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「ど……どういう事です?」
鼠川は木下のその言葉に思わず眉を顰め、何かに怯えるような表情を浮かべる。
「お、ここにおったか」
その時、一同のいたその場所に橘樹龍弦がやって来た。
龍弦の登場に木下は眉を大きく動かす。
「え?親父さん、鉄明さんは?」
「手紙なら渡した。今は一人にしてやれ。多分牙谷からの最期のメッセージだからな……」
「……そうですか」
龍弦は木下の隣の席に座る。
そして一同に視線をぐるりと向けた。
「……何を話してた?まあ、概ね見当はつくが」
場の雰囲気から龍弦はある程度、話の内容を察していた。
「ええ。鉄明さんの昔話です。……五年前の件です」
「そうか。あの時は酷かったな。本当に」
「あの……さっきの自分は死んでいるべきだったってどういう意味なんですか?」
龍弦が会話の中に入ってきて、木下が答える……と思いきや、話をしたのは龍弦だった。
「ああ、それか。儂が木下に話をしたからな。三人が亡くなって、家に引きこもっているときに鉄明がこう言ったんじゃ」
――なあ親父。俺って生まれてよかったのか?この家に来てよかったのか?俺は……死んでいたほうが良かったんじゃないか?
龍弦から聞かされた幼い陸島の言葉に鼠川は驚愕の表情を浮かべる。
「あの陸島君がそんな事を……?」
「そうじゃな。よく覚えておる。牙谷達の死は、別れは想像以上にダメージになってたようでな。虚な目におぼつかない足、食事もろくに取らなくて日に日に痩せ細っていった。目も当てられんくらいにはな」
「し……信じられませんね」
当時の陸島の状態を聞いた鼠川は思わずそう口にした。
彼から見た陸島は普段、プライドが高く、どこか好戦的な性格をしていた。好戦的というのは決闘をよく受けたり申し込んでいるところでさらには自分の為に修行にひたすらに励む所からそう見ていた。
おまけに他人からの優しさを気に留めることなく、冷たい感覚が常にあった。まるでそれは鉄のような感覚だった。熱い時はただ熱く、冷たい時は何よりも冷たい。極端な例えかもしれないがそれが鼠川の内でしっくりと来た。
「サバイバーズ・ギルトでしょうか?それなら合点がいきますが」
当時の陸島の言葉を聞いて、蛇島は一つの単語を口にした。
龍弦は知っていたようで、首を縦に振った。
「ああ、きっとそれじゃろうな」
サバイバーズ・ギルト。
それは何らかの事件や事故において、たくさんの犠牲者がいる横で助かった者が感じる罪悪感。この場合、陸島は三人が死んで自分が生き残ったためにそれを発症したのではと蛇島は推測する。
「カウンセリングを受けさせ、心のケアをしたつもりじゃったが結局はあまり効果はなかった。ただ俯いてばかりじゃった」
「……あ、一つ質問」
重くなる空気の中で手を上げて質問を繰り出したのは外崎。
「アイツ、どうやって立ち直ったのさ?その状態からしてとてもじゃないけど元気とは言い難いよ?」
「ああ、それはな――」
「あ、ここにいましたか」
会話の輪に入って来たのは病院に勤める看護師。
看護師は龍弦に声をかけていた。
「おや、どうしました?」
「さっき、陸島さんに聞かれたんです。相原さんの病室はどこかと」
「え?」
――ええーーっ!?
生徒一同が驚愕の声を上げる。
看護師は驚き、声をあげてこう言った。
「あの、みなさんここ一応病院ですからお静かにお願いします!!」
(……ここか)
その頃、陸島は自分の病室から離れてある場所にいた。
相原紫苑の眠る病室のドアの前。看護師に聞いたそのドアの前で彼は渋い顔を浮かべていた。
(さて……出入り自体は自由だと思うが。一応はノックしてみるか?)
軽くドアを叩く。
反応も声も返ってくることはなかった。
「……まだ眠ったままか」
オールバックの髪を崩さぬように掻きむしりがなら彼はドアの取手に手を伸ばした。ドアはゆっくりと開かれた。
ドアの向こうにはベッドと周囲に備え付きの椅子があり、その近くの椅子には誰かの差し入れとして果物や折り鶴が置かれていた。
(……どうやらまだ起きてないようだな)
シミひとつない白いベッドの上では相原紫苑が寝息をかすかに立てて眠っていた。医療器具などには繋がれておらず、解いた髪を丁寧に長く伸ばされている。
「さて……来たは良いが、やはりまだ無理か」
近くの椅子に座りつつ、彼女の容体を伺う。
陸島から見た彼女は、もう少ししたら起きる。そんな風に見えていた。
(俺が目を覚ました。ならばこっちも目を覚ますと踏んでいたが……まだダメらしい。さてどうしたもんか)
手に牙谷からの手紙を持ち、困りながら陸島は考える。
起きているようなら伝えておきたい事を伝えようと彼は考えていた。
(まさかこのままじゃないよな?まあそれならそれでも別にいい……訳はないか。あいつの忘れ形見なら――)
脳裏に浮かんだ忘れ形見という単語に陸島は頭を抱える。
「忘れ形見ねえ……聞いてねえぞ牙谷。どういう事なんだよ本当に」
ぼやいても変わらない事実がそこにある。
相原紫苑は未だ眠ったままである。
――……伸ばして
「ん?」
――手を、伸ばして
(何だ?この声?)
辺りを見渡す。
しかして陸島と相原以外に人はおらず、声はまた聞こえる。
――手を……取って
「手……?」
相原の方に目を向ける。
掛け布団の上から伸びている彼女の雪のように白い手が陸島の目の中心に入る。
(……こうか?)
陸島は暫く考えてから、彼女のその手を取った。
彼の手は彼女の手をまるで動物を撫でるように、そっと触っていた。
(手は取ってやったぞ。後は……)
陸島は意識を集中する。
(思い出してきた。そうだ。こいつはこうやったんだろう)
睡魔に襲われるように彼の意識は重くなる。
鈍くなる視界、薄れる意識。そして彼は眠りに落ちた。




