21-1 そして此処に至る
「……これが、五年前の。陸島君の思い出なの?」
プツリと切れた彼の記憶。
気が付けば相原紫苑はそこにいた。
三つの血の海が広がる山道の近くに立っていた。無論、そうした山道にいたわけではない。陸島の内的宇宙の世界にて創られた山道にいたのである。
「そうだ。五年前……正確にはそれ以上前の記憶もあるんだが、要は俺と鉄明坊ちゃんの記憶が今、紫苑の中に流れたんだよ」
そこにはいつの間にか、スーツの男が一人立っていた。
記憶にて彼に優しく接していた男性がいた。その容姿が黒髪のオールバックをしており、そこにいた者も同じ見た目であったことから相原は彼が牙谷であると理解する。
「……全部本当なの?」
「ああ。あの日、坊ちゃんは全てを失った。この時のショックで坊ちゃんは倒れて一週間近く目を覚まさなかったさ」
「そんな……それで、陸島君はどうなったの?」
「次に目を覚ました時、俺たちの死を理解した。叫び、泣いたさ。それから坊ちゃんは決めたんだよ。復讐をな。そしてもう一つ」
牙谷はその場所を指さした。
そこには一人の少年が立っている。
「あれは……陸島君!?」
「ああ、今表で暴れている鉄の精霊。そいつに憑りつかれたんだよ」
「精霊に……!?」
「俺も信じられなかったが……聞いた限りじゃとんでもない存在だってな。そして今、それは坊ちゃんに憑りついて顕現し、己の目的を遂行しようとしている。俺たちの仇を殺し、己の敵を殺し、そして全てを殺そうとしているのさ」
牙谷は叫び暴れる陸島を憐れむ目で見ていた。
「そんな……どうしてなの?」
相原には理解できず、困惑の表情を浮かべる。
仇を殺す。それは理解できる。しかし全てを殺すというのが彼女には全く度し難い者であった。
「時が止まったからだよ。あの日から。そして目が覚めてからずっと研磨を止めることはなかった。鉄の精霊はそんな坊ちゃんに取り憑いて、常に囁いたのさ。お前の悲しみを、憎しみを解きたいのならば己を磨き続けろと。同時に俺たちが殺された風景を何度も再生し続けてな」
「それで……あんなに冷たかったの」
「ああ」
相原はそこで全てが繋がった気がした。
陸島鉄明が狂った日。悲しんだ日。そして決意したその日から、鉄の精霊は彼のそばにいた。そして彼の心に道を教えたのだ。その心に悪意を灯して。
「最悪なのは坊ちゃんが鉄の精霊の意思と目的に最も合致しているって事だ。鉄の精霊はその身に浴びた数多の血と叫びから人を救わんとするために一つの手段を選んだ。皆殺しという選択をな」
「皆殺し……!」
「そうだ。このままだと坊ちゃんは組織どころか、人に牙向く怪物になる」
その時、叫び唸る陸島がこちらを、相原の方を見た。
その目を相原が見た時、その目の色が黒い事を知った。しかしただ黒いだけではなかった。よく見ればその目の色は絶えずわずかに変わっていて、悲しみや憎悪、怒りを感じ取れることからそれがただ一色の色で出来ているわけではないと判断できたのだ。
「……もしもだよ」
「ん?」
杖を構える相原は隣にいる牙谷に問う。
「陸島君をあの苦しみから解放できたら……パートナーにしてもらえるかな?認めてもらえるかな?」
「……それはわからないな。坊ちゃんは昔から一人が好きだったさ。これからもな」
苦笑いで相原の質問に牙谷は答える。
「だけどな、俺みたいな家族捨ててるロクデナシが認めてもらえたんだ。絶えず意思を抱えていれば、きっと好機はあるさ」
「そうだよね……絶対にそうだよね」
目に力を込める。
手に持った杖に魔力を注ぎ込む。
「紫苑」
牙谷が相原の名前を呼ぶ。
申し訳なさそうに。
「頼みがあるんだ」
その傍らで牙谷は相原に伝える。
「今も俺たちの事で苦しんでいる坊ちゃんを解放してやってほしい」
牙谷の視線の先には呻き、叫ぶ陸島が刀を持ってこちらを見ていた。
「それから……ごめんな」
はっきりと聞こえた願い。そして、申し訳なさそうに聞こえた嘆き。
相原の耳はその二つをしっかりと聞いていた。
「大丈夫だよ。私も……もう一人じゃないから!!」
相原はその言葉に、牙谷の声に笑みを返した。
溢れんばかりの魔力を杖に注ぎ、彼女の周囲に光が満ちる。暖かなる光が昏き夜の世界に広がる。
「グウ……ウオオォォォッ!!」
こちらを見ていた陸島もそれに気づき、それに何かを感じ取ったのか真っ直ぐに睨んで突撃を仕掛ける。その手に集う光の先に、鉄の魔術によって生成された一振りの刃を握りしめながら。
(これ以上、苦しませるわけにはいかない)
叫び、駆け寄る陸島。
鉄の精霊によって注がれた魔力により、精神を侵食されて正気を失った彼を救う為に相原はその魔術を行使した。
「えいっ!!」
その時、正気を失っていた陸島の周囲を囲うように円が形成される。淡き光の輪に思わず陸島は止まり、そこからの攻撃を回避しようと飛びあがろうとしたその時だった。
「させない!!」
「アァ!?」
さらに相原が放ったのは、大地に刻まれし光の円より幾重もの木の枝が暴走する陸島の身体を捉える。
(これは……締め上げる気か?にしても凄いなこれは――)
その風景を見ていた牙谷。
相原の魔術の手腕に感心しつつ、枝に締め上げられる陸島を心配そうに見た。
「大丈夫。じっとして。今、解放してあげるから!!」
陸島の耳に届いているのかわからなかったが、相原はぎゅっと両手で杖を握りしめる。
その時、杖が蛍のように淡く光り始めた。色は白く輝いていた。それと同時に合わせて陸島に絡む枝も光始める。
「これで……もうおしまいにしよ?」
相原は涙と共に、笑みを浮かべる。
その笑みには嘲りもなく、悲しみもなく、ただ純粋に穏やかなる雰囲気だけがあった。
だが――
――そうはさせぬぞ
何者かの声が空間に響く。
直後、足元より無数の人影がゆらりと生まれる。
「何……?」
相原は周囲に満ちる嫌な気配を察知する。
「こいつは……!」
牙谷は生まれた者たちを驚きつつ見る。
黒い影のような者たちは不気味で、こちらに敵意を向けているのはわかっていた。
――よもやこちら側に踏み込める者がいたとはな。だが無意味だ
無数の人影が、敵意が襲い掛かる。
ターゲットは魔術を振るう相原。
「うそ……!?」
相原が焦り、目を閉じる。
陸島を縛っていた魔術は解かれる。
「させるか!」
次の瞬間、影の者達は振るわれた一閃によって切り裂かれていた。
彼らと相原の合間に、刀を持った牙谷が立っていた。
「邪魔しないでもらえるか?二度と見ること叶わないと思ってた娘の晴れ舞台なんだよ」




