第一部エピローグ-1
「ったく調子に乗りやがって」
陸島鉄明は足音を立てて歩きながら、着用していた病院服の着こなしを直していた。
先ほどの相原紫苑とのやり取りの最中で服が少し乱れたのだ。
(抱きつくとか子供か。本当に――)
――会いたかったよ……もっと早くに
「……もしかしたら何も失わずに済んだのか?牙谷を早くに見送っていれば」
涙を流す彼女を思い返してそう口にした。
相原紫苑が何も失わずに穏やかに過ごせる未来をそこに思い浮かべながら。
(いや、これ以上考えるのはよしておこう。今は今、過去は過去。それにアイツは俺の戦いに関係ないじゃないか)
ふと、先ほどの相原とのやり取りで彼女が自分に抱き着いてきた光景が浮かぶ。
今までに触れたことのなかった温かいぬくもり。陸島の体にはそれが微かに残っていた。
(誰かをああやって抱きしめた事……なかったな。アイツ、父親に……牙谷にそうして欲しかったのか?俺には親はいないからわからないが……ああやって触れ合うのか?親子ってのは――)
「あら、ここにいましたか」
思案する陸島の正面に一人の女性が立っていた。
黒いスーツに長い白い髪を伸ばした年配の女性が。
「……校長先生ですか。何か御用で?」
「そんなに肩の力を入れなくてもよいですよ。私が不在の合間に色々あったようで」
「ええ。まあそうですね」
「体の具合はどうですか?」
「特に異常はないです。もう少ししたら退院かと」
「そうですか。ところで、相原さんに会ってきましたね?」
「……それが何か?」
露骨に不機嫌になる陸島。
校長はさらに質問を投げた。表情をにこやかに。
「彼女の具合はどう見えました?貴方と同じで、一週間も寝込んでいると聞いたので」
「俺と同じかと。検査次第ですが。でもあの様子じゃあ問題ないかと」
「そうですか。どうやら貴方に泣きついたようでしたので少し心配になったのです」
「……見てたんですか?」
「いえいえ。その服の胸元辺りにシミのようなものがありましたのでもしやと思ったのですが」
校長の指は陸島の胸元のその場所を指した。
陸島がその場所をよく見るとそこには確かにシミがあった。
「あいつ……!」
「そんなに嫌そうな顔をしないで頂戴。第一、貴方にとっても彼女は大事な人じゃないの?」
「あの人の娘ってだけでしょう。それで俺がどうこうするっておかしいじゃないですか」
「……本気で言ってるのですか?」
校長は何か信じられないものを見る目で陸島を見た。
その目の先にいた陸島は静かにこう返す。
「俺は戦いに行きます。そうしたいからです。アイツは……そうですね。この島が安全ならここで――」
「待ちなさい」
押しつぶすような圧がそこにあった。それは陸島の口を閉ざすに十分な圧だった。
「ここから先は貴方にとって悪い話じゃありません。もし貴方が本気で戦いを望むのなら、相原さんを連れて行きなさい」
「何?アイツを?」
陸島は校長からの意見に思わず驚いた。
校長はさらに話を続ける。
「彼女の魔術に関するセンスと才能は一級品です。それは貴方との決闘で証明済みです。何より……魔女機関が貴方を狙っているのですよ」
「なんだと?」
「先日の決闘で鉄の精霊が顕現したのは覚えていますか?」
「ああ」
鉄の精霊。
陸島鉄明の内的宇宙にて暗躍していた存在。陸島に対し、復讐への囁きと鉄の魔術を振るわせた存在。
「前々からですが、どうやら機関の一部が貴方を本格的にマークしているようで。勿論、ウォーロックである貴方が珍しいからというのでもあるのですが」
「それが何だってんだ?」
「機関はこう考えています。鉄の精霊は未だに貴方の内で眠っていると。そこで貴方を使って鉄の精霊を呼び出させてそれを現実に封印しようという魂胆なのです」
「へえ。そんなに危険か」
「問題はその過程にあるのです。捕縛に始まり、貴方に拷問まがいの分解を施し、その上で鉄の精霊を封印、制御するつもりでしょうね。目的は当然、組織の討伐でしょう」
「……だったら潰しやいいでしょうが。返り討ちにする以外に何があるってんです?」
「それが出来ればの話です。今の貴方では勝てませんよ。機関の魔女は貴方の思っている以上に強力です」
「それで?そこにアイツを隣に置くことに何の意味がある?」
「……あの子は一度、貴方の中にいた鉄の精霊を追い払っています。これがどれだけ凄いことかわかりますか?」
真剣な目つきの校長の意見に陸島は何も返せなかった。
若い彼にとって精霊の存在というのは未だ理解が出来ないところがあるが故に。
「そもそも精霊という上位の存在を追い払うというのは並大抵のことじゃないのですよ。それが出来る彼女を隣に置かせる。監視という名目で。それで機関からの刺客や妨害を抑えられるでしょう」
「妨害?どういうことです?」
校長は大きく溜息を吐いた。
それは陸島に対してのリアクションではなく、機関に対するものである。
「どういうことも何も……機関は貴方が行動するのをあまり良く思っていないのですよ。全員がそう思っているわけじゃない。反対派の意見には、精霊の暴走を危惧する者もいれば、貴方のような存在が目立つのを機に食わないという連中もいるのです」
「へえ。注目とは光栄ですね」
「そこで相原さんに監視の名目で貴方に出来る限りいてもらいます。今後、特に。それで向こうには監視役をつけたとしておきますので」
「監視って……それ意味あるのか?」
「ありますよ。相原さんは既に実績のある魔女になってますので。機関は敵に回すと厄介ですよ」
「そうかい。邪魔なら切り伏せるだけだ」
陸島はそう言うと校長の横を過ぎていった。
「監視役の件、頭に入れておいてくださいね」
「ええ」
陸島はそっけない返事を返し、自分の病室に戻っていった。
一方で校長は廊下の隅の方に視線をやる。曲がり角の先の方に。
「……いるのでしょう?根岸さん」
「ばれましたか」
その隅から姿を現したのは根岸と呼ばれる魔女。
先日、鉄の精霊が顕現した日に精霊に立ち向かったグループ、『エメラルド・ナイフ』のリーダーである。
「うまく隠れていた気でいたのですが……校長先生じゃあ、貴方じゃ分が悪すぎますね」
「そうでしょうね。で、誰に頼まれました?」
鋭い目つきにて本題を突き付けた。
校長のその目に思わず身震いする根岸であったが、それに臆することなく彼女は答える。
「機関ですよ。それも、元は和泉島派の連中の。トップの裏切りの件でずっと信頼を失ってましたからね。ここで精霊を捕らえるか追い払うかして実績を機関内で誇示したいって言う名目でしょうね」
「そうですか。その中には逆奈義家もいましたよね?」
「ええ。でもここ最近はすっかり鳴りというか悪いうわさも聞いてませんね。それも十年近く。ああそういえば今回の件に関してはそこは関係なさそうですよ?」
「逆奈義家の当主代理が頑張っている証拠でしょうね」




