25-2
「あの、そういえば気になってたんですけど」
動き出したバスの中で鼠川が木下に質問を投げる。
バスは今、高速道路に乗ってぐいぐいと目的地へ進んでいた。
「橘樹邸ってどういうところなんです?正直あまり聞かされていないというか……」
「そうですねえ。山の中に建てられた施設とでもいうべきでしょうか?幹部の人たちが集う屋敷に部下たちが住む宿舎。それに彼らが訓練をするための施設もありますよ」
「へえ。そうなんですね」
木下の説明を聞きながら鼠川は想像を膨らませる。
(陸島君が育った家……山の中だから広いんだろうな。後は自然が良く見えてそれで……蛇とか熊とか出るのかな?)
「あ、質問があります!!」
鴉田が勢いよく質問を投げた。
その表情は真剣だった。
「なんでしょうか鴉田さん?」
「……Wi-Fiは繋がりますよね?」
「勿論です」
思わぬ質問に思わず鼠川の肩の力が抜ける。
現代っ子の必需品ことWi-Fi。これがなければ退屈待ったなしだろう。
「あのな、遊びに行くんじゃねえんだよ」
愚痴をこぼす陸島に鴉田は慌てて否定の意見を述べる。
「ちゃうんすよ陸島さん。クラウド上に置いたデータを向こうでいじるために必要なんだって!」
「……ああそうかい」
退屈を極めたようなボヤキで陸島は返す。
「で、具体的などんな場所ですの?」
燦央院の質問に陸島はこう答える。
「どうもこうもねえよ。建物が三つあって、周りを自然やら何やらに囲まれただけの古い場所だ。何人か人がいるがどいつもこいつも、そこまでのもんじゃない」
その答えに燦央院は渋い顔を浮かべ、実際に見て判断することにした。これ以上陸島とやり取りをしても無駄だと思ったからだ。
車はそのまま港を、街を、そして高速道路を抜けていき、さらに街を一つ抜いて山道へと進んでいく。
「もう少しで着きますよ」
途中休憩を挟みながら、時間にして約一時間以上が経過。
すでに車中でいくつかの寝息が聞こえていた。
「皆さんはどうです?」
「寝てるよ。こいつらなら」
助手席で陸島が覗き込むように乗っていた者達を見る。
陸島と木下以外、眠りについていた。
「そうですよね。潜水艦からこっちまでずっと移動ですから」
山道を登る車は整備された道を進んでいく。
ある場所に差し掛かった中で、陸島は突然顔を伏せた。
「……ああ、ここでしたね」
道の途中で二人は顔をゆがめた。
そこは牙谷、羽田、爪島。その三人が殺された場所。
「五年以上経とうとしているのに何でこうも慣れないんだろうな」
「大切な人たち故でしょうね」
その場所を抜けても陸島の顔が晴れることはなかった。
後部座席の方でいつの間にか目を覚ましていた相原はその時のやり取りを偶然にも聞いていた。
(そうか……ここでお父さんが……)
悲しみよりも喪失感に覆われる心に相原は何かを口にすることはできなかった。その場所で散った父の姿を静かに思い返すこと以外、彼女には何もできなかった。
「おい、目的地に着いたぞ」
陸島の声に相原以外の一同は目を覚ます。
「ん……?もー着いたんですか?」
「いや、もう一時間以上も経過してるよツバキちゃん」
口元のよだれを拭いながら、流山椿は目を覚ました。
相原の言葉を確認するかのようにぼやけた目でスマートフォンを開くと確かに港から約一時間以上が経過していた。
「ほへー。だいぶ乗りましたね」
「帰るなら今のうちだぞ」
「けっ、誰が帰ってやるもんですか。ここまで来たなら弱みの一つや二つ――」
「すげっ!なんだこれ!?」
「ああ……すごく立派な門だ」
先に車を外に出ていた鴉田と蛇島の声で流山は釣られる。
その方角のほうに歩いてみれば、そこには見上げるほど高く、車二つ分の広く大きな門が建てられていた。閉ざされた木製の門には月と竹の文様が彫られていた。
「な、なんですこれ?」
「ああ、ここが橘樹邸……竹月組の本拠地ですよ」
後方から木下が説明する。
蛇島は立派な木製の門を見上げた。
「にしては、門がでかすぎませんかね?」
「まあこのくらいの方がいいでしょう。威厳がありますしね。ただ、一般人が寄り付かない仕掛けが施されてますが」
木下曰く、この場所には関係者以外が近寄らない仕掛けがあるという。
(人払いの術を張った割にこの門?昔に何かあったんですかね?)
疑問に思う流山であったが、それは一旦置いて車に置いた自分の荷物を取りに戻る。
荷物を持った鼠川が後ろから姿を見せた。
「流山さん。この門ちょっと大きくない?」
「ええ。でかすぎますよね?人払いしてるとはいえ何でですかね?」
「私も詳しくは存じてませんが大昔から魔女の隠れ蓑として、隠す場所としての機能を詰めてるとかで門を大きくしるそうで。この場所、ずっと昔からあるんですよ。政府が魔女機関を建てるずっと前から……」
鼠川と一緒にその門を見上げていると木下が説明に入る。
「そーだったんですね。確かに機関ができたのって明治政府ができてからって聞いてます。じゃあ魔女たちにとって由緒ある場所なんですか?」
「そうですね。でも政府が魔女機関を建ててからはほとんどの魔女はそっちに行きました。当時のリーダーが国の元にいた方が色々便利だろうって言ってそっちに移したとか」
「そんな事が……」
続く木下の説明に鼠川は長い魔女の歴史の一端を感じた。
「ちなみに門のモチーフは察してる人も多いですが竹取物語ですね。かぐや姫の方がわかりやすいですかね?」
「かぐや姫ですか……」
鼠川はふと思い出したことがあった。
(そういえば僕たちがいた魔女の島って確か玉之江島って名前だよね。もしかして何か関係してるのかな?)
かぐや姫の物語には蓬莱の玉之江という道具が登場する。
実際にあるものではないが、かぐや姫が求婚を受け入れる際に要求した五つの道具の内の一つだ。
「歴史の授業は終わりか?」
陸島が三人に割りいるように入り込む。
「ああ、門でしたら今開けますよ」
「いや隣に小さいほうあるだろ。そこでいいじゃねえか」
陸島は大門の隣にある小さい門を指さす。
「これだけの人数ですから大門の方を開かせていただきますよ」
いつの間にかスマートフォンで内側の者と連絡を済ませていた木下。
そして一行の前でその門は開かれる。
「おお……!」
鼠川はその重みある門の開門に思わず声を漏らす。
響く音に周囲がざわめき、木々に留まっていた鳥たちがバサバサと飛んでいく。
門は開かれ、その内部が明らかになった……その時だった。
「「鉄明さん、お帰りなさいませぇっ!!」」
それ以上の衝撃に一同は思わず驚き、固まった。
中央奥に建てられた屋敷までの石道。その両側に整列して並ぶ黒スーツの者たちが気合を込めて陸島たちの来訪を出迎えたのだ。
「な……なんだいこれ?」
寡黙な外崎も思わずその風景に声に出さずにはいられなかった。
一同は陸島の方を見る。そして陸島は木下の方を見る。
「すみません。これはちょっと聞いてなかったですね」
どんがらがっしゃーん。
思わぬ来訪者への挨拶は木下でも想定外だったようで彼は苦笑いを浮かべていた。
「おそらくは隼人さんかと」
「……あいつか」
陸島は舌を打って、顔を覆っていた。
「木下さん。お疲れ様です!」
門の向こうから一人の黒スーツの男が木下に駆け寄る。
「親父さんが屋敷でお待ちです。皆さんに会いたいと」
「わかりました。では皆さんこちらへ」
木下に案内され、一行は陸島を先頭に進んでいく。
(……ええ?)
石道の上を歩く流山は両隣の風景とそこから感じる圧に困惑を隠せずにいた。左に右と見て、気合の入った者たちを。いずれも中腰で体勢を崩さない者達に彼らは不気味さすら覚えた。
(なーにがのほほんとした連中ですか。どうみても普通じゃないですよこいつら!?)
(……裏社会の者と言われても仕方ないんじゃないか?)
流山と蛇島は汗を流してその合間を抜けていった。
石道の奥に建てられていたのは、木々で建てられた広々とした屋敷。
一行はその屋敷につくと各々荷物を玄関近くに置き、屋敷の中へと進んでいく。
(ふむ。大きさは島にあった家くらいでしょうかね?)
燦央院は案内された和風の屋敷の玄関を見渡してそれくらいだと予想を建てる。
「ほへー……凄いなここ。ここが陸島の家ってことか?」
「そうなりますね」
「どうでもいいだろ今は。親父は?」
陸島が周囲にいた黒服の者に声をかける。
「奥の広間です。隼人さんや幹部もいますよ」
「そうか。そりゃあずいぶん手厚いな」
一行は廊下を歩き、案内された広間の襖の前へ。
開かれた先には両脇に先ほどのような黒服の者。そして奥には一人の老人が座って彼らを待っていた。




