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「というわけで、彼女が豊野儀 茜よ。皆、よろしくね」
「いやいやいやいや!!」
話の舞台は移り変わって、男子寮の裏山から男子寮のラウンジへ。
三田川による突然の紹介に鼠川は突っ込まざるを得なかった。
寮のラウンジには紺のワンピースを着た少女のような大人と寮に住まう男子一同が集っていた。
その中で鼠川は焦りながら一番に口を開けていた。ちなみに豊野儀はというと出された麦茶をごくごくと飲んでケロッとしていた。
「その前の話どういう事なんです!?陸島君を殺しに来たって!」
「ええ。だからそれがこの子よ。今はもう約束結んだから大丈夫よ。何かあったら私がやる」
私がやる。
その一言に鼠川は冷や汗を流した。
「で、話を戻すわ。豊野儀さんはどこかのグループや組織などに属していないフリーの魔女。実力は結構高いからかよく魔女機関からの依頼を引き受けているのよ」
「フリーの……魔女?」
フリーの魔女と言う言葉に疑問を呈したのは蛇島。
その疑問について、三田川が回答する。
「ええ。魔女の世界ってのは基本、悪い組織や己が目的のために動くクラン、国に仕える魔女機関に入るという選択肢があるんだけど……これ以外にも豊野儀さんのように個人の意思で活動している魔女もいるのよ」
「それは何かメリットがあるのですか?大勢でやった方が研究も戦いもやりやすいような気がするのですが」
「誰にも邪魔されないというメリットがあるわね。後は報酬独り占めとか。当然、大変な道だけどね」
一同は豊野儀をじっと見る。
彼女はその視線を気にすることなく、麦茶をもう一杯飲み始めていた。
「で、どうして陸島君を襲ったのよ?」
「魔女機関に依頼されたので」
「……なんですって?」
また一段階、三田川の目が鋭くなる。
部屋の空気に重みが走る。
「正確には依頼じゃないですけど。もしかしたら危険な存在かもしれない」
「だから見極めに来たと?」
「はい」
空っぽになったコップに麦茶を注ぎながら、豊野儀は答える。
「へえ……それであなたこっち来たのね。機関もやるわね」
「嫌味ですか?」
「そうね。あとでかちこ……問い合わせてみるわ」
その両手には確かに力が籠っていた。
怒りに満ちている三田川に陸島は問う。
「で、結局この小さいのは何しに来たと?」
「陸島君の審査のつもりだったのでしょう。まったく、こんな手段を使うとはね」
「これってさっき言ってた約束とかには引っかかるんじゃないの?」
「いやそれはない……とは言えないけど、多分暖簾に腕押しになりえるわね。彼女、自分からこっちに来たって言ってたから」
「ええっとそれってつまり……互いでやった約束に引っかからないってことですか?」
鼠川の言葉に三田川は嫌な顔をして首を縦に振った。
「そうね。あわよくばで動かしたのでしょうけど……まあ最悪の事態にならなくて済んだわ」
「それにしては雑ですよね?」
そう言ったのは陸島。
狙われた本人だ。
「雑……っていうと?」
陸島の言葉に三田川は首を捻る。
「話を聞いてみれば、もっとこう仲間を集めてかかって来るものと思うんですよね。こんな小さいので俺の首を取ろうってもんですから」
小さい。
その言葉に豊野儀は反応せざるを得なかった。後ついでに鼠川も。
「今また小さいって言った?」
「おうばっちり言ったぞ」
「……ふーん」
陸島の煽りに対し、豊野儀は怒りを隠せぬ表情にてそばに置いてあった剣に手を伸ばす。
「待て、発言よろしいか?」
一触即発の空気の中で、一人の男が手を挙げた。
鴉田だった。
「……なんだ一体?」
「陸島。豊野儀さんをよく見てほしい。確かに背は低い。だがそれに引き換えこの胸の育ちの良さ――」
ぐっさー。
言わずもがな、阿呆の串刺しが一つ仕上がる。
「ま、まってください……トランジスタグラマーっていう言葉がありまして」
「黙れ。人が気にしていることをずけずけと……!」
怒りの的が鴉田になったところで三田川はそっと豊野儀から剣を取り上げた。
剣は彼女の座っていた椅子の近くに置かれる。
「はいはいそこまで。鴉田君もそういうこと言っちゃいけません」
「ぐう……」
「はあ。君はアホなのかね?」
呆れた口調で蛇島が眼鏡をくいっと上げつつ鴉田を蔑む。
「いや、そこの眼鏡君も大概。さっきから私の胸ばかり見てたでしょ。スケベ」
「うえ!?」
「うわさいてー。燦央院さんという素敵な人がいながらさいてー」
「黙れ!!」
「ひでぶ!!」
狼狽する蛇島を煽る鴉田の顎に、蛇島の拳が直撃する。
鍛えられたその拳は生半可な威力ではない。
「で、このチビどうする?首を刎ねて機関に送り付けるか?」
「陸島君。物騒なこと言わないの。いきなり喧嘩吹っ掛けられて不機嫌なのは理解するわ」
不機嫌な陸島を落ち着かせるように三田川は言う。
「それに何かあったら私が機関ごとぶっ潰すから大丈夫よ」
「ええ……それ大丈夫なんですか?」
ぶっ潰すという単語に鼠川が引きながらも問う。
「問題ないわよ。利権欲しさのジジババなんぞそれこそ首を千切って並べてやるから」
「……どこに?」
「うーん……学校?」
「やめてくださいよ!?本当に!!」
「それは向こうの態度次第ね。で、豊野儀さん貴方はどうするの?ここに泊ってくの?」
「いいえ。ヴィクトーリアの最上階取ってますのでそこで今日は過ごすつもりです」
「あらいいわねー。稼いでるの?」
「それなりには」
ヴィクトーリア。
玉之江島にあるホテルの一つで、高級ホテルに分類されるほどの豪華さがある。最上階のスイートルームは高額で泊まれるものは限られている。
すっと立ち上がってラウンジを出ようとする豊野儀はふと陸島の方を見てこう言った。
「そういえば貴方、パートナーいるって聞いたけどどんな人?」
「どんなって……面倒くさい女か」
「へえ。どんな子?」
さらに聞こうとしたその時、ラウンジのドアが勢いよく開いた。
「あ、いた!」
息を切らしながら黒髪のツインテールを揺らしてセーラー服の少女がラウンジに入って来る。
彼女の名前は相原紫苑。陸島の魔術におけるパートナー。そして彼とは浅からぬつながりを持つ少女。
「怪我は!?どこか痛いところはない!?」
「ねえよ。なんだいきなり」
「……よかった」
荒れた息で会話をする相原の表情は焦りから安堵へと移り変わる。
「で?それだけか?」
「え?ええっと……」
「こらこらそんなに突っかからないの」
二人の合間に三田川が割り込むように入る。
「相原さんがこんなに心配してるんだからもうちょっと愛想よくというか……もしかして相原さんここまで走ってきたの?」
「ええ。心配で……萩野さんに聞いたんです。陸島君を探している魔女がいるって。それでもしかしてって思って」
「そうか」
陸島はテーブルの上に置いてあった麦茶入りのボトルを自分のコップに移して何食わぬ顔で飲んでいた。
「それで……その魔女って?」
「そこにいる小さいの」
陸島が指をさした先には自分の剣に手を伸ばした豊野儀がいた。
抜き身の刃がギラリと輝き、その目は怒りをもって陸島を見ていた。
「……どうして陸島君を狙ったの?」
相原はそこから放たれる圧に臆することなく問いかける。
「個人的な事情」
「鉄の精霊が憑いているから?危険だから?」
「教えない。私は――」
「答えて」
杖を取り出し、それを目の前にいる豊野儀に向ける。
「答えによっては……あなたを止める」
一触即発の状況がそこにあった。
陸島を除いた男子三人が震えだす。
「だーもうそこまで」
先ほどの陸島と相原に割り入ったように三田川が再度入り込む。
「相原さん、気持ちはわかるけどやめた方がいいわ。それにもう大丈夫よ。何かあったら私と私の部下で〆に行くから」
「……暴虐は計算に入れてない」
豊野儀はバツの悪そうな顔をして、剣をそっと鞘に納めて立ち上がると部屋の入り口に向かって進む。
その際に陸島の方をちらりと見た。
「……なんだよ一体」
しばらくの沈黙から彼女は陸島の方に近づく。
距離にして手を少し伸ばせば届くほどに。
「貴方……強くなりたいの?」
「だったらなんだ?」
座って麦茶を飲んでいた陸島は呆れた声で返す。
豊野儀は笑って口にした。
「私と組まない?それならもうあなたを追うこともないし、組織を潰すという点でなら協力してあげる」
「は?何をいきなり――」
次の瞬間、それは起きた。
豊野儀が自らの唇を陸島の唇に重ねたのだ。




