22-5
「う……ううん」
瞼を開いた時、彼女の視界には白い天井が見えた。
「あ……」
相原はゆっくりと体を起こす。
節々に少し痛みが走ったがさほど問題ではなかった。そして視線の先には椅子に座っていた入院患者用の服を着た陸島がいた。
「……ようやく起きたか」
陸島の表情はどこか険しかった。
「え?あ、えっと……私、そんなに眠ってたの?」
「決闘から一週間は経過してるぞ」
「嘘?そんなに?!」
驚く相原に陸島はそれとは関係なしにどこか愁いを帯びた表情を浮かべていた。
その表情を見て、相原は一つの事を思い出す。
「あ、ええっとね。その……会ったの。お父さんに」
「何?ってことは……牙谷にか!?」
絞るように言った相原のその言葉に、それまで窓の向こうに目を向けていた陸島が視線を相原に向ける。
「どこでだ!?いやそもそもどうやって死者に会ったんだよ!?」
「え、ええっとね……」
普段からそっけない態度を見せる彼の、その食いつきぶりに困惑する相原はたどたどしく説明を始めた。決闘の最中、鉄の精霊に憑りつかれて暴走をした陸島を抑えるために皆で戦った時を。
その最中に起きた現象で相原は陸島の内的宇宙に入り込んだ時を。そしてそこで陸島の過去について知ったことを。
「……にわかには信じられないな」
「そうよね。でもそこで見たの。貴方が慕っていた三人の従者を。その中にいた牙谷って人を。お父さんをね」
「……わかるのか」
「うん。幼いころの記憶だけだったけど、あの時のお父さんの温もりとかそういうのは不思議と覚えていたの。それで……三人の最期も見たの」
相原のこれまで見た者の説明に陸島は顔を思わず伏せた。
親しき者達の流血の記憶は今も彼にとって思い出したくない忌まわしい記憶なのだ。
「本当に大切な人たちだったのね」
「ああ。三人が死んだ時、全てが嫌になった」
相原が見たのは憎悪に燃ゆる若者の顔。
「何もかも。だがそうしてばかりでは駄目だとわかった。だから俺は力を求めた。三人を殺した奴らを追い詰めて殺すためにな」
目つきは鋭く、力の入る拳に強い威圧が全身から漂っていた。
「……やっぱり復讐には行くの?」
「当たり前だ。今この瞬間ものうのうと生きてるだろうな。間違いなく。あいつらの血で染まったその手で飯食って、笑って、下手すりゃガキ生んで育ててんだろうな。それをおかしいと言わない奴の気が知れねえんだよ」
「その事で、お父さんから伝えてほしいことがあるって」
「何?」
顔をしかめたままの陸島に相原は牙谷からの伝言を伝えた。
――もしもだ。坊ちゃんが復讐に捕らわれているのならこう伝えてほしい。俺たちは死にたくないと思って死んでいったわけじゃないんだ。爪島も羽田も坊ちゃんを死なせたくない一心で戦った。その結果、坊ちゃんは一人にしてしまった。それはとても申し訳ないことをしたと思ってる。でもそれで貴方が気に病むことはない。鉄の精霊はお前のせいでみんな死んだんだと傲慢に言っていたがそれは違う。俺たちは死すべくして死んでいったんだ。だから残された貴方が気に病むことなんてないんだ。紫苑や仲間たちと静かに暮らしたっていい。それでも宿命が、何かが貴方を突き動かすのなら……俺はもう何も言わないさ
「それが父さんの……最後の言葉だったわ」
「牙谷がそう言って――」
陸島が相原から牙谷のメッセージを全て聞いた時、相原の目から止まらぬ涙が溢れていた。
父との再会と別れ、陸島の過去の悲劇、それらが優しき少女の心に強い悲しみを及ぼしていたのだ。止まらぬ涙と漏れる声。引き裂かれる心は未だその痛みから抜け出せる状況ではなかった。
(……泣きすぎだ)
そう口にしたかった。
でもそう言ってしまえば彼女からの反感を買うだろうとわかっていたので何も言わなかった。
「ううっ……グズ……お父さん」
『お父さん』という言葉が彼女の心から洩れた時、陸島は胸を締め付けられる思いであった。
一番大事な家族のような人に本当の家族がいて、しかもそれが目の前にいて泣いているのだ。
「会いたかったよ……もっと早くに」
(だがコイツからすれば家族を引き裂かれたようなものだよな。もしかしたら誰も失わずに今日まで生きてこれたのかもしれないんだ。それが……ある意味では……いや、俺のせいで全部お釈迦になったんだ。せめて牙谷だけでも生きていればコイツの世界は変わっていたはずだ)
牙谷の死に自分は関係ない。
そう伝言を伝えられたとしても、陸島は無関係でいられるような気分ではなかった。果て無く長い闇の向こうから伸びる鎖に未だ心が縛られているような、そんな気分だった。
(しかしどうしろってんだよ。俺に。復讐は止める気はない。こいつを守ってほしい?いくら牙谷とはいえ……だが――)
「決めたわ」
陸島が答えを見出せず、考え込んでいる横で相原は涙でぐちゃぐちゃになったその顔を必死になって拭って、真っ赤な瞳で決意を示す。
「お父さんを殺した犯人捜し、私もやる」
「は?」
それまで泣いていた彼女の突然の意思表示に陸島は困惑した。
「何を言ってるかわかってるのか?血なまぐさい戦いに自分から赴く気か?」
「うん。お父さんの死の謎を……どうしてそんなひどいことが出来たのか、犯人に聞いて問い詰めてやるの」
「じゃあこの島でじっとしてろ。安全な場所で俺が仇の首を持ってきてやるから」
「それじゃ嫌」
「なんでだよ。いいからこの島にいろ」
席を立って、陸島は急ぎ足で病室を後にしようとする。
「あ、待って――」
出ていこうとする陸島を止めようと相原がベッドから慌てて降りて立ち上がって歩こうとした。
「きゃっ――」
一週間も寝込んでいた彼女の足は久方ぶりの運動でうまく動かせなかったのか、その足はもつれて転びかかる。
彼女の身体は床に向けて勢いよく転ぶ。そのはずだった。
「あ……」
だがそうはならなかった。
転ぶその間際に陸島が彼女を支えたのだ。




