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「おお、広いっすねー中」
ゴンドラの中は大人四人が座って入っても余裕が少しあるくらいには広く、入った爪島は感心の声を上げる。
「爪島は乗ったことあるの?」
「あるっすよ。坊ちゃんはひょっとしてこれが初めてっすか?」
「うん。っていうか遊園地自体、来るの初めてだよ」
「え!?」
驚きの声を上げたのは羽田。
初めての遊園地ということに衝撃を受けたようだ。それとは関係なくゴンドラはゆっくりと流れに沿って上りだす。
「ああ、まあ坊ちゃんもこういうところにはあまり行きませんでしたからね」
ため息を吐いて牙谷は言う。
「ああ、まあそうですよね。てか牙谷さん今まで連れてこなかったんですか?」
「何年か前に提案したんだよ。でも坊ちゃんがそれより家で本読んでたいって言うから遊園地はあまり好きじゃないのかなって」
「そうなんですか?坊ちゃん」
「……まあそうだね。ゲームとかもあるし」
「うーん現代っ子。あ――」
羽田は会話の途中でゴンドラの外を指さした。
羽田以外の三人は指差した先を見る。
「おお……」
陸島が驚きの声を上げた。
そこには夕日に照らされた遊園地の風景が見えた。鮮やかな夕日に彩られているたくさんのアトラクション。全てに乗れた訳じゃないが、乗ったもの全てを見て陸島はじっとそこから目を動かそうとしなかった。
「おお……いい眺めっすね」
「ええ。素敵」
「ああ。良い景色ってのは本当にいいもんだよ」
大人三人もじっとその風景に見とれていた。
やがて最高到達点からゆるりとゴンドラは下がっていく。
――そう。あの時感じたんだ。ゴンドラが下りていくときに。全部終わるんだって。この生活が。牙谷との暮らしが。それがどうにも嫌だった。それまであったものがそうでなくなる。言葉にするのが難しいそれが嫌だったんだ。爪島と羽田がいるだけじゃダメであとそこに牙谷がいないとどうにも落ち着かなかった。何よりその時から嫌な予感がしていたんだ。全部壊れそうな予感が
「あ―面白かったすね!遊園地!!」
「何でお前が一番楽しそうにしてんのよ」
ゴンドラを降り、心浮き立つ笑みを見せつける爪島に羽田はげんなりとした表情を見せる。
「え?ダメ!?」
「……今日の主役はどちらかと言えば坊ちゃんと牙谷さんでしょ」
「あ」
「あ、じゃないの」
呆れながらも羽田は後ろを見る。
そこには何かをじっと見る陸島の姿。羽田は気になって視線の先を見る。
「あれは……」
その先には一人の少女。年は陸島くらいのその少女の両側には彼女の両親が彼女の手を握って笑って歩いていた。
「たのしかったー!」
「ああ、父さんがまた連れてってやる」
「ええ。また行きましょ」
朗らかな雰囲気を纏っていくその家族。
羽田から見て陸島はしばらく目を奪われているように見えた。
(やはりまだ幼いところのある坊ちゃんにとって親との離別は……牙谷さんとの離別はきついものがあるのでしょうか)
憂いを帯びた目で陸島を見る羽田。
その近くに爪島が駆け寄ってこう囁く。
「俺らがちゃんとするんだろ?」
「……わかってるわよ。そんなこと」
「ならよし。さ、もう帰りましょ。夕日も落ちてきたし」
「ええ」
陸島は言葉にはしなかったが、その目は拒絶の色をしていた。
そして帰りの車に乗る時が来た。陸島は事前に橘樹龍弦からこう聞かされていた。
――鉄明。遊園地に行く日だが、どこかのタイミングで牙谷に今日までありがとうって言ってやれ。お前の事をわがまま言わず、じっと世話して見守ってくれた男だ。それがどれだけ大変かわかるか?アイツが内に何かを抱えている。俺たちの知らないものがあるんだ。それを忘れてお前に仕えることを選んだアイツを少しでも労って見せろ
(労う……か。今までありがとうって。言わないといけないのか?)
今までありがとう。
もしそういえば父はいなくなる。そんな気がしていた。しかしここで言わなければならない。
(……飯時でもよくね?)
車の席について体に走る疲れが生んだ睡魔にいつしか彼はまどろみ、そんな考えを脳裏に走らせて瞼を閉じた。
それをひどく公開した。次に彼が瞼を開いた時、もうその言葉を伝える機会はないのだと。
「坊ちゃん、眠ってます?」
助手席から後部座席を覗くように見る羽田。
「ああ、ぐっすり寝てら。考えてみれば今日一日中走り回ってたからな」
後部座席にて、すやすやと眠る鉄明。
その隣でにっこり笑う牙谷。
「ええ。子供みたいにはしゃいでましたね」
「それはアンタでしょーが。今朝の寝不足と言い、ジェットコースターで大はしゃぎと言い」
「つーか坊ちゃんはまだ子供だろ」
「あー、そういやそうっすね!」
車は山中にある橘樹邸を目指し、進んでいた。
いつのまにか、オレンジの夕焼けの光景は何も見えぬ暗い夜へと差し変わっている。
「爪島、羽田」
「はい」
「なんすか?」
「……今日まで補助、助かった。明日からは本格的にお前たちが坊ちゃんを支えてやってくれ」
「はい」
「了解っすよ。ところで坊ちゃんって……ウォーロックなんすか?」
「え?なんだそれ?」
「知らないんすか?男の魔法使いっすよ。まあここ数年出てないからってのもあるんであまり聞かない存在かもしれませんが。もしかしたら俺と羽田のように坊ちゃんも誰か隣にいるかもしれませんね」
「悪いがそれはちょっと想像つかんな」
牙谷は爪島の言葉に苦笑いを返して答える。
その胸中では陸島がウォーロックである疑惑をもっと前から知っており、その疑惑が広がる炎のように広がっていた。




