャーが広がる。
それは経験のない鼠川からでもわかっていた。鳥肌が勝手に出来上がっていた。
「どこって自分の部屋だよ。疲れた」
「なら今日から宿舎で寝ていけ。部屋を用意しておる」
「なんで自分の家に戻って自分の部屋で寝れねえんだよ。おかしいだろ」
「そういわずに――」
「結構だ」
陸島が部屋の襖の前に立とうとしたとき、立ち上がった龍弦は即座にその合間に割り入る。
「え?」
瞬間移動とも見て取れるその速さに流山は眼鏡をずり卸して目を丸くした。
「鉄明、おめえそのくらいできねえのか?え?」
一触即発の状況。
周囲に緊張が走る。
「こ、これまずいんじゃ?」
「そ、そーですね……爆弾ですよまるで」
鼠川と流山が小声で震えて会話する。
今にも何か起きそうなその時、一人の男が立ち上がった。
「ああはいはい、そこまで」
その男が座っていたのは龍弦から見て右側の方であり、サングラスをかけたその男は二人の圧に臆することなく近づいた。
背丈はかなり高い方で陸島以上にも見えた。
「いいじゃないか別に。義兄さんだって長旅で疲れてるんでしょ?昔から寝つき悪いときあるんだから。第一、自分の部屋に戻るくらいさ」
「隼人、確かにそうかもしれんが――」
「私もそれでいいと思います」
そう言ったのは相原。
「陸島君、寝つき悪い時があるって聞いてるから。それに久しぶりの実家ですし……」
「むう……まあそこまで言うなら。なら鉄明、昼飯食い終わったら儂の書斎まで来い」
「ああわかったよ」
その時を待っていたかのように襖をがらりと開くと陸島は足早にその部屋を後にした。
残った燦央院達以下学生組は緊張の糸が途切れたかのように大きく息を吐いた。
「あー怖かった……」
鴉田は今のやり取りに冷や汗を流す。
心臓の鼓動がドクドクと響いていた。
「おじいちゃん怖いですって。流山さんべそかいてましたよ?」
「かいてねーですよ、あほの鴉田。というか――」
流山は龍弦の隣にいたサングラスの若い男を見上げた。
顔を見るためとはいえ、その首は高く上がっていた。
「この方、誰です?木下さんみたいな幹部ですか?それにしては周囲の人に比べて若い気がするんですが」
「ああそうか。隼人、自己紹介を」
「はい」
隼人と呼ばれたその者は燦央院達の方を向いて挨拶を始めた。
「自分、橘樹隼人といいます。隣にいる橘樹龍弦の孫で義兄さんこと陸島鉄明とは兄弟に近い関係です。よろしくお願いします」
深々とお辞儀をし、もう一度燦央院達を見る。
サングラスを外すと、確かに若い表情がそこにあった。
「……え?ちょっと待ってくださいよ」
流山はさっきの圧とは違う汗を流していた。
「今……というかさっきも、陸島君の事を義兄さんって言いませんでした?」
「ええ。言いましたよ」
「……あなたが義兄さんではなく?」
「とんでもない。自分の方が年下ですから」
「……いくつ、ですか?」
「今年で十四になります。中学二年生です」
「「……ええーーー!?」」
流山どころか一同が仰天の声を上げた。
(はあ、最近の中学生は発育がすごいんだね)
外崎は規格外の存在を見ている気分だった。
(ええい。最近の中学生は化け物か!?)
鴉田はその大きな体に驚くばかり。
一同から見て、どう見ても目の前にいる男には自分が持つ中学生という気配がなかった。
橘樹隼人、齢十四にして百八十センチオーバー。
そりゃあ声を上げて驚かざるを得ない。
「うそでしょ!?絶対嘘ですって!?こんなでかい中学生いるわけないですよね?鼠川君!?」
「……うん。多分」
「あ、学生証ポケットにありますけど見ます?」
「学生証!?」




