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一方で、いつの間にかその手に刀を握っていた仮面の者は、手に持っていた刀の刃をじっと見ていた。
そこには爪島を突き刺した際に溢れた血がべっとりと付着しており、仮面の者はその血のしたり落ちるさまをじっと見ていたようだった。血の跡も雨によって段々と薄れてはいたが、それでも残っていた。
「うわあああっ!!」
幼き陸島には耐えられない光景だった。
叫びその場を走って逃げようとする。
「あ、坊ちゃん!」
雨脚が強くなる。
逃げ出す小さな背中を仮面の者は見逃さなかった。
(まずい!)
焦る牙谷は刀を持って八相の構えにし、こちらに向かってくる仮面の者を迎え撃とうとする。
駆けだす仮面の者は陸島と自分の合間にいる牙谷を迎え撃つ――という事もなく、彼の前でふわりと浮いて見せた。
「な!?」
宙に浮く様は華麗で、蝶のように舞ったかと思えばくるりと大道芸人のように空中で回転してそのまま陸島の正面に立った。
「あ――」
刀を構える仮面の者。
「やめろーっ!!!」
走り叫ぶ牙谷。
――どうする?このまま死ぬか?惨めに殺され、仲間の、家族の後を追うか?
陸島の耳に届く、何者かの声。
それが誰なのかはわからなかった。だがその声には導かんとする意思があった。
(……嫌だ!!)
導きの声が、怯えた少年に変化を与える。その時、意を決した。
目の前に現れた仲間の仇に、飛び込んだのだ。
「え!?」
牙谷は目を見開いた。
今にも切ろうとしていた仮面の者が小さく少年の体当たりでバランスを崩したのだ。
正面からのタックルというシンプルな攻撃。それは仮面の者にとっても意外だったのか、後ろに吹き飛ばされて尻もちを搗く。
(いや、これならいける!!)
牙谷は笑った。陸島の勇気ある行動に。思わぬ好機に。
そのまま陸島の横を走り抜けて、仲間の仇に向かう。
「うおおぉぉぉ!!」
手に力を籠め、目いっぱいに叫び、渾身の一撃をバランスを崩した仮面の者に向かって勢い良く振るった。
怒りと鉄槌を含んだ斬撃が仮面の者の首を切り裂き、仇を二つに裂いて見せた。
「や、やった!!」
ついに地面に崩れ落ちた仮面の者。
戦いは終わりを向かえた。
「無事ですか坊ちゃん!?」
敵を討ち取った牙谷は振り返って、陸島のいる方を見る。
「え……うん」
雨に濡れてはいたが、陸島自身にけがはなかった。
擦り傷も、切り傷もなく、彼は無事だった。
「……怪我がなくて何よりです。それと、もう少しで応援が――」
牙谷が陸島を安心させようとして言いかけたその時だった。
彼の心臓を何かが貫いた。
「え?」
一瞬の出来事に陸島は言葉を失った。
「な……!?」
牙谷は貫かれた個所から溢れる血と熱い感触に理解が追いつかなかった。
「ばか……な!」
牙谷が後ろを見れば、そこには先ほど二つに裂けたはずの仮面の者がいた。
仮面の者は牙谷を指していた刀とは別の手で仮面を指さしていた。
(しまった、この仮面……やはり魔術道具か!?)
牙谷はそこで理解した。
魔術道具である仮面が付けている者の首をつなぎ止め、さらには死すら超越した何かをその身に宿させたのだと。
「ぐふっ」
口から溢れる血。
揺らぐ視界。遠のく意識。
「やめろ……やめろ!!」
はっきりと聞こえる子供の声。
(くそ……せめて坊ちゃんだけでも)
引き抜かれる刀。
地面に崩れ落ちる牙谷は地面に血の海を広げる。。
「あ……ああ」
崩れ落ちた男に無情にも刺さるもう一撃。
さらに溢れる血の海。返り血を浴びる子供。
「ごめん……なさい。坊ちゃん。逃げて……ください」
「お前……やめろって言ってんだ!!」
再度、仮面の者に向かって再び体当たりを仕掛ける陸島。
だが一度決まった攻撃がその者に、羽田や爪島を屠った者に通じるかと言われればおのずと答えは見える。
仮面の者は相も変わらず何も言わなかったが、確かな反撃をして見せた。
「うわぁっ!!」
その場でゆらりと回避をして、その足で目いっぱいの蹴りを陸島に叩きこむ。
「ぐう……うう!!」
転がる陸島は腹に駆け巡る痛みを必死に堪えながら立ち上がろうとする。
「ダメです……坊ちゃん……逃げて!!」
刺し傷より血の川を流す牙谷は、陸島に必死に逃げるようにと懇願する。
だが幼き陸島は仮面の者から逃げようとする気配を見せなかった。
「だめだ……!お前まで死んだら俺は一人だ!!」
「逃げて……いいから。俺の事は――」
死に際のやり取りの最中、そこに仮面の者が現れる。
牙谷の近くに。
「やめろーっ!!」
(いや、ここだ!!)
牙谷は最後の力を振り絞るように横に回って串刺しを回避する。
そしてそのまま立ち上がって、仮面の者に体当たりを仕掛けた。
「こいつっ!!」
陸島の時とは違って、牙谷の方が力強く、そして早かった。
吹き飛ぶ仮面の者。だが――
「え?」
牙谷はその光景に目を見開いた。まるで空中で映像の一時停止を押されたかのように仮面の者はぴたりと止まっていた。
そして吹き飛んだ時の衝撃がなかったかのようにそれは地面に立ち、そして牙谷に駆け寄って一振りを叩きこんだ。
「うわああああっ!!」
叫ぶ陸島の前でまたも鮮血の海が広がる。
そして今度こそ、牙谷は崩れ落ちた。
――ああ、ごめんなさい。坊ちゃん。守れなくて
薄れゆく意識の中、最後に牙谷が見たのは泣き叫ぶ陸島の顔。
幼い少年が目と鼻をぐちゃぐちゃにしてその服をみんなの血で染め上げたその様は地獄にいたと言っても過言ではなかった。
「あ……ああ。そんな。みんなが……」
羽田は串刺しになって死んだ。
爪島は両腕を裂かれて死んだ。
牙谷は心臓を貫かれてついに死んだ。
皆、死んだ。
――なにも守れなかったな。何も。いや。お前が守るという事はできないな。何せお前には力がない。才能がない。勇気は……あったな。無謀な意思だったが。そしてこれがその結果だ。結末だ。この地獄は力がない者が見る光景だ。歴史の海の中ではよく見えた光景だ。さあ、お前も彼らと同じになるか?死んで無様になるか?
「やだ……嫌だ!!」
親しき者達の死が引き金となって恐怖が陸島に纏いつく。
――お前はまだ幼い。我が力を継承するにはまだ早い。今はまだ、な。だが残念ながらここで無様に死んでいけ
「死にたくない……死にたくない」
怯える陸島は腰を抜かし、それを見る。
仮面の者がじっとこちらを見て歩み寄ってくる光景を。
「やめろ……やめろーっ!!」
叫びながら後ろに後ずさる陸島に仮面の者は刃を振るおうと刀を構えた。
その時だった。
「いたぞーっ!!」
その時、声がした。同時に銃声が轟く。
仮面の者はぎょっとして辺りを見渡す。状況を理解すると、仮面の者はその場から宙に浮いて鳥のように空へと去っていった。
「なんで……こんなことに」
もう一度、周囲を見る。
雨の中、流されない血の海が三つあった。
いずれも陸島の親しき者達が作っていた。もう彼らが動くことはなかった。
雨は未だに止む気配はなかった。




