エピローグ-3
「ちょ、ちょっとツバキちゃん。声が大きいって――」
「あ、ってことは……舌入れた?」
鴉田の爆弾発言に沈黙が走る。
相原の顔が真っ赤に染まる。
「貴様は黙ってろ鴉田ー!」
蛇島の鉄拳。
鴉田は宙に浮いた!
「ブベラッチョ!」
「あ、あわわ……よもやそこまで……」
「だからしてないよ!キスは!」
「へえ。じゃあ何をしたのさ?」
吹き飛ばされた鴉田をよそに問いただそうとしたのは外崎。
普段の無表情とは打って変わってその顔は笑っていた。
「え、あ、ええと……その」
「落ち着いて。ゆっくり喋って」
ますます外崎の口元は吊り上がっていた。
珍しいことに、彼女が相原をいじる側に回ったのである。
「そ、その……手を」
「手を?」
「……ぎゅってしてもらった」
「それで?」
「……終わり」
「え?」
尋問のあっけない終わりに外崎の口から声が漏れた。
「あ、えっと……あの」
「何があったんですかシオンちゃん答えてください!さあ!!」
割り込むように入って来る流山は異常だった。
荒れる息、睨むような目つき、ベッドに押し込まれる自身の手。親友を心配するにしてはその態度はかなり揺らいでいた。
と、その時――
――ガラァッ!!
病室のドアが勢いよく開かれた。
「貴方達……ここがどこだかわかってますか?」
「ひぃっ!!」
鼠川は思わず後ずさって震えた。
静かに、一歩を踏み出して病室に入ってきたのは妙齢の白衣を着た女性。
名を小金。二つ名は『二十八番目の堕天使』
「あまりうるさいと木偶人形に改造しますよ?」
鋭く光る眼。そして小さく、しかしはっきりと聞こえる声で彼女はそう言った。
その両手の指の合間に挟まっているメスやハサミなどの医療器具を見せつけながら。
「あ、あわわ……」
流山はさっきまで真剣に相原を心配していたその態度は完全に崩れ去っていた。
今はただ、目の前の強者に震えるばかり。
怯え、震える一同に燦央院が声を上げる。
「そ、そうですわね。そろそろお暇しましょうか」
燦央院の目が蛇島に向く。
「そ、そうだな。相原さんの目が覚めたわけだし。我々も今日はもう帰ろう」
蛇島はそれに了承した。
見舞いに来た一同はそそくさと病室を後にした。病室には相原と医者の小金のみが残った。
「すみません。皆に心配かけてたみたいで……」
「ああ、いいのよ。貴方は。それにしても若いっていいわね」
申し訳なさそうな相原に小金は笑って返す。
「にしても陸島君だっけ?同時期に入ったっていう子。あの子の方には見舞客があまり来てなかったわね。貴方の所には流山さんが毎日遅くまでいたわよ」
「そうですか。ツバキちゃんは心配性ですから」
「フフ。いいじゃないの。ああそうそう。明日以降の検査次第だけど、体の方に問題なければ退院しても大丈夫だと思うわ」
「本当ですか?」
「ええ。もう少し待っててね。そうそう。木下さんって人から連絡があって、近いうちにお礼が言いたいって」
「わかりました。ありがとうございます」
「はい。それじゃあね」
小金は病室をそっと後にした。
ぽつんと残った相原は窓の外を見た。鮮やかな夕焼けが視界に入る。
「……少しは仲良くなれたかな?」
今日の出来事を思い返す。陸島とのやりとりを。
彼女の顔はほころんでいた。
「ったく、本土の連中は相変わらずだな。呼び出し入れやがって」
「仕方ありませんよ。今日の予定だって無理して入れたものですから」
「……まあな」
一方、龍弦は木下の運転する車の中にいた。
八番街を抜けて九番街の先にある港を目指していた。
「ひょっとして相原さんに直接会ってないのを後悔してます?」
「ああ。ちゃんとお礼と……お詫びをと思ったんじゃが寝起きでそういう話されても困ると思ってな」
「大丈夫でしょう。相原さんも厳しい人じゃないから、納得してくれますよ。この後ですがもう少したら港に着きます。……『ひらさき』の定食はまた今度ですかね」
「ああ、それ楽しみだったんだがな」
龍弦の声のトーンが暗くなった。
彼にとって『ひらさき』の定食は若いころからの楽しみであった。
「また時間を作りましょう。そうそう。ひらさきの店長さんが言ってたんですが、鉄明さんもあの場所気に入ってるみたいですよ」
「あいつもか……似たもんだな。俺ら」
「ええ。不思議ですね。牙谷さんと似るのならともかく。あ、ひょっとしたら牙谷さんと親父さんが似てるのかもしれませんよ」
「そうか?まあ……うん。ところでだ」
龍弦は真剣な顔で話を切り替える。
「鉄明に例の話はしたか?夏休みの件だ」
「ああ、あれですか?後ほど話しますよ」
「うむ」
車はまっすぐに港を目指す。
空は暗く染まりつつあった。
「研修?」
「はい。近々、鉄明さんも呼び出されるかと。勿論場所は竹月組の本拠地、橘樹邸ですが」
その頃、陸島は電話にて木下とやり取りをしてた。
内容は退院後の予定についてである。
「それ行く意味あるのか?自宅じゃねーか」
「まあ確かに。でも機関の魔女とかそういった連中から遠ざけるにはいい機会でしょ。ここで力を付けておけば尚更良いかと」
「……確かにそうだな。機関に狙われているっていう実感がわかないが」
少し考えてから陸島はそう返答した。
「そうそう。隼人さんも久方ぶりに会いたがってますよ。自分の運命を知ったようなので」
「それって……なるほど。そういうことか」
「そういうことです。そうそう。相原さんも一緒に来てもらいますからね?」
「……何故そこでアイツの名前が出るんだ」
「親父さんが渡しておきたいものがあるそうです。正確には返すというか……そう言っていいのかどうかはわかりませんが」
はっきりしない木下の言い方にどこか新鮮さを覚え、首をひねる陸島。
そしてその答えにピンときた。
「ああ、わかったよ。それに関しちゃ来てもらった方がよさそうだ」
「恐らく研修のお知らせは一週間後くらいになるかと。ああそうそう。今は夏ですから水分補給をしっかりしてくださいね?」
「わかってるよ。ああそうだ。一つ質問がある」
「なんでしょうか?」
「俺の実力……組織に立ち向かえるほどだと思うか?」
陸島の問いに木下はしばし熟考する。
そして口を開いた。
「恐らくは。記録や以前の布塚さんとの任務で見た限りでは大丈夫でしょう。でも油断は大敵ですよ」
「ああ。参考にするよ。じゃあな」
陸島は電話を切り、窓の外を見た。
彼の目には暗く染まりそうな夕焼けが見えていた。
(あいつらを殺した魔女。それに鉄の精霊の行方。恐らく精霊はまだ完全に消えたわけじゃないだろうな。何より組織やまだ見ぬ幹部格のドレッサー・ドレッド。先は長そうだな……)
ベッドに寝ころび、これまでとこれからの事を思い返す。
(ああそうだ。ここにアイツの護衛も入るのか……)
頭を抱える。
復讐一筋たる自分の人生にとって全く関係のない目的が追加されたことに。
(正直に言えばやりたくない。だが――)
ベッドの近くに置いた手紙を手に取る。
牙谷からの手紙を。
「アイツの頼みなら……やるしかないか」
手紙を開き、再度確認する。
そこに書かれた手書きの文を。書かれていた名前を。
(ああもう。やりたいことがあるというのにどうしてこう増えるかなあ)
その時、彼の脳裏に思い浮かんでいたのは相原紫苑との先ほどのやり取り。
泣きつかれ、抱きしめられた時のことを思い返す。
(……そうだよな。よくよく考えてみればアイツもまた被害者か。しかし……俺にできるのか?守るということが)
ベッドの上であれこれ考えていたせいか、眠気が走り出していた。
睡魔となったそれが陸島に襲い掛かる。
(まあ今は……体を治すことが先決か)
陸島は睡魔に身を任せることにした。
ほどなくして彼は眠りに落ちた。いずれ来るその時のために。
かけがえのない者達の仇を取るために。
そして、託された願いのために。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第一部はここで終了となります。続く第二部にご期待ください!
最後になりますが☆クリックによる正直な評価、ブックマークなどをしていただけると凄く励みになります!感想もお待ちしております!!
それでは続く第二部でお会いしましょう!




