22-6
「ああもう……手間のかかる!」
「ご、ごめん」
地面に転ぶことのなかった身体を支えたのは陸島。
彼の両腕はしっかりと相原の腰と肩を掴んで彼女を支えていたのだ。
「あ」
その時、相原は見た。
今までで一番近い距離で陸島の顔を。
(うそ、近……?!)
彼女の心臓が距離が近いのを知っているのにもかかわらず近いと警告を上げるかのように心音を高鳴らせる。
鋭い瞳を持つ整った顔立ちが手のひらほどの距離にいるのだから。
(ど、どうしよう……こういう時って。えっと。ええっと――)
染まった頬の相原は自分でも何がしたいのかわからず、動けずにいた。
一方で陸島はゆっくりとだが彼女の気づかぬうちにそっと体をベッドの方に動かしていた。
「とにかく今は休んでろ――」
陸島が彼女を浮かして抱えるようにしてゆっくりと動かす最中、相原は突然陸島に自分の両腕を回した。
「……何してんだお前」
「このままでいて」
「うっとおしいから離れ――」
「いや。お願い」
はっきりと彼の耳に聞こえるように顔を近づけて相原は言った。
回された腕の締め付ける力を感じながら、陸島は一旦はじっとすることにした。
(……まだか?)
流れる時が永遠に感じた。
彼女から香る甘い匂い。柔らかい肌の感触。かすかに耳に届く吐息の音とそこから肌に触れる息吹。なにかくすぐったい感触が絶えず溢れ、彼にとってどうにも落ち着かなかった。
「もういいか?重いんだよ」
「まって。もう少し――」
相原は今度は自分の顔を陸島の胸元にうずめるように押し付ける。
突然の感触にくすぐったいという気持ちと今まで感じたことのない何かに陸島の心が覆われる。
「いい加減にしろ」
「きゃっ」
それに支配されるのを強く拒んだのか陸島は相原を勢いよく突き飛ばす。
その先にはベッドがあり、彼女はそこに思いがけず座っていた。
「何考えてる。何を企んでる。俺が憎いなら憎いと言え!なんなんだよお前は!」
焦りと怒りが見えたその時、相原ははっとなった。
――もしかして……でも。いやきっとそうよ!
しばらくの沈黙の後、彼女は笑って見せた。
その笑みに陸島は何かずれのようなものを覚えた。
「違うの。そうじゃないの」
「じゃあなんだ一体?」
「私、魔女よ」
その言葉の後に続いて彼女は言葉に重みを乗せるように続けて陸島に伝えた。自分の本心を。
「貴方に……ただ幸せになってほしいって願っているだけの魔女なの」
相原は心の底からの言葉を笑みを強くして、口にした。
その時の陸島の表情を、顔を見てそう言った。
言われた陸島の表情は相原から見て忘れられない顔をしていた。
「……ったく。しばらくそこにいろ」
しばらく固まっていた陸島だったが、苛立ちを見せてから彼女に背を向けた。
「あ――」
陸島は今度こそその部屋を苛立つ態度で出ていった。
音を立てて閉められたドア。ぽかんとベッドに座る相原。
(もう……相変わらずなんだから)
膨れた面で怒り、しばらくしてしゅんとした。その中で彼女は先ほどの彼のやりとりを思い返していた。
(でも考えてみれば私のお父さんは陸島にとっても『お父さん』……なんだよね。だから私にしても彼にしても同じように大事な人だった)
ベッドに寝転び、一つの考えに至っていた。
自分にとって大事な人。それが陸島にとっても大事な人であったと知った時、彼女自身も驚いていたのを思い出す。
(だからこそ、当初は一時の別れを嫌がっていた。また会えるとわかっていたとしても。だけど別れは……永遠になった。それが陸島君を狂わせた。そして今日の彼を作った。そばにいつも鉄の精霊の囁きを受けながら。だからあんなに誰に対しても冷たくて疑り深くて傲慢で……孤独を愛するようになった。そして闇の中を歩くようになった。木下さんが言っていたようにその先には絶対の死が待っている闇の中に)
今の陸島が構築される要因について相原はそう分析する。
孤独を愛する者になった経緯を。喪失が、怒りが、扇動が、時の歯車によって絶えず彼に流れ込んでいた事実を。そしてその結果、どの方向に彼が進んでいるのかを。
(あの時救ったとしても、まだ闇の中を歩いているというのなら……引き戻さなきゃ。今ならまだ間に合うかもしれない!)
相原紫苑目的は定まりつつあった。
陸島鉄明を闇の中より引き戻し、そして父の命を奪った事件の元凶たる犯人の発見をすること。
「……でもそれにしたって冷たすぎるよ」
シーツの一部をぎゅっと握った。
これまでの彼の不遜な態度を思い返す。
「嫌なことがたくさんあったからって……別に私は陸島君に傷つける気なんてなかったのに」
人の優しさを叩き落とす態度に相原は未だに理解が出来ていなかった。
戦いの中で彼が孤独であり続ける理由。それは喪失による痛みと生き残ったという罪悪感が絡み形成した歪な目標の為。
復讐を果たして死ぬという目標。
(……置いて行かれる痛みを知っているのなら、どうして私の事を置いていくの?やっぱり私が嫌いなの?)
潤む瞳。泣きそうになる自分は未だに消えそうにない。
「やっぱり無理なのかな……陸島君はずっと誰かと一緒にいるのが嫌なのかな」
そんな風に思っていた中で、ふと思い出したことがあった。
(あれ……でもさっき――)
ついさっき、自分が転んでけがをしそうになった時の事を。
その時に手を伸ばしてくれた彼の事を。
「……ひょっとして私の身を案じてくれたの?というか……そうだよね」
近くの枕をぎゅっと抱きしめるように抱えた。
足は自然とパタパタと動いていた。
(手……お父さんみたいに大きかったな。身体も同じで。何より……温かった)
枕を抱きしめる力がより強くなっていた。
同様に足も大きく動いていた。
そしてその頬も迫る夕焼けのように赤かった。




