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牙谷が自身の異動の延期を知らされ、それを先延ばしにしてもらうように頼んでから次の日。陸島は学校でいつものように授業を受けていた。周囲の目はこちらを見ることもなく合わせることもなくと言った感じで、そうして日々を過ごしていた。そんな彼の相棒は本。パラパラとめくって授業以外の時間を潰していた。
(来週の遊園地で別れ……か)
改めて思うと、陸島の心に空虚が生まれていた。
物心つく前にいた親のいない自分にとってかけがえのない存在。それがもう時期自分から離れるという事実が彼の心を静かに曇らせ得ていた。
(まあ爪島に羽田もいるからいいが……ああでも落ち着かんなちくしょう)
パタリと本を閉じて辺りを見る。
クラスメイトは各々、中の良いグループと一緒に会話をしていた。話題は流行りのアニメやゲーム、動画投稿者に日々の雑談と色々と耳にできる。
(どうでもいい話ばかりだな。さて、帰ったらどうするか。爪島、羽田に当日の予定でも確認して――)
「沼野、お前それどうしたん?」
沼野と仲の良いクラスメイトが沼野に声をかけた。
陸島が沼野を見ると、彼の頬には腫れたような跡があり俯いた表情がそれをより痛く見せていた。
「……受験だよ受験。親父に怒られてこうなった」
「え?もう高校入試の勉強!?」
「ちげーよ中学入試だよぜってー」
また一人、彼の元に近寄って来たクラスメイトがいた。
「受験って高校からじゃねーの?」
「だからちげーって。中学どころか幼稚園にも小学校にもあるっつーの」
「マジで!?知らんかったわ」
驚くクラスメイトをよそに沼野は別の席に座っていた陸島をじっと見た。一人静かに本を読んでは、それを閉じて窓から見る外の世界に何か思いを馳せているように見えた。一連の行動を見る沼野のその目には恨めしさのような黒い色があった。
(ちくしょう。どうしてだよ。俺の方が間違ってないのに。送迎とかいう卑怯な贅沢に加えて休みの日にはいろんなところ連れてってもらって。俺にも親はいるよ。なのにどうしてあいつは俺をこんなに惨めにするんだ……!)
変わりゆく瞳の色は黒い色から緑色になるようだった。
それはきっとこの世界では醜いとされるただ唯一の色。そんな色を目に灯したところで沼野の世界が変わる……ということはなく、ただ時間だけが過ぎていく。
(帰ったら二人に当日について聞いてみるか。ああそうだ。新作の本でも頼んでおこう。楽しみだったサスペンス小説の新作が来てるんだよな。あ、稽古をつけてもらうってのも悪くないな。俺も小学五年生だし、稽古の難易度でも上げてもらおうかな)
(帰りたくないな。でもそうやったらあのクソ親父にぶん殴られる。勉強ばかりの日々で頭がおかしくなりそうだ。留目さんがいる時はおとなしい……のか?母さんもなんだか日に日に弱ってる気がするし。クソ親父は病院には連れて行くって言ってたけれど本当かなあ。畜生、あんな奴いなくなればいいのに!!)
陸島と沼野の胸中にはそれぞれ希望と絶望が静かに溢れようとしていた。
そして迎えた遊園地に向かう日。
牙谷は龍弦のおかげで、どうにか魔女機関の頼みを断って予定通りに遊園地に陸島と向かうことが出来た。
「おー。凄いなここ!」
「でしょう?俺が色々見て決めたんです。今日は楽しみましょう」
陸島の目はキラキラと光って辺りを見渡す。
遊園地の敷地に入り、最初に飛び込んできたのはジェットコースターとそれに乗って叫ぶ者達。
次に視界に入ってきたのはフリーフォールで叫ぶ者たち。
そして最後に見たのは料理を提供している売店コーナー。
「坊ちゃん。どれから行きます?」
「じゃあジェットコースターで。二人も――」
目を光らせている陸島は後ろを見た。
その時目に入ってきたのは、苦い顔をして顔を俯かせて歩く爪島とそれに寄り添って介抱する羽田の姿。
「……どうしたのさ?」
「それが爪島のヤツ、昨日寝付けなかったみたいで」
「なんで?仕事?」
「ああ、違うんすよ坊ちゃん。実は今日の遊園地が楽しみすぎて寝れなくてそれで車酔い起こしたっす」
「子供かお前は!」
どんがらしゃーん。
こけたのは牙谷のみです。
「お前なあ……まあいいや。そこで少し休んでろ。先に坊ちゃんと羽田で回って来るから」
牙谷が指さした先には売店コーナー。
羽田がそこでミネラルウォーターを買って爪島に渡す。
「あんたさあ、子供といる自覚ないの?」
爪島に蔑むような目線を送り、羽田は頬を膨らませる。
「やー、すまん。情報調べたら面白そうなアトラクション多くてさ。こりゃあいいなってのが多くて。それから寝たんだが寝付けなくてまさかこうなるとは」
「バカじゃないの?てか馬鹿じゃないの?」
遊園地と言うのは時に大人を童心に返す不思議な力を持つのです。
一部の大人には、それがわからんのです。
「二度言うな!楽しみにしてたんだよ俺も坊ちゃんのように!!」
「はいはい。落ち着いたら乗り物に乗せてあげまちゅよー」
「俺がそれで興奮するとでも?」
「するなバカ。じゃあな」
アホみたいなこと言ってる爪島を置いて、羽田は陸島と牙谷と共に先に回ることにした。
だがこの時、陸島は知らなかった。
もっと恐ろしいものが近づいていることを。永遠に刻まれる悲劇が迫っていることを。




