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鉄(クロガネ)ウォーロック  作者: 峰川康人
第二部 邂逅と交戦の時

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23-2

「……はあ」


 その頃、男子寮の裏にある山に建てられた祠の近くではオールバックの髪型のの男子生徒がベンチにもたれかかって息を大きく吐いていた。

 名前は陸島鉄明。大地の魔術に適性のある男性の魔法使い。


(しかしこうも暑いと嫌になるな。心頭滅却すれば火もまた涼しともいうがこれはちょっとな……)


 年ごとに留まることを知らぬ日差しの熱に呆れながらも、手で汗をぬぐいながら十手を地面に向けて振るう。

 大地より勢いよく伸びた無数の蔦が彼の頭上をアーチを描くように覆って、熱さの元凶である日差しを遮った。


(ああ、最初からこうしておけばよかったな。しくじった)


 カバンから汗拭きシートとスポーツドリンクを取り出して休憩を始める。

 暑い時間帯なのか、はたまた単に元より人気の少ない場所だからなのか陸島以外の人物は見えなかった。


(しかしまいったな。退院してからすぐに修行を始めたのはいい。だがこの感じ。間違いなければ……)


 陸島は体に、というより魔術を振るう自分に違和感を覚えていた。

 それは一人で魔術書を片手に振るっている時からそう感じていたが、特に一番に感じ取れたのは先ほどの蔦による日陰の作成の時だった。


(くそ。あの時の戦いが影響してるのか?だとしてもだな――)


 体にめぐる感覚に疑問を抱きつつある中、電話の音が鳴り響いた。


「……なんだ?」


 『なんだ』とは言った。

 でもその電話が誰からなのかは把握できていた。というか自分に掛けてくるような輩には候補は絞れているし、だいたい察しはついていた。

 陸島は大きく溜息を吐いて、スマートフォンを手に取る。画面には『相原』という名前の文字が。


「もしもし」


 苛立ちを含んだ声で電話に出る。


「あ、陸島君?今どこにいるの?」


「いつもの所だ。それがどうした?」


「あのね。今日萩野さんが家の用事で本土に行ってたんだけど、さっき帰ってきたの」


「それが何だ?」


「その時に気になることを言ってて――」


 突き刺す感覚を陸島が襲った。

 突然の感覚に思わず陸島の体は強張る。


(なんだ今の感覚……?!)


 陸島は体に走った脅威を知らせる感覚に、思わず周囲を見る。だが人の姿は見えなかった。

 視線は祠から伸びている石の道からその先にある下り階段へ。靴音がした。


(誰か来る……!)


 何者かが上ってきていた。

 自然に息が小さく荒れ始める。


(あいつか……?なんだ?何者だ?)


 陸島の目に映ったのは一人の女性。

 見た目は少女のように幼く、その肩には黒の竹刀ケースを乗せていた。

 その者は陸島をじっと見ながらこちらに向かって歩いてきていた。陸島にとって何か無視できない感覚を向けながら。


「もしもし、ねえ陸島君聞いてる?ねえ――」


「切るぞ」


「え、ちょっと――」


 即座に電話を切り、近くに置いた刀に手を伸ばしてベンチから立ち上がる。


――この女は強い


 その者より放たれる威圧に触れた陸島の五感がそう告げた。


(そして俺を斬ろうと、あるいは殺しに来ている!)


 目の前にいるのは間違いなく強者、そして自分を殺しに来ている者だと。


「あんた……何者だ」


「私がどう見えてるの?」


 陸島に冷たい瞳を向けながら彼女はある程度の距離を保ったところで止まる。


「貴方が陸島君でしょ?鉄の精霊を宿す少年って聞いてる」


「へえ、俺も有名になったもんだな」


 不敵に笑って立ち上がりつつ抜刀する陸島の前で、その魔女は一切態度を崩さず話を続ける。


「一つ聞かせて。鉄の精霊はどこ?貴方の中?」


「知らねえと言ったら?」


「そう。それじゃあ――」


 魔女は竹刀ケースから一振りの剣を抜き出す。

 剣の刃は細く、刃渡りは陸島の持っている刀と同じくらいで脇差程度の長さがあった。


「その体に聞くしかないようね」


「やる気か?上等だ――」


 陸島が刀を向けようとした次の瞬間、彼の体は勢いよく吹き飛ばされた。

 魔女はすでに彼に詰め寄って、何らかの攻撃を仕掛けていたのだ。


「があっ!?」


――なんだ!?何が起きた!?


 何が起きたのかを掴めぬまま、彼は地面に転がる。


「随分と速い攻撃だな……」


「あら大丈夫?それで死んでたらごめんなさいね」


 ふらりと立ち上がる陸島の前で今度は魔女が不敵に笑った。


(今の攻撃はなんだ?ショルダータックル?にしても勢いがあった。どうやった――)


 考える間もなく第二波は来る。

 再度、魔女は陸島目掛けて襲い掛かる。右肩を相手に向けて。


「単純な動きでそう何度もっ!」


 左手で取り出した十手で、彼は魔術を発動した。

 彼女の周囲に幾重もの蔦が巻かれる。


「これは……!」


 魔女の体中に巻き上げられた蔦は彼女の勢いを殺し、その場にとどまらせる。

 そのはずだった。


「甘い」


 蔦が彼女の勢いを殺すことはなく、蔦は何かに触れてそのままじんわりと焦げていった。


「なっ――」


「はい、二発目」


 魔女のタックルは命中し、陸島はまた勢いよく吹き飛ばされた。


――なんだ!?奴の加速、普通じゃない!


 再度地面を転がる陸島。


「ぐはあっ!」


 学生服は土にまみれる。


「驚いたわね。あんなので止めようだなんて。私、馬鹿にされてる?」


「なんだ……そりゃ?」


「皮肉っていったらいいのかわからないけど、貴方、五回は死んでると思う。要するに弱いって言いたいの。さっきからの攻撃も単純なのに一度ならず二度までも当たってるし、おまけに魔術で抑えようとして失敗してるし。想像より弱くてちょっとがっかり」


 魔女の呆れながらの言葉に陸島は怒りを込めながら立ち上がる。


「はっ。小さいくせにやるもんだな。戦いも舌先も」


「その口、利けなくしてあげてもいいわよ」


「やってみろ。的が小さくても俺はお前を潰すがな!」


 陸島の顔は怒りから一転して笑っていた。

 幼い見た目を揶揄われた魔女は怒りを顔に走らせる。


「わかった。じゃあくたばって!」


 再度の攻撃。

 だが今度はショルダータックルにあらず、魔女は自らの周囲に燃え盛る火柱を展開した。


(炎か。ああもうただでさえ暑いのに!)


(さっきの焦げた蔦といい、やっぱ炎の魔術師か。だがこれならいける)


 陸島は刀を八相の構えに持ち替える。


「まずは一つ目を」


 魔女は周囲にて燃え上がる柱の一つに手を伸ばすと、それはゆっくりと動き出す。

 速度はある程度動いてから勢いよくつき始め、火柱は陸島を呑み込もうとしていた。


「こんなんで俺を殺そうと?舐められたもんだな」


「うん。舐めてるから」


「……そうか」


 陸島は魔女の煽りに対し、小さく呟くように吐いた。

 そして息を大きく吸った。全身に力を込めて。


(ふん。いまさら何をしようと貴方の度合いは――)


 火柱の攻撃の合間でも魔女は剣を構える。

 どんな魔術が来たとしても、攻撃があっても返せるようにと決して戦いの構えを抜く気はなかった。


「さあ。わたしに見せて――」


「キェアァァァー--っ!!」


「なぁっ!?」


 魔女はたまらず耳を塞いだ。その手に握っていた剣をたまらず落とし、地面に甲高い音が響く。

 大地の魔術によって強化された喉より放たれる猿叫は引き抜かれたマンドレイクのような叫びを繰り出す。


(舐めた礼だ。叩き斬ってやる!!)


 迅速に、勢いのついた両足で駆け出す。

 地面を勢いよく踏んで、構えを崩すことなく一気に魔女に差し迫る。


(まずい!これはっ!!)


 魔女に冷や汗が流れる。

 慢心、あるいは測りを間違えた。それが焦る表情より伝わる。


(いまだっ!!)


 獅子が獲物をしとめるように、一瞬の合間に首を落とす刃を振るった。

 そのはずだった。


「な――」


 刃は止められた。


 太く、丸太のようにたくましい腕――のような何かが、魔女と刃の合間にあった。


 魔女の周囲に気が付けば何かがいる。耳を塞ぐ彼女の後ろにはそれがいた。


「ざんねん。でもこれを出させたのは及第点ね」


 魔女は笑う。

 陸島は思わず汗を流した。そこいたそれを。よく見ればその腕は燃えている。燃え盛る炎が肉体を形成してる。そういう風にしか陸島は答えられなかった。


「なんだ……こいつは?」


「精霊。私もあなたと同じよ。選ばれたの」


 次の瞬間、魔女の後ろのいた炎の精霊はその太い腕で勢いよく陸島を殴り飛ばした。

 宙に浮く陸島はそのまま地面にばたりと崩れ落ちる。


「こんなものなの?ウォーロックって?」


 呆れる魔女の言葉に陸島は黙して立ち上がる。

 しかしその胸中は先ほどの攻撃もあって穏やかじゃなかった。


(くそ……今だからはっきりわかる。こいつ、強い!なによりもっと厄介なのは――)


 わかったことがあった。

 先ほどの攻撃、いやそれ以前に懸念していたことがはっきりと浮き彫りになった。


(俺は……弱くなってる。あの日、鉄の精霊が顕現した日から……!)


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