19-4
「牙谷さんとの別れが嫌なのですか?それとも、一緒にいるのが嫌なのですか?」
「なんだよいきなり」
「今日の夕飯の時、凄く嫌そうな顔してたじゃないですか」
「……そうか?」
「そうですよ」
羽田の質問に陸島はしばらく考え込む。
別れが嫌なのか、一緒にいるのが嫌なのか。その質問の意味を考え込んでいるうちに陸島の中で答えは静かに生まれるということはなかった。
「ごめん。お前の質問の意味が分からない」
「でしょうね。なんというか……爪島とも話をして思ったのですが、誰かといることを嫌いになったのではと心配になったのです」
「そう見えるのか?俺が?」
陸島の目つきが鋭くなった。
どうやら図星だったらしい。
「鉄明さん。どんなものにでも別れというのはあり得ます。たとえそれが死でなくても」
「急になんだよ?さっきからお前何がしたいんだよ」
羽田の意図がつかめず、陸島は声に怒りを含ませていた。
意図は直ぐに当の本人である羽田が説明をしてくれた。
「鉄明さん。ひょっとして私たちを、爪島と私の事を信用してくれてないのですか?」
「……はい?」
「だってそうじゃないですか。今日のカレーだって会心の出来だったのに、坊ちゃまは渋い顔して食べてて……ひょっとして口に合いませんでした?」
「まずくはなかったぞ」
「そうですか。じゃなくて、私が言いたいのは受け入れてほしいんです」
「受け入れる?」
「はい。貴方にとって牙谷さんはかけがえのない存在です。それは十分に理解してます。しかし牙谷さんも多くの部下に慕われています。なにせこの家の人達全員が彼を頼りにしてるほどですから。それがただ一人の子供の為に頑張っているというのです」
「独り占めするなってことか?」
「はい。そして私たちをもっと頼ってください。爪島は正直無理かもしれませんがせめて私だけでも。絶対に不安にはさせませんから」
さり気に入った爪島のひどい扱いはともかく、羽田の目はまっすぐに陸島を見ていた。
陸島を捉えて離さぬその目は見られている陸島に対し、揺らぎを与えた。
――あの目には力があった。なんというんだろうな。あれを。言うなれば人を動かす目だな。羽田ってさ、最初に見た時はしとやかなお姉さんって印象だったんだよ。でもあの時見せた目は最後には強かだった。どういう意味かって?目の色が何と言うか変わっていってるような気がしたんだ。悲しんでもいる。でも怒ってもいる。それでいて俺を諭す力があった。長いこと考えている気分になって、牙谷を送る決心をしたよ
その目で見られてから、長い時が経過したようだと陸島は後に語る。
やがて陸島は決断した。
「……わかったよ。きっぱり別れるよ」
羽田の意見を聞き入れた。きっぱり別れるという決断をしっかりとしたのだ。
羽田は陸島が牙谷と別れるという決断をしたことについて、その口を綻ばせることはなく、むしろ一段階硬くして彼にお礼を言った。
「ありがとうございます。これで牙谷も浮かばれますよ」
「死んだみたいに言うな。演技悪い」
「ああ、すみません」
羽田はすっと立ち上がって陸島にお辞儀をすると、部屋を出ていった。
去っていく羽田の背中を見て、陸島はどこか胸中がすっとした気分になった。
(別れ……か)
今まで考えなかったその言葉にただ心
――いずれ来る絶対の時にお前は無事でいられるか?
「え?」
ふと周囲を見る。
しかし部屋の中には陸島以外の誰もいない。
(……気のせいか)
机の上の本を手にして開き、また本の世界に飛び込む。
その時に彼が魔の者に魅入られているといっても、誰が気に留めただろうか。
「え!?予定を早めるって!?」
「ああ、向こうからの指示だ。牙谷、来週でここを発てるか?」
羽田が陸島に決意を促した次の日の昼。
魔女機関から龍弦を通し、牙谷に向けてその連絡は突然届いた。
「牙谷、来週で次の任務に移動しろだと。まったく人使いの荒い連中だよなあ」
「待ってください。三週間後じゃありませんでしたか?再来週には遊園地に行く予定があるんですよ!?」
「それか……うーん……」
龍弦はしばらく黙り込んで考える。
機関の指示と言うのは基本的には絶対である。
しかして今回の場合、向こうの都合で離脱を早くしろという内容。
「まあ確かに妙だな。詳しいことを聞き出してみるとするか。指示のミスとは思ってないが、何かあれば先延ばしにしてやるよ」
「ありがとうございます。ちなみに現時点で理由は開示されているのですか?」
「それがだな……どうやら関西の方でトラブルがあったらしい」
「関西ですか?」
「ああ。多分例の件だろうが……ほら、和泉島の魔女が裏切ったって噂あっただろ?」
「な……!」
牙谷は驚愕の表情を浮かべた。
「そんな驚くことは……あるよな。機関に尽くして幾星霜。それが組織の魔女のトップたるドレッサー・ドレッドと深い繋がりがあるってんだからさ。おまけに数年前の任務で裏切りがあったらしいしかも和泉島に仕える魔女じゃない。和泉島麗華が裏切ったとかでな。ああ、これは極秘情報だから他には言うなよ?」
「……はい」
「よし。じゃあ変更の件はこちらで何とかしてやる。鉄明をよろしく頼むぞ?」
「ありがとうございます」
牙谷は深いお辞儀をしてその場を去った。
牙谷の顔には冷たい汗が流れていた。
(生きていた……。そりゃあそうだよな。殺していないんだからな)




