24-1 実地研修のその前に
「ということがありまして」
「それは大変でしたね三田川さん。一歩間違えてれば死んでいたでしょうね。陸島君が」
陸島と豊野儀が衝突した次の日。
三田川は男子寮のテーブルでノートパソコンを開きつつ、電話で昨日の事について語っていた。電話の向こうにいたのは佐倉校長。陸島達が通う学校の校長だ。
「ええ。とはいえ彼も普通じゃありません。でも機関も悪いですよ。依頼じゃなくて誘導させるなんてね」
「そうですねえ。老いた私が気づくべきでした。唆しや煽りという手法があったことに。箝口令でも強いてやろうかしら?」
箝口令という言葉が校長の口から出た時、三田川は思わず笑ってしまった。
「それは……殴りこみで?」
「いいえ。対話もあるので殴り込みにはなりませんよ」
殴り込みしたとしても対話がそこにあれば殴り込みにはならない。
校長はそう考えていたのである。それに思わず三田川は笑ったのだ。
「まあそれも悪くないかと。とりあえず魔女機関には――」
「私が行きます。三田川さん、貴方は引き続き島にいなさい」
「わかりました。ところで竹月組――」
しまったと心の中で思った時、すでに遅かった。
三田川は知っていた。彼女と竹月組には浅からぬ繋がりが、下手に触れてはならぬ繋がりがあることに。
「ああ。そういえば陸島君はもうすぐ呼ばれるでしょうね。恐らく燦央院さんも。彼女もいずれはこの世界を引っ張っていく一人になるのですから」
「え、ええ。そうですね。招待がかかればの話ですが」
心音の高鳴りを三田川は感じられずにはいられなかった。
遠くに離れていたにもかかわらず、焦りが見えてしまったのか校長は声色を緩くして三田川にこう言った。
「ああ。大丈夫ですよ。竹月組に関しては。信頼していますので」
「……そうですか」
「ええ。いずれはまた、というか会うこともありますからね。あの人に」
「……そうですよね。引き続き私はこちらにいます」
「はい。それと時期を見て、貴方にも休みを差し上げます。家族に会いに行ってあげなさい」
「……はい」
その優しさに対し、三田川は重く噛み締めるに返答した。
しばらくして電話は切れた。
(ああしまった。私としたことが。でも校長がああ言っているのなら大丈夫なのかしら?)
スマートフォンを傍に置き、彼女はパソコンで業務に取り掛かっていた。
その時の内容は昨日の出来事についてのレポートを纏めていた。
(そういえば陸島君、少し弱くなっていたような気がするけど気のせいかしら?)
そんな疑問が浮かんだが、レポートの提出を優先するためにその疑問はやがて視界に映る空にある流れゆく雲のようにいなくなっていた。
「確認だが、実地研修が来週からあるんだな?」
「そうですね」
一方、陸島は男子寮にある自分の部屋で木下と電話をしていた。電話の内容は一週間後に控えている実地研修についてだ。
「内容としては魔女が実際にどうやってこの社会で生きているのかを学ぶ機会になります。デスクワークから戦闘までありとあらゆる研修がありますね。鉄明さんの場合は主に戦闘やその前後のやり取りでしょうかね」
「だろうな。他に参加者がいるんだろ?」
「ええ。燦央院百合香様が来られます。彼女のパートナーと一緒に」
「……そうか」
「人手は多いほうがいいでしょう。そうそう、相原さんには例の件伝えておりますので」
「ああ、わかった」
「連絡は以上ですが気になったことはあります?」
「いや、ない」
「はい。それでは失礼しますね。ああそうそう。最近熱いので水分補給はしっかりとお願いします」
にこやかな声で電話は切られた。
スマートフォンを机の上において陸島はしばし思案にふける。
(一週間後……か。前は布塚さんとかがいたが今回はどうなるんだ?やはり竹月組の誰かが付き添うと思うが……。木下が引き続いてやるんだろうか)
部屋のエアコンが起こす風とそれに伴う機械音以外、部屋はただ静かだった。
(他の研修を受ける仲間にあのお嬢様と眼鏡が来るのはまあ納得できる。多分親父としても燦央院家とコネでも作りたいんだろうな)
静寂に耐えられないわけではなかったが、すっと陸島は立ち上がって履いていたズボンにスマートフォンを仕舞うと、手に刀の入った竹刀ケースを持って部屋を出た。
(問題はあいつか。研修の合間にこの島に送り返す必要があるが……まあそれは別に考えなくてもいいか)
男子寮を出て陸島はいつものように修行へと向かう。はずだった。
「あ、陸島君。おはよう……っていうにはちょっと遅いかな?」
「……なんだ一体」
陸島の前には相原が立っていた。
服装はヒマワリの花がついた麦わら帽子に折り目のないおろしたての白のワンピース。はにかんで見せるその仕草はありきたりな表現だが暑い夏の中で輝く女神のようにも見えた。
「用がないなら俺はもう行くぞ」
「もう。まだ会ったばかりなのに……」
ただし陸島を除く。
「あの、木下さんから聞いたの。一週間後に――」
「ああそうだ。悪いが来てもらう」
「その後の研修なんだけど」
相原の口から研修という単語が出たときに陸島は固まっていた。
不機嫌な表情も一転して、驚きの表情に変わっていた。
「ちょっと待て。研修だと?」
「うん。燦央院さんと蛇島君も来るんでしょ?」
「……お前が参加するなんぞ聞いてないぞ?」
「え?木下さん言ってなかった?」
きょとんとする相原の態度に陸島は今度は苛立って電話を取る。
しばらくして木下に繋がり、事の詳細を伝えられた。
――ええ。相原さんも参加されますよ。そりゃあ貴方のパートナーですから。実力も鉄明さんとほぼ同じくらいと燦央院さんに伺っていたので。それに将来の事を考えたらここで経験値を積ませるのがよいでしょうね。牙谷さんのこともありますから色々知ってもらう良い機会ですから。大丈夫です。無茶はさせませんよ
「……はあ」
電話を切って、どんよりとしたため息を吐いて陸島は浮かない顔を浮かべる。
「ど、どうしたの?何かまずいの?」
気まずそうな顔で相原は陸島の顔を見る。
「そうだな。お前がまずい」
「……うう」
「まあいい。一週間後だ。じゃあな」
そう言って陸島は足早にその場所を後にした。
後を追おうとした相原だったが、何を言っていいのか、どうすればいいのかわからずその場に立ち尽くすばかりだった。
「相変わらずですなあの男は」
ふと後ろから声がした。
そこには青色のつなぎを着た鴉田がしょんぼりとした表情で立っていた。
「あ、鴉田君。また何か作ってるの?」
「おうとも。今作ってるのは……いうなればネール・レールガンって所かな?」
「ネール……レールガン?」
「ああ、意味としてはレールガンに近いって所だ。仕組みはそれっぽいが中身は魔術を詰めてるもんでね」
にっかり笑って鴉田は話す。
「以前の決闘で作ってたものを改造したってこと?」
「そうそう。今度はそれを小さくしたものさ。いうなれば小型化ってことかな」
「小型……あれだけでもすごいのに?」
「持ち運びできないとね。実戦に使いたいのならなおさらさ」
「……なんか凄いね」
「いやいや。これでも結構苦戦しててな。式がずれてるのか安定しないんだよ。基本的な物理の式じゃダメなのかわからんのだがなんというか暴れるというかさ……卸した部品は粗悪品じゃないけどエネルギー効率が――」
鴉田が話をする最中で一人の男が相原の方に向かって男子寮から歩いてきた。
「相原さん?どうしたんだい?まさかこの阿呆にようかね?」
蛇島光。
眼鏡をかけた、炎の魔術に適性のあるウォーロックである。
「ちゃうわ。俺のレールガンについての説明をだな」
「ああ、それか。どうなんだ進捗は?」
「いやあ、また式からやり直しって所だね」




