21-2
周囲に圧のこもった瞳で睨む。
崩れた影の者達の後ろには、まだ数体の敵がいた。
「大丈夫だ。俺に任せろ」
刀を構え、相原を狙う者達に姿勢を構える。
たとえそこにどれだけいようとも牙谷は一歩も通す気はないかのように、足に根を張ったかのように地面に踏み込みを入れる。
「だから……お前にしかできないことをしてほしい!」
「……うん!」
次の瞬間、相原の放った枝には魔力の流れが生じていた。
築かれていた魔法陣の下から、陸島のいる上に向かって枝の中でそれは静かに流れを作り、陸島へと注がれる。
「うぅ……?」
暴れる陸島はその時に動きを止めた。
その枝から流れていたのは魔力の本流。温かく、温もりに溢れた相原より流れる優しさが形をなしたもの。
「大丈夫。私は味方だから……」
杖を握る手から力を緩めることも、強くすることもなく相原は陸島に語り掛けるように言葉を発する。
「辛かったんだよね。苦しかったんだよね」
流れる魔力は陸島を包む。同時に彼女の目が潤みだす。
その身に宿していた鉄の精霊によって植え込まれた憎悪と魔力が混じった濁流を流すように彼に注がれる。
「もう止まっていいの。これ以上傷つかなくていいの。苦しまないでいいの。一人で歩き続けるのはお終いにしよ?」
涙があふれる。
陸島の過去を見た時に映った残酷な光景が彼女の脳裏によぎる。その時に陸島は身をよじらせて暴れだす。同時に彼が纏っていた鉄の悪意が相原の放った魔力にぶつかってそれを振り払おうとする。
「うっ」
痺れが走った。
それは鉄の悪意より伝わる。
「大丈夫……私がいる。私が救う。私が守ってあげる。魔の手を払う手は一つじゃないから!!」
さらに相原は魔力を込めた。
「だから帰ってきて!!お願い!!」
更なる魔力を枝より流し込む。
それは完全に陸島を、彼に憑きし悪意を包む。
「まだ話したいこと、いっぱいあるの!!だから!!」
涙を溢れさせながら、叫びが周囲にこだまする。
陸島のうなり声も、叫びももう聞こえることはなかった。
――帰ろう。皆の所に
一方、外の闘技場。
「ちいっ。こいつやるね!!」
無数の刃の群れが一斉に流星のように三田川を狙っていた。
全てを回避し、刺さろうとするそれを彼女は手に込めた魔力で全てはじき落とす。
「三田川さん!!」
黒い影に包まれし、鉄の精霊。
その得体の知れない存在と三田川、布塚ペアは戦いを続けていた。
「ほう。貴様……たいしたものだな。まだ戦えるとは」
「そりゃあどうも」
鉄の精霊は驚いているようだった。
三田川は全ての攻撃を払い、いまだに息を切らしてはいなかった。
「三田川さん。コイツどうやって倒します?」
近づいてきた布塚の問いに三田川は顔を渋くさせる。
「そうだねえ。普通に殺してもいいけど、陸島君がどうなるか」
「ほう。それで貴様、動きがぎこちないわけか!!」
鉄の精霊は楽しそうに笑った。
まるではしゃぐ子供のように。
「先ほどの魔術と言い、身のこなしといい……貴様何者だ?隣の者とはえらく違うようだが?」
「そりゃあどうも。コレと一緒にされちゃたまったもんじゃないからね」
「人間って思ったより簡単に傷つくって知ってます?」
「うるさい。さっさと前向け」
機嫌を悪くしながら三田川は荒っぽく指示を出す。
指示された布塚は溜息を吐いて杖を構える。
「それにしても、どうします?封印しようにも道具持ってないですよ?」
「そうね。向こうの方も音沙汰ないのが気になるし」
三田川は先ほどから闘技場を二つに隔てる壁の向こうより音が聞こえないのが気になった。
(ぴたりと止んだ。魔力の流れも感じない。いったいどうなって――)
最悪の予想も考えていた。
全滅と言う最悪の未来を。
(さて、向こうには保険を掛けた気でいるが……)
鉄の精霊もまた、陸島の動向を気にしていた。
「む?」
その時、鉄の精霊は違和感に気づいた。
それは自身の内側から来ていた。
「これは……まさか?殺されたか?」
「え?」
鉄の精霊の言葉に三田川は目を見開いた。
殺された。この場合は陸島鉄明の死が彼女の脳裏に走っていたのである。
(あり得ない。燦央院さん達であの状態の陸島君を殺せる……いや、殺せなくはない。未知数のウォーロックが三人もいれば状況は大いに変わる可能性はある。でも)
壁の向こうは何が起きているかわからない。
だが異変は三田川の目の前で起こった。
「ちぃっ。ここまでか!!」
「え?三田川さん、あれ!」
布塚が驚きの声を上げる。
鉄の精霊の姿に揺らぎが見え始めた。うっすらと透明になって、またはっきりと像を結ぶ状態を繰り返している。
「まあいい。三田川と言ったか。いずれまた会おう」
「なんですって?陸島君の内に戻るつもり?」
「いや、残念ながらそうはいかないようだ。どうやらこの感じは……切り取られたらしい」
「なんですって?どういう意味?」
「言いたくはないが、どうせわかるので言ってやろう。我とあの者の繋がりが切れた。どうやら内的宇宙に接続して直接切り伏せた者がいる」
「内的宇宙……?まさか!!」
「そうだな。さて、名残惜しいが此処までだ」
精霊の実像がはっきりとしなくなる。
その場所から静かに消えていく。その状況に鉄の精霊はため息を吐いた。
「次に会うまでには時間がかかる。さて、どこから姿を現してやろうか」
「もう会いたくないわね。あんたみたいな手ごたえのない者にはね」
「おや、嫌われたものだな」
不敵に笑う精霊。
三田川は顔を歪めた。
「ああ、でもいいわよ。次は全力で潰すから。うちの後輩に手痛い目を合わせた分はいつか必ず支払わせてやる」
「ほう。それは楽しみだ」
激昂する三田川の前でやがて精霊は完全に姿を消した。
そしてその場所から声が響く。
――あの少年に伝えておけ。我が力、いまだ昏き眠りにあるとな
「……え?どういう意味っすか?」
「さあね。それより――」
三田川は辺りを見渡して敵意が完全に消えたのを確認してから、闘技場を隔てる壁に体を向ける。
そしてその壁に向かって杖を振るった。壁は三田川によって大地より生じ、そして彼女の手によって壁は轟々と音を立てて沈んでいく。やがて二つに分かれていた闘技場の内部が一つになって向こう側の状況が明らかになる。
「これは……!?」
三田川はその向こうを見た時に驚愕の表情を浮かべる。
「あ、三田川さん。精霊はどうなりましたの?」
「それは大丈夫。それよりこれはどうなってるの?」
三田川が見たのは、燦央院達が作る円の中心にいる二人。
一人は陸島、もう一人は相原。共に地面にうつぶせになって倒れていた。




