22-1 いつかそこに至る、その日まで
牙谷からの最期のメッセージとも言うべき手紙を読み終えた時、陸島が最初に取った行動、深いため息だった。
顔を伏せ、ただただ牙谷からのメッセージを、親としてみていた者からの言葉を胸中にてじっくりと受け止め、溶け込ませようとしていた。
(……ああそうだよな。辛かったよな。嫌だったよな。俺がいたことが救い?それで救いって、どんだけ追い詰められてたんだよ)
手紙にあった魔女機関上層部の腐敗、というよりは裏切りの事実。
家族に会えないという絶望。陸島鉄明という存在から中心になって生まれた偽りの家族によって救われるレベルまで傷ついていた心を思うと、陸島は何か心を強くえぐられる気分になっていた。
(一人静かに計画を練って……長い年月の中で『本当の家族』に会いたい願いを秘めつつ、それでも会えない状況の続く中で家族の安否がわからない中で切り刻まれていく精神。それを俺という偽物の家族で癒しを貰って……そして最後には何も成せずに死んでいった。こんなひどい話があるものか)
手紙をそっと封筒に戻す中で陸島の手には力がこもろうとしていた。開いた手紙を封筒に戻すという作業の中で必死に力を抑えながら彼はそれをやっていた。
「ああ……神がいるのなら斬り捨てたい気分だ」
外のカラッとした何食わぬ空を見上げながら陸島は胸中に溢れた悲しみと怒りの螺旋に押しつぶされそうだった。
「……とすれば。俺がやるべきことは……」
手紙の一文にあったその内容を思い返す。
自分の妻と娘を代わりに見守って欲しいと言う願いを。
(妻は既に他界している。だが娘が……そうだよな)
その時の陸島の気分というのは、おそらく彼の人生の中でも最も度し難い何かが渦巻く状況で後に陸島はその時の胸中を一言でこう言った。
――慕っていた人から嫌っていた人を守れという願いをふっかけられた時の気分?そうだな……一言で言うなら……最悪だったよ。色んな意味でな
「え?ええぇぇっーー!?」
「流山さん声がでかいって」
一方、病院の食堂にて。流山が大声で驚き、それを鼠川が注意する。
流山達は木下より陸島の五年前の事件とそれに関係する過去について聞いていた。
内容としては、牙谷と陸島の出会いから別れまで。
また、語られた内容には牙谷が相原紫苑の父親であると言う内容も含まれている。
「私も調査した時に驚きましたよ。まさかあの二人にそんな接点があったとは、と」
「……確かに驚きですわね」
「ああ……そうだな」
燦央院と蛇島は静かであったが、やはり衝撃を受けていたのか二人の顔からは汗が流れていた。
暗い雰囲気が漂う中で外崎が質問を投げる。
「それからアイツはどうなったのさ?アタシが聞いた限りじゃショックで倒れてたそうだけど?」
「ああそうそう。俺もそれ気になるわ。仲良くしていた人との突然の別れなんて、相当なショックだと思うぜ」
鴉田も外崎の質問に興味を示した。
これに対し、木下は一呼吸置いてから答える。
「ええ。我々が現場に駆けつけた時には、鉄明さんは倒れていました。暫くは目を覚ますことはなくて……次に目を覚ました時は一週間が経過してましたよ。いつも一緒にいた部屋の方まで歩いて、開いた先にあった三人の遺影と三つの骨壷を見た時の鉄明さんの悲痛な叫びというのは今でもこの耳に残ってます。死んでしまったのだという事実を暫くは受け入れられていませんでした」
大切な人たちとの突然の別れ。
しかもその時の光景を陸島は見ていた。その事実に対し、流山達は口をつぐんだ。その中で木下は話を続ける。
「日に日にやつれていく幼い鉄明さんは見るに耐えませんでした。食事もろくに取らず、学校に行かず、ただ無気力で。唯一とった行動があるとすれば、十手をたまに見ていたくらいです」
「十手ですって?ひょっとして陸島君がいつも持っているという物ですの?」
十手という単語に燦央院が反応した。
「ええ。鉄明さんの話では遊園地に言った際に買ってもらったものだと。それが三人との最後の思い出の品だと言ってました」
「その十手は、形見のような物ってことか」
鴉田の例えに木下は静かに首を縦に振った。
ここで外崎は何かに気付く。
「今の話聞いててさ。気の毒と言うやつで間違いなけどさ……アイツは牙谷さんが相原の父だっていうのは知らなかったんだよね?」
「ええ。そうですね。今頃、親父さんから伝わっているかと」
「ということは、あの男は相原さんとその牙谷さんが親子だって知らずに今日まであの態度でいたのかね?これは……どうなるんだ?」
苦い顔で蛇島はぼやく。
「色々聞き及んでますが……私にもわかりませんね。少なくとも何らかの変化はあると思いますよ」
「そうじゃなかったら殺していいですか?」
物騒な単語を鋭利な刃物を突き刺すようにその場に叩き込んだのは流山。
その目には怒りが満ちていた。
「流山さん。言いたいことは……気持ちはわかるよ。でもそれは――」
「鼠川君はちょっと黙ってて」
向けられた眼差しに鼠川は思わず口を閉ざす。
「あいつはこれまでも兎に角シオンちゃんに失礼だった。何も知らないとはいえ……いやそもそも!あんな態度を向け続けて良いわけがないんですよ!誰の手も借りずに生きてこうとする。なんて傲慢な奴か!」
「ご……傲慢?」
流山の陸島に対する批判に鼠川は思わず固まる。
「そうですよ!大切な人に命をかけて守ってもらって置かれた身で!!なんであんな風な世捨て人みたいな生き方ができるんですか!?」
「言いたいことはわかります。ただ……一つだけ、それに関しては心当たりがあります」
流山の愚痴のような意見に木下は答える。
「いつかは忘れましたが、鉄明さんがこう言ったんです。自分は死んでいるべき人間だったと。生きて良いわけがないと」




