エピローグ-2
「そうですね。私はこのまま彼の監視を続ける気ですが……ああ、殺したり捕縛する気はないですよ?頼まれたのは決闘においてのみで、それ以降からの任務は特に仰せつかってません。なのでここにいるのはあくまで個人としてです」
「あら、機関は手を引いたと?」
「そりゃあ貴方が来られたからでしょ……」
呆れたように根岸は返す。
彼女の力量を知っているが為に。
「というか校長先生、貴方が何かしたから上は手を引いたのでは?」
「さあ?私はただ彼女たちにこう言っただけです。若い奴らをいじめるなと」
「……なるほど。合点がいきました」
校長の言葉で全てを理解できた。
根岸から見て校長は穏やかではあるが、同時に底知れない実力の持ち主であると理解していた。
「そういうことです。貴方も近いうちに戻っていいですよ。仕事が欲しいなら回しますから。それとも……彼が怖いですか?」
「いいえ。仕事もこちらで探しますよ。彼に関する任務は受ける気はありませんので」
「そう。熱心なのは良いことです」
校長は根岸に笑みを見せた。
「ああそうそう根岸さん。近いうちに貴方に依頼を出すかもしれますね」
「依頼ですか?」
「ええ。もしかしたらの話ですが。さ、ここは病院ですから適当なタイミングで引き払ってください。何か用があるのなら話は別ですが」
「ああいえありませんよ。すみません、では私はこれで」
根岸は頭を下げて、急ぎその場を去っていった。
「はあ……ねちっこくて若人をいたぶる老人共……どうにか消せないものか。おっと――」
校長は自分の役割を思い出し、その場所から歩き出した。
根岸が向かった病院の入り口とは逆方向に。
「さて……」
歩いてたどり着いた病室の札には相原紫苑の名前があった。
中に誰かいるのを確認してから彼女はドアを開く。
「あ……え?校長先生?」
「今、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。あ、えっと何か飲み物――」
「お構いなく。用事は直ぐに終わりますから」
校長は近くの椅子に座り、彼女に質問を始めた。
「聞きたいのは三つです。一つ目に体の具合はどうですか?」
「あ、えっと……特にどこか痛いというのはありません」
「そうですか。良かった。二つ目に魔術の方ですが、あの時陸島君に振るった魔法は今使えますか?」
「え?ああえっと……実は私も良く覚えてないんです。必死で彼に手を伸ばしていたら……彼の心の中、内的宇宙にいたんです」
「なるほど。であれば無意識の内に発動した可能性が高いですね。貴方の独自の魔術が」
「独自の魔術……ですか?」
相原はその聞きなれない単語に首をひねる。
校長は穏やかに説明を開始する。
「聞いたことがあるかもしれませんが、魔術師というのは一般的に二つ魔術が使えます。一つ目に四大元素を軸にした魔術。これは適性云々にもよりますが基本的には努力次第で大きく成長の幅が広がります。二つ目に先ほど言った独自の魔術。ドグマとも呼ばれますね。物を浮かせたり、入れ替えたり。果ては相手を魅了したりと実に様々で、人を魅了する魔法を持つ人もこの世界には複数人いたりしますね。個々によってその差はありますが」
「ということは私の場合は……心に入る魔術でしょうか?」
「恐らくは。マインドダイバーとでもいうべきでしょうか?中々渋いですね」
「し、渋いですか……?」
相原はその評価にただ困惑するばかり。
「いずれはそれも使えるようになれると良いですね。今すぐに使ってほしいわけじゃないので。さて、三つ目ですが……」
校長は少し間を置いた。
その合間に自信の顔をにやけさせていた。
「陸島君と、どこまでいけました?」
「……え!?あ、いやえっと……え!?」
質問の意図を理解したとき、慌てふためく相原の顔は熟したリンゴのように真っ赤に色づいていた。
「例えばの話です。だから……ABCでいうと?」
「ま、待ってください。そこまではいってませんよ!?」
「そこまでというと?」
「ええっと……あの、キ、キスはまだで……ってこの質問何の意味が!?」
からかうように笑う校長は説明をする。
その表情はとっても生き生きとしていた。
「ああごめんなさいね。さっき会った陸島君がひどく困惑してたので。もしかしたら進展があったのでは?と」
「も、もう……校長先生がそう言う話するなんて」
全くである。
先ほど、若者をいじめるなと言っておいた口はさらに切り出す。
「陸島君の病衣に跡があったのでつい……。何か盛り上がったのではと」
「いやあれは泣いた時について……ってもう!」
温厚な相原でも、流石に怒った。
「だから質問の意図は何なんですか?」
「彼と仲良くやって行けそうですか?」
「……仲良くなりますよ」
ツンとすねる相原。
そりゃあそうなる。
「フフフ。ごめんなさいね。陸島君、どこか嬉しそうだったから」
「……え?本当ですか!?」
「見間違いでなければの話ですが」
「……つーん」
「ああ、ごめんなさいね」
頬を膨らませる相原に校長は申し訳なさそうに謝る。
「……彼に関してはこちらで三田川さんと協力しておきますから。学校生活と今後に差し支えないようにね」
それまでの口調とは変わって校長は沈んだ雰囲気でそう口にした。
相原はその言葉に思わず校長の目を注視する。
「それじゃあやっぱり……狙われてるんですね?」
「ええ。でも安心してください。私たちでそこはどうにかしましょう。それに――」
校長はドアの方を見る。
「どうやらお客さんが来たようですから私はここで。お大事に」
にっこり笑って校長は病室のドアを開き、部屋を後にした。
しばらくして部屋に一人の少女が飛び込んでくる。
「……あ、ああ」
流山椿だった。少し前に相原が自身のスマートフォンで目が覚めたことを報告したのだ。
彼女は一目散に相原が横になっているベッドに飛び込んだ。シーツ越しに流山の頭が相原の膝に埋め込まれるように動く。
「よ゛か゛っ゛た゛…゛…゛よ゛か゛っ゛だ゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛」
「つ、ツバキちゃん。シーツがぐちゃぐちゃになっちゃうよ」
「そうですわよ。みっともない。ほら」
優しい笑みで燦央院が近くにあったティッシュ箱から数枚のティッシュを抜き取り、流山の顔に当てる。
更にその後ろには燦央院以外にも数人の来訪者が。
「うう……ぐす。よかった、本当に。目が覚めて……」
「流山さん、毎日この病室に来るくらい、心配だったからね」
鼠川の説明に相原は目を丸くした。
「そうだったの?」
「そりゃあそうですよ!このまま目を覚まさないんじゃないかって心配したんですから」
「だがこうして目を覚ましたのは良いことだ。退院はできそうかね?」
蛇島が心配そうに見る。
「多分大丈夫だよ」
「そうか。ところで陸島は?」
「自分の病室に戻ったと思う」
「ふむ。となると……目が覚めたのは陸島のおかげか?」
「ってことは白雪姫よろしくキスでもしたんじゃね?」
蛇島の推測に割り込んできたのは鴉田の突拍子もない言葉。
それに一同はしばし沈黙。
「ええーっ!?」
病室に流山の大声が響く。




