19-1 Five years ago -別れの日-
その頃、橘樹邸にある龍弦の書斎では橘樹龍弦と陸島鉄明、そして牙谷牧久の三人がいた。正確には龍弦が陸島と牙谷を呼んだのだ。
「鉄明、知っていると思うが牙谷が近いうちにこの屋敷を離れる。お前には引き続き爪島と羽田が着くことになってる。だから――」
「なんでそうなったんだよ」
「あ?」
「だからなんでそうなったんだって聞いてんだよ!いきなり異動とか聞いてないぞ!!」
陸島の叫びが部屋に響く。
牙谷は渋い顔を浮かべていた。
「すまんな。それは確かにそうだ。俺のミスだな。だが鉄明、牙谷はお前のもんじゃない。父親がわりだ。あくまでな」
「ぐ……!」
家族がいなくなる。
それは陸島にとって一時的でも辛いものがあった。
「それにお前には爪島と羽田がいるじゃねえか。二人もいるんだぞ?隼人だって二人だ。むしろお前の方が多いんだからな?」
「親父さん。ちゃんと俺の方から説明させて――」
「少し黙ってろ牙谷」
龍弦の顔のしわが濃くなった。
牙谷はそれに逆らうことなく一歩引く。
「来月の終わりには別れる事になってるんだ。それにな、牙谷の力を欲している人たちが、助けを求める人たちがいるんだよ」
「助けって……みなしごの事?」
「ああ。本土から九州の方まで行く事になってる。だから牙谷が向かわないといけないんだ」
「他の人に行かせればいいだろ」
「それがな。どうしても牙谷でないといけない事情があるらしい」
「なんでさ」
「いいから。それに月に一度くらいなら会えるさ」
「それで俺が納得するとでも?」
「いい加減にしろ!!」
机を叩き、怒鳴り声をあげる龍弦に陸島は体を大きく震えさえた。
「いいか?向こうにだって牙谷の助けがいる人たちがいるんだ。お前の近くに置いたのはお前の子守のためだ。だが牙谷は本来ならもっと多くの子供たちの面倒を見れる。牙谷じゃないと相手にならない奴らもいるんだ。いつまでも牙谷に負ぶってもらってんじゃねえ!」
「お、親父さん――」
――それはちょっと無理があるんじゃ?
怒鳴る龍弦に牙谷は困惑の目を向けた。
牙谷でないと相手にならない者がいる。これは概ねあっている。だが陸島の下から離れるのに言葉回しが少々強引に聞こえるのだ。
(まあでもこうでもしないといけない……よな)
「とにかくだ。牙谷は来月いっぱいで離れる。それまでは好きにしていい。思い出作りとかな」
龍弦はひとしきり怒鳴って落ち着いたのか、大きく息を吐く。
そして陸島をじっと見た。
「……じゃあ勝手にしろよ」
「なんだと?」
陸島の言葉に眉が動く龍弦。
そして――
「もういいよ!!そうしたかったらそうしてればいいんだ!!」
龍弦に負けず劣らずの大声が室内に響く。
思わず龍弦も身を引く。
「もういいよ!!」
叫んで陸島は書斎を出ていった。
後に残った龍弦と牙谷は顔を見合わせた。互いの顔は鳩が豆鉄砲を食ったような顔だった。
「……ええっと。とりあえず来月末でいいんすよね?」
「ああ。書類にはそれでいいと書いてあった。呪いの痛みは?」
「あれからはもうないです。悪い夢も見なくなりました。坊ちゃんの世話とか話し相手が思ったより聞いてたみたいです」
「そうか。ならお前は来月末までに荷物をまとめるのと、爪島と羽田の二人に引継ぎの説明。それから――」
「思い出作りですか?」
「まあな。予算は俺の方から出してやるから、気兼ねなくいってこい」
「ありがとうございます。旅行にグルメに……なにがいいっすかね?」
「それはじっくりお前らで決めろ。家族の事は家族で決めるべきだ」
「家族……ですか」
家族という単語に牙谷は何か引っかかるようなものを覚える。
その引っ掛かりが表情に出たのか、龍弦が気づいた。
「何かあったか?」
「いえ。以前の任務で家族がいる奴がいましてね。娘が確か三つ……いや四つか?帰る場所があるっていうのに、そいつ死んじまってしまいまして。呪いのせいで見る悪夢の影響かわからんのですが、どうもそれが頭から離れなくて」
「ああ、この世界だと散々耳に入ってくるな。家族の為に戦って散っていくやつらも少なくないさ」
「……俺、無事に戻れますかね?」
「どこに旅行に行く気だお前」
「ああいえそういうんじゃなくてですね」
しばらく会話は続いた。
牙谷はこの日、何かを決心したのかしばらくして手紙を書くことにした。
その手紙は万が一に備え、陸島と龍弦のそれぞれに書いた手紙。もし自分に何かあったら五年後にそれを読んでほしいという物だった。
「来週に旅行?」
「そうっす。牙谷さんからの提案っす。沖縄そばと札幌ラーメンを週ごとに食うイベント。それからアミューズメントパークに向かったりするっすね。そして最後に遊園地っすよ」
「凄いわねこのプラン。普通の家ならまずできないわね」
陸島が牙谷が自分の下を離れることを知らされた一週間後。
陸島は橘樹邸にある客間で爪島、羽田と一緒に牙谷が作成したプランをじっと見ていた。
爪島は週末のプランに目を光らせ、羽田はプランそのものの構成を褒めていた。なお、この両者がここまで評価しているのはわざとである。牙谷のプランを陸島に対し、とても良いものだと褒めることで牙谷が陸島の為に良い計画を練ったのだとアピールするためである。
「……本当に凄いの?」
ぎくり。
二人が態勢を崩してそんな音が聞こえそうな音がしたが、二人は態勢を戻して説明を続ける。




