25-1 いざ実地研修へ
「いよいよですわね。蛇島君、準備はよろしくて?」
「ああ、大丈夫だ」
燦央院の問いに蛇島は笑って答えた。
外はまだ朝日がさして間もないころ。それとは関係なしに暗い海の中を進む一隻の潜水艦があった。
「燦央院さん、これから向かう先の橘樹邸……というか竹月組本拠地についてだが、燦央院さんは行ったことはあるのかい?」
「いいえ。これが初めてですわ。山中にあるとは聞いてますが。陸島、どういった場所ですの?」
「……さあな」
向かいに座っていた陸島に問うが、陸島はろくに答えなかった。
その答え方に彼の隣に座っていた相原が困った顔をして、燦央院は呆れた顔を浮かべる。
「まったく……いい加減まともにやりとりしたらどうですの?」
「知らん」
「……はあ」
「それよりもだ」
陸島は通路を挟んで隣の席に座っている二人を見た。
そこにいたのは――
「なんでそいつらがそこにいる?」
「けっ。お前とシオンちゃんを二人っきりにしてたまるかってもんですよ」
流山椿と鼠川淳吾の姿があった。
流山は陸島に不機嫌な表情を向け、鼠川は申し訳なさそうにしていた。
「僕は……えっと、その……研修に興味があって」
「そうか。木下に行って帰りの便が出るまで待機場所を――」
「陸島君」
厄介払いをしようとした陸島を相原がむすっとした遮る。
「せっかく来てもらったんだからお手伝いしてもらいましょ?ね?」
「……いらねえよ」
「もう……。そういえば鴉田君は?」
相原はきょろきょろとあたりを見渡す。
鴉田の姿は潜水艦内にはいなかった。
「さすがに来ないでしょう。というか、三日前に用事か何かで島を出たのでは?」
「ああそうだ。燦央院さんの言う通り、実家の方に行くとかどうとか言ってたな」
蛇島の説明にふとはっとなって相原が陸島に話しかける。
「鴉田君の実家って確か大きいんだよね?ベルウィンググループの関係者って言ってなかった?」
「どうでもいい」
「……しゅん」
終始不機嫌なままの陸島を乗せて、潜水艦はまっすぐに本土へと向かっていく。
新たなる舞台にて彼らを待ち受けるのはいかなる苦難か、喜劇か。
「着いたか」
潜水艦に乗ってから約一時間後、政府が造った隠しドッグから登って外に出ると、まぶしい夏の日差しが陸島たちに照り付ける。陸島たちの後ろには海沿いに設置された倉庫街にある何の変哲もないビルがあり、その中には地下に潜水艦を配備できる隠しドッグがあるのだ。
「ぐぅ……暑いな」
「我慢なさいな。貴方、炎使いなんですから」
トランクに詰められた荷物を引っ張りながら、燦央院は辺りを見渡す。
「おーきたきた!こっちこっち!!」
「……はい?」
蛇島は、というか一行は目を見開いた。
一台のマイクロバスの近くで手を振っていたのは鴉田春一。そしてその隣には自分のパートナーの軽さに呆れる外崎菖蒲の姿があった。
「え?ええ!?なんで二人が!?」
歩み寄る一行の中で鼠川が驚きの声を上げる。
一行の前で一歩前に歩み寄って声を上げる鴉田の顔は笑っていた。
「へへ。話は聞いたぜ陸島さんよ!悪い奴らを懲らしめに行くんだってな?」
「……それが遊びに見える訳か?」
「そんなんじゃねえさ。いつかはそういう日が来るって思ってたからよ。俺らも参加するぜ!」
「待って。ちょっと待って?」
意気揚々の鴉田に置いてけぼりの感覚が胸に残る鼠川は手を挙げる。
「あの……鴉田君、いつそれを知ったの?三日前に島出てなかった?」
「その時に親父さん、要は橘樹さんから連絡があったからな。今日か来週からのどっちで参加できないかと。で、今日を選んだのさ」
「何?親父が?」
陸島は驚き、顔をしかめた。
「ああ、何か俺に用があるみたいでな」
「どういうつもりだ……?」
このうるさい馬鹿に何を依頼するのかを陸島が考え込む横で鼠川は質問を投げる。
「というか荷物とかは?」
「泊りの荷物なら買ったさ。もう車に積んでる。道具類もこっち用にこさえておくから問題ないさ。島の方にある俺の小屋は三田川さんが管理してくれるってさ」
「ええ……」
「さすがボンボン。道具なら履いて捨てるほどあるってか?」
「いやあ、照れますな」
陸島の皮肉たっぷりの言葉に鴉田は笑って帰した。
鼠川は視線を男子二人から外崎に向ける。
「で、外崎さんは?」
「この馬鹿の監視」
「おおう……」
「外崎さんも照れちゃってさ~。ほんとは俺が心配で――」
鴉田の浮ついた言葉に外崎は無言で手持ちの剣を向けた。
冷たい切っ先が鴉田の首にそっと触れる。
「……それ以上話したらコロス」
「ハイ。スミマセンデシタ」
「ははは……」
風の魔術師の二人のやり取りに鼠川は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「皆さんよろしいでしょうか?」
一行に歩み寄ってきたのは中年のスーツの男性。
名前を木下洋平。陸島の後見人の一人にして竹月組の幹部でもある。
「あ、木下さんおはようございます」
「おはようございます、鼠川さん。これから竹月組の本拠地である橘樹邸に向かいます。途中休憩をはさみながら――」
「待てや」
一行の中で怒り気味に陸島が木下の前に足音を大きくして立つ。
「木下、これはどういうことだ?説明しろ!!」
「どうもこうも……私と親父さんが読んだので――」
「ふざけんな!!」
眉一つ動かさないで説明をする木下に、陸島の怒りは更に増す。
「余計なもの入れて何になる!?今すぐこいつらを――」
「鉄明さん」
声を荒げる陸島を優しく諭すように木下は説明を始める。
「確かに説明を欠いたのはこちらのミスです。しかし鉄明さんにとっても悪い話じゃありませんよ?組織とは思ったよりも深く、複雑で不気味なものです。ここでこちらも手札を増やせれば、下の者を増やしておけば中も上の者もそれだけ活動範囲を広げられるのです。貴方の追っている犯人に関しても情報が集いやすくなるはずです」
「そう簡単に上手くいくわけないだろ」
「大丈夫ですよ」
優しい姿勢のまま木下は続ける。
視線を周囲に向けながら。
「ここにいる者たちは私と親父さん、それ以外にも三田川さんといった方々の推薦で集ったのです。他にも数名呼びたいのですが……まあこれだけいれば十分ですよ」
「あのな、犯人捜しは俺だけで――」
「そうはいきませんよ」
首に当てられた冷気を陸島が感じた。
瞬間、彼は木下が持っていた刀の刃を首に充てていたと気づいた。
(な……!?)
「私も彼らの仇を取りたい一人なのですから。いいですよね?」
木下は静かに刀を鞘に納め、車の運転席に向かった。
陸島は額に汗を流しながら、当てられた冷気の跡を追うように首筋をそっと指でなぞった。
――いつの間に抜いたんだ!?
一同は木下の底知れない戦闘センスの一欠けらに触れ、ただ驚いていた。
「さ、皆さん。そろそろ行きましょうか」
「え?ああそうですわね。行きましょう、皆さん」
慌てて周囲に指示を出す燦央院。
じっとしていた陸島は首に当てられた感触を思い返していた。
――裏切者がいる
その疑念が闇の奥底より吹き出ていた。
(まさか……お前じゃないよな?)
彼の視線の先には、皆の荷物を載せる手伝いをしつつ笑っている木下の姿。
(いや、それはないか。仮にそうだとしても親父が見抜けないはずがない。思い過ごしか?)
「陸島」
彼の近くに寄ってきたのは外崎。
その表情は何かを含んでいるわけではなかった。
「悪いけど……しばらく厄介になる」
「……ああ、勝手にしろ」
「悪いね」
外崎がそう言ってバスに乗った後、陸島が最後にバスに乗る。
「それでは出発します」
一行を乗せた車はそのまま橘樹邸へと進んでいく。
外の日差しは既に十分、熱を帯びていた。




