20-2
「そういやさっき聞いたが、トップで高校を卒業したってマジなのか?」
「え?ああそうですよ」
「……その割にはだらしないと聞くが、それ将来の坊ちゃんに毒になったりしないだろうな?」
牙谷は目の奥を光らせた。
その目に思わず、羽田はぎょっとする。
「そ、そんなだらしないだなんて……」
「爪島から聞いてるぞ?やれ寝坊が多いとか部屋が汚いとか……おまけに今は坊ちゃんがいるから抑えてるかもしれんが酒に酔った時の性格も酷いと聞いてるぞ?」
(爪島……帰ったら殺す!!)
牙谷の言葉に羽田は呪いを込めた表情で答える。
「まあなんだ。爪島も爪島で酷いが。こないだ坊ちゃんが本をよく読んでるからって言って本をプレゼントしようとしたんだ。アイツ、何を送ったと思う?」
「まさかスケベ本とか?」
「いや、ラノベの本。ただし表紙が凄いヤツ」
ここで牙谷が言った『凄いヤツ』というのは言ってしまえばセクシーな方を指します。
なお、渡された時の陸島はギョッとしたそうです。何分、渡してきた爪島の表情に悪意がなかったので。
「あー……じゃあ、しばいておきますね」
「心配すんな。既にやっといた。で、今の話をした理由だが当然ながらお前らに坊ちゃんを任せるのは厳しいと思ってるわけだ」
「心配性なんですね……でも爪島はともかく私まで何故?」
「さっきも言ったが……お前自分が女性であるとわかってるか?このままだらしない状態が続けば坊ちゃんにとって目に毒という事なんだよ!」
「んなばかな」
開いた口がふさがらなかった。
しかしこの場に他の誰かがいれば、きっとその者は牙谷の言葉に対して首を縦に振るだろう。
羽田由香。年若く、体つきもすらっとしてるが凹凸のラインはわかる。おまけに長い髪の似合うその整った顔は男を惑わす色香を纏うには十分であった。
「あの……それは私と坊ちゃんが間違いを犯すとでも?」
「それ以外に何があるこの魔女めが」
「いや魔女なのは否定しませんけど何か言いがかりが酷いですよ!?」
「だまれ!坊ちゃんにはまだそういうのは早いんだよ!!」
「子煩悩に火をつけないでください!!」
呆れながらも大声で羽田は牙谷の暴走ぶりに突っ込んだ。
牙谷牧久。陸島鉄明が五歳の頃からずっとそばで世話を担当していた陸島にとってかけがえのない存在。そして牙谷からしても陸島というのは何かと心配になることのある息子のような存在となっていた。
「……だから要するにもっとちゃんとしてほしいってことだ」
「そういえばいいじゃないですか」
「それで解決出来たらな。一昨日だったか?爪島がお前の部屋入ったら脱ぎ散らかした下着が――」
「わーっ!!!」
勢いのある鉄拳が牙谷を襲った。
それはもう凄いモノでした。
「ごっふぁ!!」
「何でそういうこと言えるんですか!!」
羽田の顔は真っ赤だった。
とはいえ、年頃の女性がそうもだらしないのはちょっとどうかと思われる。
「た、頼むからちゃんとしろってことで――」
「あえ?なにひてんふか?」
ぎゃあぎゃあとした言い合いの果て、そこに姿を見せたのは先ほど吹き飛ばされた爪島の姿。
フランクフルトを食いつつ、何か変なものを見ている目で喧嘩している二人を見る。
「……お前何喰ってんだ?」
「デザートのフランクフルトっすよ」
「デザート!?」
フランクフルトをデザートに入れるかはあなた次第。
「爪島、後で話があるわよ。とーっても大事な話がね……」
「ヒィッ。ところで坊ちゃんはどこ行きました?」
「え?」
「え?」
牙谷と爪島の二人は顔を見合わせる。
手洗いに行くと言ってから、だいぶ時間がたつが姿を見せてなかった。
「まさか……誘拐!?」
牙谷は強面の顔から血の気が引いて蒼くなった。
「いやいや牙谷さんそれはないっすよ。お嬢様じゃないんだから」
突っ込んだのは爪島。いくらなんでもそれはないと。
「馬鹿野郎。いつどこに敵が潜んでいるかわかんないんだぞ!!」
「落ち着いてくださいよ。今までこんなことありました?」
「なかったが今日はあるかもしれないだろ!!」
「……まあ確かに」
「納得すんな。でも、確かに遅いですね」
羽田は周囲を見渡す。
フードコートは昼時なのもあって、人はわらわらと多く集まっていて喜ぶ子供の声や若い学生のはしゃぐ様で賑わいを見せていた。勿論大人の嬉しそうな声も聞こえている。
「お待たせ」
ふらりと姿を見せたのは陸島。
その表情は笑っていた。
「坊ちゃんどこに行ってたんすか?心配したんですよー!」
牙谷の顔はすぐに血色の良い色を取り戻した。
(これは子煩悩ってやつっすね……)
(間違いないわね)
「ごめん。迷子がいたから迷子センターまで送ってきた」
「おお……そうでしたか」
「待たせた?」
陸島の困った顔に対し、三人は同時に親指を立てて答える。
――グッジョブ!!
一行はここで休憩を切り上げて、午後になってからまたアトラクションを回り始めた。
午後一番に乗ったのはゴーカート。一番興奮していたのは牙谷と爪島。
「この俺の溝落とし、とくと見るっすよー!」
「いや溝ねーじゃん!」
「……溝落としってなに?」
「さあ?坊ちゃんは私の後に続いてくださいね。はぐれないように」
「いやこれだけのエリアではぐれることある?」
牙谷の心配症は羽田にも広がっていた。




