23-1 襲撃者の刃、響く鼓動
魔女の島こと玉之江島と本土を繋ぐ存在は限られている。
一番の理由として、島に住むまだ若い魔女達を保護するため。他の理由としては島内にある魔女に関する記録や貴重な道具などを厳重に保管するためである。
今、本土より玉之江島に向けて一隻の潜水艦が海中を真っすぐに、時には左右に揺れながら向かっていた。
海中の闇の中を進むその中に、一人の魔女が潜水艦内に用意された客室にて一枚の写真を見ながら座っていた。
「これが……鉄の精霊を宿す者?」
その魔女は容姿は幼い子供と言うには少し遠く、若い学生と言うには背が低かった。
鮮やかに咲くリンドウの花のような紺のワンピースと麦わら帽子を身に纏い、島への到着を待っていた。
(もし本当にあの話が事実なら……私がやるべきなんでしょう。機関が動けないのなら、私が……)
そばに置いてあった竹刀ケースをぎゅっと握って決意を目に宿す。
その時、近くを通りかかった一人のセーラー服を着た女学生が彼女を見た。
(あれ?この人は確か……え?どうしてこっちに?)
彼女は萩野玲。
玉之江島にて魔女としての経験を積む高校一年生だ。
「……何か?」
「え?ああいえ。お困りごとかと思って」
「いいえ。貴方、学生さん?見ればわかると思うけど」
「は、はい。高校一年の萩野と言います」
「萩野さんね。ねえ、鉄の精霊を宿す少年について何か知ってる?」
魔女は一枚の写真を萩野に見せた。
萩野はそれを見て、目を見開いた。
「え?彼が鉄の精霊を宿す……?」
「何か知っているようね」
魔女の目が鋭くなる。
とはいえその鋭さは萩野を恐れさせるというほどではなかったが。
「すみません。ここ数日、本土の方で家族の手伝いをしていたのでちょっとわからないですね……」
「そう。他に知っていることは?些細な事でもいいから」
「ええっと、彼は大地の魔術に適性のあるウォーロックとは聞いております。実力も結構あるようで」
「そう。わかったわ、ありがとう」
情報をあまり得られないと感じ取った小柄な魔女は萩野に笑みを返した。
萩野は会釈をしてからその場を後にした。
(間違いない。あの人って確か機関の……それも結構、信頼されている魔女だ。以前、中学校にいた時に授業でゲストにいた人だ。その時に聞いた話じゃ本土で活躍してるって聞いたけど。鉄の精霊を宿す少年って一体……。陸島君、私がいない合間に何があった?)
萩野の内でシミのように広がる不安をよそに、潜水艦は静かに日の届かぬ闇の中を進んでいく。
魔女が探している目標の接触の時まですでに時間が迫っていた。
「……うう。死ぬ」
灼熱が如く、鋭く強い日差しが大地を照り付けていた。
その中を歩く一人の少年。彼の名前は鼠川淳吾。
「うー……あづい~……」
真夏の道路を歩き、一人帰路に就く少年は体中から汗を流して夏の日差しにゾンビのように嘆いていた。
(一番暑い時間で四十度ってどういうことなのさ……おかしいって絶対。水分補給しないと死ぬとか日本の夏どうなってるの?)
暑い日はこまめに水分補給をしましょう!
マジで死にます。
(ああ、見えてきた)
視線の先に見えたのは自分と他の男子学生が住んでいる男子寮。
元は宿舎として使われていたようだが陸島達ウォーロックが来訪するにあたって男子寮に変更になったと鼠川は聞かされていた。
「おお、鼠川君じゃないか。大丈夫か?」
後ろから声がした。
眼鏡を掛けてこれまた汗びっしょりの少年。名前は蛇島光。彼もまたウォーロックである。
「やあ。今日も燦央院さんと修行?」
「ああ。今ちょうど終わったところでな。君もか?」
「うん。流山さんと一緒に勉強。クーラーの聞いた部屋で座学とかだけどね」
「なるほど。この暑さでは外での修行は難しいか……」
「いや、できなくはないんだけど……」
――熱中症対策のために今日は座学で行きましょう。決して暑いのがいやとか汗びっしょりになるのが嫌とかじゃないんですからね?
「と言う事なんだよね」
「むう。まあ年頃の乙女ならそういう考えもありか……」
「そっちはどうだったの?」
「僕か?燦央院家の地下訓練所でいつも通りさ」
「地下訓練所!?凄いな……」
足を止めて驚き固まる鼠川の表情に対し、蛇島はふと疑問を脳裏に走らせた。
「あれ?言ってなかったかね?」
「うん。いつも外かどこかでと思ってたけど……地下とは」
「クーラー効いているからこの暑さとは無縁だが……やはり体を動かしていると汗をかくものだよ」
「いいなあ……地下」
互いの状況を説明している内、二人は寮の近くに踏み込んでいた。
その時、二人の耳に入ってきたのは何かが破裂したかのような大きな音。
「うぇ!?」
「なんだ一体!?」
音のした方角を見る。
そこには寮の外に設置された小さなプレハブ小屋。音がしてしばらくたったが、煙が蔓延することはなく、ただその小屋の周囲には沈黙が走るばかり。
「え、ええ?」
「なんだ?今のは……」
二人が顔を見合わせているとその小屋からつなぎを着た一人の少年が姿を見せた。
鴉田春一。蛇島と同時期に来たウォーロックで魔法の適性は風。
「うーむ……これならもうちょい、いけるやもしれんな」
「おい鴉田。なんだ今のは?」
「今の?俺の秘密兵器」
「秘密兵器!?」
蛇島の問いに鴉田はにっかり笑顔で返す。
秘密兵器と言う言葉に蛇島は驚きの声を上げずにはいられなかった。
「ああ。完成したら見せてやるよ。これなら陸島もひざを折って俺の靴を舐めるに違いない……ククク」
「顔が邪悪だよ鴉田君」
「おおっといけない。美男子はいつだってクールでなくっちゃな」
「寝言は寝て言うべきだと思うのだがね」
毒のこもった突っ込みを静かに蛇島は入れた。
「ふうやれやれ。そういう君も今日訓練の最中に――」
「ハアッ!!」
「ぐはあっ!?」
口封じの拳が振るわれ、たまらず鴉田は地にひざを付けた。
「またあの人か……だいたいあれはいたずらというか」
「意外と気づかないんだってな燦央院さんって。その辺で吉川さんが心配してたからな」
「なぜこうもあの人は情報を漏らすんだ……」
頭を抱える蛇島。
地面に膝を折って苦しむ鴉田。
「あの……そんなことして暑いんじゃない?」
心配そうな目で二人を見る鼠川。
「だな。こんなバカは放っておいて寮に入ろう」
「なにおう。どさくさに紛れて、押し倒しするやつに言われたくはないわ」
「よし分かった殺す!!」
「ぶはっ!!」
騒がしい二人をよそに一人、鼠川は寮のドアを開いた。
玄関には十分に広まった冷房の風が汗ばんだ彼の体を包む。
「あ~……すずしい」
冷えた、癒されて満面の笑みを浮かべる。
エアコンがなければきっと死人が出たであろう今どきの夏。
「あらおかえりなさい。修行はどう?」
リビングのドアから玄関に入ってきたのは一人の女性。
名前は三田川杏美。男子寮の管理人を務めている。
「今日は座学ですよ。でも外が異常に暑くて」
「そうねえ。私が学生の頃はこんなに暑くはなかったのにね。まいっちゃうわ」
「もう汗でべとべとですよ……」
「お風呂ならいつでも入れるわよ。まだ昼だけど、さっぱりしてきた方がいいかもね」
「そうします……ところで陸島君はまだ帰ってないんですか?」
「陸島君?そういえば今朝からずっと外に出たままね。体調不良とか起こしてないと良いけど」
「陸島なら大丈夫でしょう」
鼠川に続いて玄関に入ってきた蛇島が答える。
「彼は丈夫でしょう。皮肉なしで」
「うーん……でも心配なのよねえ」
「ほほう。それは女のカン……と言うやつですかな?」
更に入ってきた鴉田が微笑みながら言った。
「ふふ。そうかもね。……ところで貴方達汗くさいから早くシャワーでもなんでも浴びてきなさい」
「ウス」
鴉田が一番に返答し、その場を後にした。向かう先は風呂場。
二人も彼の後に続く。夏の日差しは未だ暑いままだった。




