24-2
「式か。それだけ聞けば勉強次第で誰にでも出来そうだが……」
「いやいや。そうは問屋が卸さんのさ。風の魔術ってのは思ったより大変でな。こうしたいああしたいで出来るわけじゃないのさ」
大きく息を吐きながら鴉田は肩を落とす。
「まあなんだ。休み明けには終わってるはずだから大丈夫だろうよ」
「そうか。上手くいけばいいが……ところで相原さんはさっき陸島と何を話していたんだ?」
「え?ああ、えっとね」
いきなり話を振られた相原は慌てつつも語り始める。
先ほどの陸島とのやり取りを彼女は説明した。
「それでまたアイツ、一人でどこか行ったと?」
「……うん」
『はあ』とため息を吐いて鴉田は陸島の態度に呆れ、怒った。
「ったくあいつは……相原さんがどういう存在か知っててその態度を取れるとはな」
「多分だけどね、私が恩人の娘ってだけでとくに陸島君に何かをしたってわけじゃないから……だから私には冷たい……あれ?」
相原は自分の口から出た言葉に思わず困惑した。
「ああいや、少しは見てくれてるんじゃないか?」
パニックになりかける彼女に蛇島は差し込むように話す。
「さっきの話だと、陸島は恐らく君の身を案じている」
「え?心配してるのか?あの人の心ゼロの陸島が?」
「ちょっと黙ってろ鴉田。まず君が今度の実地研修に赴くと言った。そうだな?」
鴉田に沈黙を要求し、蛇島は相原に問う。
「え?ああうん。そうだよ」
「そこで彼はいきなり電話を取った。そうだな?」
「うん」
相原の返事に蛇島は眼鏡を光らせた。
「こう読み取れないか?君の身を案じ、実地研修へ向かおうとする君を止めようとしたと」
「え……?」
しばし三人の合間に沈黙が流れる。
山の向こうで鳴く蝉の声がそこで響くほどに。
「なるほど。スケベ蛇島の迫真の推理ですな」
「スケベ言うな。だからそういう事……やもしれん」
「なんでそこで弱くなる?だからお前はスケベ――」
鴉田の煽りをアッパーカットで遮る蛇島。
宙に浮くバカ一名をよそに相原は考える。
(私に気を使ってくれてる……ってことは、こういう事?)
ほわんほわんほわんほわーん。
――冗談じゃないぞ木下!なんでこいつを島から連れ出すんだ!?安全!?知ったことか!こいつが心配だからここにいてほしんだよ!!
(……まさか。いやでも――)
妄想の最中、ふいに思い出したことがある。
それは陸島が去り際に見せた自分に向けた瞳。それがどこか不安げだったこと。もしそれが蛇島の予想通りであるとするのならその考えはあっているのかもしれないと。
(もしそうだったら……ちょっとはこっちを見てくれてるってことだよね?)
顔にほころびがかすかに見えた。
「相原さん?どうしたんだい?」
反撃を仕掛けようとした鴉田に反撃を打ち込みつつ振り向く蛇島。
視線の先の相原ははっとなって慌てる。
「あ、何でもないの。それじゃ私はこれで」
「ああ、気をつけて。暑いから熱中症対策はしっかりしてくれ」
吹き飛ばされた鴉田をよそに相原はその場所から離れた。
誰も見えぬところで彼女の顔は確かに笑っていた。
(あれ?そういえば鼠川君はどこに行ったんだろう?聞きそびれちゃったけど……大丈夫かな?)
相原はふとそんなことを思い出していた。
彼に思わぬ危機が迫っていることをこの時誰も知る由がなかった。
「さて、あのおばあさんに聞いておかないと」
その頃、鼠川はと言うと半袖のシャツにジーンズと帽子を着こなして四番街にある老婆の二川が経営するお店に足を向けていた。
彼がいるのは、四番街。外は照り付ける夏の日差しが無視できない暑さをもたらしていた。
「うへー……あっちぃー……」
タオルで汗をぬぐいながら目的の場所へと進む。
(前に来たときは確かこの辺だったような……?)
周囲からは菓子屋や串焼き屋などから溢れる匂いが時折鼠川の鼻に届き、それが食欲を促す。
(用事済ませたら食べていこうかな……あれ?この辺りじゃなかったっけ?)
二川の経営する魔術道具の店を探すために首をあちらこちらに向けるが、中々見つからない。
そんな時だった。
「もし、そこの坊や」
鼠川はふと声のした方を向く。
そこには水色のノースリーブシャツにスカートを履いた一人の女性がいた。
「何か探し物?」
「え?ああえっと……二川さんの所に行こうかと」
「二川さん?だったら案内してあげるわ」
「いいんですか?ありがとうございます」
鼠川は屈託のない笑みをその女性に向けた。
女性はニヤリと笑った。
「いいのよ……さあ、こっちよ」
こうして鼠川は疑いなくその女性の後をホイホイとついていった。
その後に待ち受ける運命を知らずに……。
「ここね」
女性の後をついていった先にあったのは一つのお店。
一軒家の店の看板には『塩野画廊』と文字が書かれている。
「あれ?ここって……?」
「ここ?絵を取り暑っているお店よ。ついでに画材や絵を取り扱っている、私のお店よ」
「あの、僕は画材じゃなくてですね――」
そう言いかけた鼠川の手を女性はギュッと握った。
「え?」
正確には掴んでいた。
手首を握る女性の手はまるで離さないと言わんばかりの力が静かに籠っていた。
――防御や結界向けの道具が欲しいなら三つ隣の絵画の店に行きな。あっちは大人のお姉さんで……そっちの坊や、気を付けな
(あ、まさかこの人が!?)
二川の言葉を思い出す最中で女性は口をゆがませて笑っていた。
もう遅かった。
「いらっしゃい」
瞬時に店の中に連れ込まれ、画材道具と絵の列を抜けてそのまま奥へと引っ張られていく。
「うわああっ!?」
「うへへへへへ。美少年……確保!」
人の気配のない静まり返った店内に不気味な声が響く。
「ちょ、離してくださいよ!?なんなんですかいきなり!?」
握られた手首にはいつの間にか天井から下がっているチョークほどの太さがある糸が絡みついて鼠川の自由を奪っていた。
「何ってそりゃあ確保したらやることはただ一つ。絵を描くのよ」
「絵って……それと僕を強引に連れ出したことに何の意味が?」
「決まってるでしょ。デッサンよ。もちろんヌードね」
――もちろんヌードね
その言葉で部屋に静寂が広がり、鼠川はそれをようやく理解したとたんに青ざめた。
「へ、変態だ―!?」
「変態じゃないわよ!ちょっと美少年が好きな人よ!」
変態の女性こと塩野実代子はきっかりと否定して見せた。
直前の行動があれにもかかわらず。
「ちょっと美少年が好きならこんなことしませんよ!!」
「だまらっしゃい!脱げ!さあ!!」
鼠川の私服に乱暴気味に手を伸ばし、引きちぎらんとする勢いで塩野は襲い掛かった。荒れた息が鼠川の首にかかり、思わず変な声が漏れる。
「や、やめ――」
必死に腕を振るいながら糸に縛られた腕を振るう。
しかしその太い糸が取れる気配はない。
「無駄よ。その腕にあるのは特製の糸。美少年を捕縛するために作った特製の魔術の糸よ!ちょっとやそっとじゃ切れないわよ!!」
「なんて私欲にまみれた糸なんですか!!」
「さあ、脱ぎなさい!!さあ!!」
変態の魔の手、ぬぐえぬ糸。
高まる焦りと心拍音。
(やばいやばい……まずいってこれ!!そうだ!!)
貞操の危機の中、ふいに閃く。
塩野との必死の争い(?)の最中にズボンに入れた杖を引き抜くと、その杖を天井に向けた。
「これでっ!!」
込められた魔力で杖の先端より勢いよく水が噴き出す。
水流は糸めがけてぶつかろうとしていた。
「無駄よ!この糸は特製で魔術なんかで――」
(いや、そこじゃない)
したり顔の魔女をよそに鼠川はその場所を狙っていた。
天井から釣り下がる糸。その天井そのものを。水流はやがて天井に命中し、ひび割れて勢いよく崩れる。
「なぁっ!?」
釣り下がっていた糸ごと天井の一部が崩れ落ちる。




