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鉄(クロガネ)ウォーロック  作者: 峰川康人
第二部 邂逅と交戦の時

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24-3

「よし!」


 崩れ落ちる天井に笑う鼠川。


(流山さんと夏休みの合間、勉強した甲斐があった!)


 夏休みに入ってからでも鍛錬は欠かさなかった。その修行の成果の一片が今ここでその姿を見せた。

 天井にひびが入り、両腕から感じる糸の力が緩くなるのを感じると鼠川は一目散に店の入り口へと走り出す。


「逃がさないわよ!!」


 しかしその時、塩野は魔術の糸を握りしめて勢いよく引っ張った。


「うわっ!?」


 その勢いに体がつられ、鼠川はバランスを崩して転倒する。


「ゲヘヘッ!捕まえたわよ!!」


 欲望に歪んだ笑みを見せて塩野は笑う。


 だが――


「ぐえっ――」


 天井の一部が崩れた際にまだ落ちていなかった破片の残りが塩野の頭部に命中。命中した塩野はしばらくふらついてその場に倒れた。


「あ……」


 思わぬ結末に鼠川は固まる。

 気絶した彼女であったが、いまだにその手に糸を握ったままであった。


(うげ……全然離れない)


 鼠川は糸を塩野から離れた位置で引っ張ってみたが、彼女の両手は糸を話そうとしない。このままでは彼女を引っ張って店を出ることになると思った彼はそっと塩野に近づくことにした。


「気絶してるしもう大丈夫だよね?」


 恐る恐る近づく鼠川。

 彼女の手にそっと触れ、その手を糸から離そうとした。


(糸の方はどうしよう……二川さんに頼んで何か糸を切る道具を――)


「ツカマエタ」


「え?」


 一瞬だった。

 鼠川は塩野に覆われるように組み伏せられていた。


「うあっ!?」


「人のお店の天井を壊すなんて……悪い坊やね」


 額から血を流しながら、塩野は舌なめずりをして組み伏せられている鼠川をじっと見る。

 見開いたその目に鼠川は震える。


「あ、ああ……」


「大丈夫よ。ちょっと痛いだけで済ましてあげる。そのあとは思うさま、絞ってあげるわ」


 塩野の欲望全開のその言葉に震えが、恐怖が上り詰めていく。


(ヤバイヤバイ。死ぬ!これ絶対やばいって!!)


 別に鼠川を殺す気はなかったが、それでも鼠川は命の危機を感じ取っていた。


「さて、どんな目にあいたい??」


――ああ、もうだめだ


 危機が頂点に達したその瞬間、鼠川の脳裏に強烈な衝撃が走る。

 物理的な衝撃ではない何かが。


(何!?これは……!?)







 鼠川が貞操の危機に瀕して約十分後。

 塩野の店の中に一人の少女が入る。


「あら?」


 黒く長い髪をポニーテールで纏めたその少女は鎖野芳子。

 陸島と同じクラスにいる女子で今日は店に用があって足を運んできた。薄いグレーのワンピースを身にまとった彼女は店内の中を少し歩いてその違和感に気づく。


「……どうやら、ただ事じゃないわね?」


 店内に並んでいた絵の具やペンなどの品々が床に散乱しているのを見て何かが起きたのを察し、彼女はトートバッグを手に店の奥に入り込む。

 やがて歩いた先で鎖野の足は止まる。


「これは……」


 少し目を見開いた。

 その先では塩野が壁に魔術の糸で縛り上げられ拘束されていたのだ。


「塩野さん?そんな趣味があったのかしら?」


「ち、違うわよ。たまたま美少年がそこにいたから」


「それでどうして自ら拘束を?」


「ち、違うのよ。あの、これ解いてもらってもいい?」


「そうですねえ……あら?」


 隅の方から視線を感じ、鎖野はその方を向く。

 視線の先には棚に隠れて杖を握って震えている鼠川がいた。


「あら?鼠川君じゃない?どうしたの……ってそう言う事ね?」


 怯える彼を見て、鎖野は全て察した。

 鎖野と塩野はこの島で出会ってそれなりの付き合いがある。ちょっとアレな趣味で。


「ど、どっちの味方なの鎖野さん?場合によっては――」


「心配しなくていいわよ鼠川君。私はクラスメイトに味方するから」


「そんな!?せっかくの美少年が!?」


「塩野さん。飢えているからって乱暴はダメですよ?それに彼はウォーロック。私たちよりも数段優れた魔術の担い手なのかもしれないのですから、そうなる可能性も考慮すべきでしょう?」


 優しく笑って獣を諭す鎖野。

 その対応に鼠川は警戒を解いてそっと立ち上がって近づく。


「それで……この危ないお姉さんは何者なの?」


「塩野さんね。私と同じ趣味……っていうとちょっとジャンルが違ったりするからあれかもしれないけど、要は同志よ」


「……うぇ」


 げんなりする鼠川に鎖野は笑いつつ、塩野の方を向く。


「それにしても得意の魔術でやり返されるなんて余程ですね塩野さん?」


「うう。不覚よ……ねえ、これ解いて?」


 上目遣いのような目つきで塩野は鼠川を見る。

 無言で彼はその視線を避けるようにそっぽを向いた。


「鼠川君、解いて頂戴」


 そう言ったのは鎖野。

 その言葉に鼠川は苦虫をかみしめるような表情を浮かべる。


「ぜっっったいにヤダ」


「まあそうなるわよね。この人、解いたら襲い掛かってきそうだし」


「しません!神に誓ってしません!」


「……このまま放置でもいい?」


「それでもいいけどこの場合、ほどけた後に夜にあなたの部屋に襲いに来るわね」


「じゃあきつく縛るしか……」


「だからこそよ」


 鎖野はそう言うと店内に散らばった商品のうち、一枚の紙を手に取ってそこにペンで文字を書き始めた。しばらくして彼女はその髪を鼠川に見せつけるように渡した。


「これは……?」


「契約書よ。今後、あなたを襲わないと誓いを立てるためのね」


 見せつけられた契約書の文章を鼠川は目を凝らしてじっくりと見る。

 その折に彼の心臓は鼓動を強くしていた。人生の中で初めて自分から進んで確認する契約書だからだ。


「……つまりまた僕を襲ったら塩野さん村八分になるってこと?」


「正解よ。コミケ含めてこの人の居場所はなくなるわ」


「そこまでやる!?普通襲ったら罰金とかじゃないの!?」


 塩野の絶叫が響く。

 呆れるようにため息を吐く鎖野は次のように言った。


「塩野さん。あなた自分が問題児だって自覚はある?以前本土に行ったとき、年端もいかぬかわいい少年に――」


「すみませんでした。署名させていただきます」


「何があったの!?」


 でもその先を鼠川は聞かなかった。

 というか聞きたくなかった。







「ということがあってね……」


「むむ。それは災難だったな」


 時は流れて夕食時。

 鼠川は自分で調理したラーメンを口にしながらその時の出来事を蛇島に語っていた。


「そういえば何故、鎖野さんがそこに?」


「彼女、その……塩野さんとは趣味仲間らしくて。えっと……BLの」


「ああ、うん。なんとなく察したよ」


「それで道具か何かを買いに来たらしいんだけど、その時に契約書を作って貰ったんだ。後から二川さんが来て預かってもらったよ。ついでに塩野さんこってり絞ったみたい」


 両手を合わせて食事を終えると、鼠川は食器を流しに持って行った。


「二川さんなら問題なさそうだな。それでその……これは何だね?」


 蛇島も続けて食事を終え、鼠川と同じように片付けると机の上を見る。

 テーブルの上にかつ丼とラーメン以外に置かれていた木箱。桐の木で出来たそれは白色に近い色でどこか高級感が溢れていた。


「これ?塩野さんがお詫びにと僕に渡してきたんだ。鞭だって」


 木箱をパカリと開くと、そこには渦巻き状に一本の鞭が収められていた。漆でも塗られたかのように黒く輝くそれを鼠川は手に取る。


「む、鞭?」


「むちむち?食事中にいやらしいぞ蛇島」


 変な横やりを刺してきたのはいつも通り、鴉田。


「お前はちょっと黙ってろ。にしても何故それを?」


「二川さんが説教ついでに塩野さんから詫びの品を渡しなと。それで貰ったんだ」


「ほほう。リーチはありそうだな」


「うん。でもこれ……重いんだ」


 鼠川は不安げにその鞭を見る。

 初めて持った武器の鞭。扱いを何も知らぬ無知の彼には果たしてこれが本当に使えるのか不安であった。


「うーむ……振り回しているだけじゃダメなのか?」


「それじゃあ味方に当たっちゃうよ。でも二川さん曰くリーチは期待していいってさ」


「ところでさ、むちむちなのとそうでないの、どっちが好みだ?」


「ふんっ」


 右フック

 吹き飛んだバカ

 蝉のよう

 かくして、一週間が経過する。


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